#149.正面突破
クラウド視点です
午後七時。ティアとマリアが拉致されてから既に八時間程が経過している。
シルヴィアンナの言葉に従い使われなくなったビルガー公爵家の別邸に密偵を放つと、予想外に直ぐ結論が出た。何故なら、「覆面をした男達が彷徨いている」密偵を放ち程なくしてこんな報告が入ったからだ。
旧セルドア運河と今のセルドア運河の間に位置しているあの辺りの別邸は、七十年程前、大きな地盤沈下が起き陸路が寸断させれることが数ヶ月続く事態が起き、使用頻度が極端に減った。
ビルガー公程力のある貴族ならば簡単に運河を使えるから暫くは使っていたようだが、それも二十年程前までだ。建て替えが必要な時期になった近年では人の出入りが殆ど無くなった場所だった。
そんな場所に覆面をした男達が出入りしていたとなれば、これはシルヴィアンナの言を信じる他ない。
学院の前から小型高速艇に乗り、暴走気味に船を走らせセルドア運河を西に行くこと僅か半時間。我々は、目的の屋敷の直ぐ近くの桟橋に船を着けた。ここから旧ビルガー公別邸は目と鼻の先だ。
「行くぞ」
「流石に王太子殿下に先陣を切らせるわけにはいきません。私が行きます」
船を降りた途端私が号令を掛けると、アンドレアスが止めた。アンドレアスなら仕損じることはないだろうが、ここはあまり譲りたくない。
「お待ち下さい。敵の数も人質の状況も分からないまま飛び込んで行くのは危険過ぎます。五分もすればクローが戻って来ますから――――」
「もう来てますけどね」
急遽我々に合流した近衛騎士団の副長スレイが冷静な口調で我々を止めると、屋敷の方から涼やかな声がした。
王家直属の諜報部隊、陽炎。若くしてその副長を勤めるクロー・ベイト。四男のグレイも軽い性格だったが、次兄のこの男も随分と軽い性格だな。ただ、
「報告を聞こう」
「屋敷の一階、西側中央の食堂に覆面の男が十人前後。その奥の書斎に一人から二人。そこから地下に入る隠し階段があってその中にも最低一人。地下には頻繁に出入りあり。食堂の人員は屋敷内を動き回っていて常時半数は食堂に居るが流動的。外を見張っているのは常に二人。いずれも屋敷内。合計で十五人から十六人」
クローは極めて優秀な諜報員だ。
「二人は地下か?」
「確証はありませんが、誰かを隠し、何かを待っている。そんな気配は十二分に感じられます」
「間違いなさそうだな。行くぞ」
待っていろティア。もうすぐ行く。
「お待ちを。先ずは不穏な一団の一報を受けた騎士として、奴らの動きを探るのはどうでしょうか?」
「不穏な一団がここに居たというだけで充分ですわ。突入して下さいませ」
「シルヴィアンナ嬢。貴女は本来我々に同行出来る立場ではない。どうしてもと言うから許可しましたが、口を挟まないで下さい」
シルヴィアンナは凄い剣幕で捲し立てて強引に付いてきた。ティアもシルヴィアンナを信頼し大事に思っているようだが、それは彼女にとっても同じらしい。
「二時間前にわたくしが話したことをもう忘れたわけではありませんわねクラウド様」
「忘れる筈がない」
わざわざ拉致をしたのだから奴らの目的は殺すことではない。ならば「死ぬ筋書き」には普通入らない。だが、シルヴィアンナはこう言った。「座敷牢の中で火事が起こる」と。だとしたら一刻の猶予も無い。
「スレイ、四人連れて裏手に回れ。表が騒ぎ出したら裏から突入しろ。二人以外は殺して構わないが二人の命は最優先だ」
今居る近衛は全部で十人。その半分を裏に回しても表は私とシルヴィアンナ、クローを含めた八人。アンドレアスも居るのだから正面突破も充分可能だ。
「しかしクラウド様!」
「命令だ」
「……御意に」
「行くぞ!」
スレイと四人の近衛騎士と別れたあと全く忍ぶことなく屋敷の門まで走り、その勢いのままアンドレアスが問い掛けて来た。
「門は?」
「壊せ」
そう答えた次の瞬間、人の頭程の大きさの青白い火の玉が、別邸とは言え公爵家の屋敷らしい立派な鉄製の門に向かって飛んで行った。火魔法と風魔法の合成魔法、<爆裂火球>だ。火で焼くと同時に対象を弾き飛ばす効果のある<爆裂火球>は、魔法学院でも魔法科の三年にならないと教わらない高度な魔法だ。アンドレアスはそれを瞬時に生成して発動した。しかも、
――ドガン――
「強すぎないか?」
扉は跡形もなく吹き飛び、門の一部が歪んでいる。
「周囲に人が居ないことぐらい探ってから撃っていますよ」
……気配探知系の魔法は「陽炎」の専売特許だろう? 近衛騎士のお前が何故使える?
そう思いながらクローを見ると、クローは両の手のひらを空に向け小首を傾げた。「陽炎」に代々幾人もの優秀な諜報員を送り出しているベイト家が教えたわけではないならいったい誰が? ……あ、「金髪の魔女」はベイト家出身だったな。
門の扉を木っ端微塵に破壊するというド派手な合図を皮切りに、屋敷へと乱入した私達。クローの指示通りに公爵家の別邸らしい広い庭を走る。
庭の中程を過ぎ、一番大きな建家の正面玄関が視界に入ると、
「制止」
先頭を走っていたアンドレアスが両腕を横に広げ、近衛らしい短い命令で我々の動きを止めた。
「降参か?」
「らしいな」
少し離れていて見え難いが、覆面を被った男が十人程玄関前のエントランスに立っていた。そして、我々を発見しただろう先頭の男が両手を上げた。
「クロー。周囲に他の人間は?」
「居ません。屋敷の中までは分かりません」
「他意はなさそうだな」
「そう思います。近衛騎士が乱入して来るとは想定していなかったようですね」
だろうな。何せこちら側も、シルヴィアンナの“予言”がなければこんな強行はしていない。そしてなにより、この場所を突き止めたのがその“予言”のお陰だ。通常ならここにたどり着くのに数日を要するだろう。
「前進。警戒を怠るな」
指示を出すとアンドレアスが普通の速さで歩き始めた。私もその後に続く。
月明かりだけでも互いの姿が充分に認識出来る距離まで近づいて行くと、覆面の男達の方からひそひそと声が聞こえて来た。
「マジで近衛騎士じゃねえか」
「黒い軍服ってだけだろ? それと……魔法学院の制服?」
制服を着ているから学院生だと思うのは当然だが、私の髪は目立つ。それを知らないとなれば、狙いはやはりマリアで、ティアは巻き込まれただけということか? いや、こいつらも詳しい話は聞いていない雇われただけの男達なのかもな。
「俺は良い。コイツらの命だけは助けてくれ。コイツらは俺に命令されただけだ」
先頭の男がゆっくりこちらに近づきながら仲間の助命願う。コイツらがどうなろうと今はどうでも良い。
「制止。金髪の女を二人監禁しているな?」
アンドレアスが我々を止めてからその男に問い掛けた。
「ああ。書斎の隠し階段の一番奥の扉だ。今は隠していないから行けば分かる」
嘘を吐いているようには見えないな。
「早く! 行きますわよ!」
痺れを切らしたシルヴィアンナがアンドレアスの横をすり抜けた次の瞬間、
――ドドドドン――
周囲に爆音が響いた。その音には覆面の男達も驚いているようだ。周囲を見渡したり屋敷の方に振り返ったりしている。
「あれは……」
小さく声を漏らしたアンドレアスは屋敷の屋根の上を見ていた。その視線の先にあったのは――――
「<高熱火球>?」
巨大な火の玉だ。人の身長ぐらいある巨大な火の玉が、恐らく屋敷の天井を貫き真っ直ぐに大空へと打ち上げれたのだろう。しかも、普通の<火球>は赤い光を放つが、それは白に近い光を放っている。これは<高熱火球>の特徴で、
「あんなに大きな<高熱火球>は私でも撃てません」
通常は先程アンドレアスが撃った<爆裂火球>と同じぐらい、人の頭ぐらいの大きさが一般的で、私が仮に全魔力を注ぎ込んでもあの大きさの半分以下にしかならないだろう。いや、アンドレアスが全力で<高熱火球>を創っても私と然程変わらない大きさにしかならない筈だ。だとしたら、誰があんな大きさの<高熱火球>を?
「マリア嬢の魔法でしょうか?」
マリアの魔技能値は135。確かに我々より高いが、私もアンドレアスも120ある。そこまで差が生じるとは考え難い。なによりマリアは碌に魔法を使えない。
「いや、マリアは……」
「藍菜が死んだら元も子もない! 分析は良いから行きますよ殿下!」
シルヴィアンナが駆け出し、アンドレアスも無言でそれに続く。
「クロー。ここは任せる」
「え!? あ〜あ。まあ良いですけど」
魔法を見て狼狽している覆面の男達の横をすり抜け、私達三人は屋敷の中へと入った。
2015年十二月中は毎日午前六時と午後六時の更新を“予定”しています。




