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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第一章 侍女見習い
15/219

#14.失言

 リシュタリカ・ヘイブス様。


 今年の侍女見習い一年生で私と同じぐらい特殊な立場に居る方です。その理由は大きく分けて3つです。


 一つ目は、ヘイブス家が伯爵家であることです。

 2公爵8侯爵18伯爵家。これがセルドア王国の上位貴族の全てです。詰まり、王家を含めて僅か29家が国を支えていということになります。そんな数字を見て解る通り、伯爵家の力は非常に強いです。「侍女見習いなんて成る必要がない」そうはっきりと言ってしまえるぐらい。事実、分家なら兎も角伯爵本家の女性が侍女見習いになることは殆どありません。

 対してミーティア様のダッツマン家もその地位にある子爵家は、寧ろ積極的に我が家の娘を侍女見習いにしたがります。それぐらい明確な差がそこにはあるのです。


 伯爵本家の令嬢というだけでリシュタリカ様は特殊な立場と言えます。


 二つ目の理由が、ヘイブス伯爵家が特殊な家だということです。ヘイブス家はつい20年程前、領地に街道が引かれ往き来が頻繁に行われるようになる迄、こう呼ばれていたそうです。


「ヘイブス辺境伯国王家」


 周囲の土地から隔絶された盆地を領地としていて、その上領地に引きこもり滅多に外に出ない。そんなヘイブス家の風潮を喩乎してこんな呼び名が付いたそうです。

 実際は辺境伯などではないですし、きちんと税も納めていたらしいので、本当に只のあだ名でしかないわけですが、それでもヘイブス家が特殊な家であることに代わりはありません。


 何故ならヘイブス家の引きこもりは未だに続いているからです。


 隔絶された土地で無くなったにも関わらず、相変わらず社交界には出て来ない。子供も義務である中等学院には通わせても、魔法学院や騎士学校には進ませない。そんなヘイブス家が、今年になって突然本家の娘を侍女見習いとして後宮に入れて来たのです。後宮、いえ、王宮側が戸惑ったのは言うまでもないことでしょう。


 ヘイブス伯爵本家の娘。特殊な立場がお解り頂けたでしょうか?


 最後の理由はリシュタリカ様の血筋です。いえ、彼女が妾腹というわけではありません。寧ろ正妻の実子だからこそややこしいのです。


 ヘイブス家の領地は、隔絶された場所ですが「辺境伯」と呼ばれるだけあって国境に接した土地です。多少無理をしてルーゼア山脈を越えれば、そこはハイテルダル皇国となります。


 ハイテルダル皇国。

 セルドア王国の北東、ルダーツ王国の東に位置する中堅国でルギスタン帝国の同盟国です。ハイテルダル皇国とルギスタン帝国が手を組んでいるからこそ、両国を合わせた以上に国力のあるセルドアが、ルギスタンに対して強く出られないのです。ただ、ルギスタン帝国とは敵対関係にあるセルドアですが、まともな国交のないハイテルダル皇国とは現在敵対しているわけではありません。


 そんなハイテルダル皇国の皇家と、セルドアの中央政府を結ぶ唯一の窓口と言えるのがヘイブス伯爵家です。それ以前からヘイブス家にはそんな役割も有ったそうですが、ハイテルダル皇国の皇家から庶流の娘がヘイブス伯爵家に迎えられたことでそれは更に強くなったそうです。そしてその娘が、他ならぬリシュタリカ様の実の母親なのです。


 リシュタリカ様の更なる特殊性を理解頂けたでしょうか?


 え? 何でそんなに詳しいって?


 調べたからです。だって敵になる可能性があることは分かっていましたし。せっかく仲良くなれた?ミーティア様が追い出されたりしたら嫌ですからね。






「リシュタリカさん? 何故彼女の名前が上がったのでしょう?」


 エミーリア様は一瞬見開いた眼を細め、探るような目付きで私を見据えています。その真剣な言葉は、少しの嘘も許さないでしょう。


「そうじゃないかなと思っただけで証拠は何もありません。敢えて根拠を挙げるなら、先生のいらっしゃらない時のリシュタリカ様の態度でしょうか。彼女は牡丹組のお姫様みたいですから」


 周りが彼女を持ち上げてしまっている。と言った方が正しい気もしますが、彼女は先生がいないと他の侍女見習い達を顎で使います。流石に私は何もやらされませんが、ちょっとした休憩の度に飲み物を持って来させたり腕を揉ませたり……。


「お姫様ですか」


 私の言わんとしていることが通じたのでしょう。エミーリア様は眉をひそめ、顎に手を置いて考え込んでしまいました。リシュタリカ様の特殊性故にその対策に悩んでおられるのでしょうね。


「あのぉ、エミーリア様?」


 暫く沈黙した立ち姿の美しい女官長を呼ぶと、エミーリア様はハッとして私の方を見ます。


「ミーティア様から何か訴えがあったのでしょうか?」

「いいえ。本人からではなく家族からです。「娘が同期の侍女見習いと上手くやれてないようだ」と。辞めたいとは言わなかったようですが、授業が嫌だと口にしたようですね。

 あ! この話は他言無用です。先輩侍女などにも漏らさぬようにお願いしますね」


 成る程それで牡丹組を疑っているわけですね。でも、家族に吐露する程悩んでいたのでしょうか? だとしたらもっと早く動くべきでしたね。というか、意外に迂闊ですねエミーリア様。


「はい。誰にも言いません。でもミーティア様にはそれとなく訊いてみた方が良いのではないでしょうか?」

「……そうですね。頼めますか?」


 少し考えてからエミーリア様は私を信頼して下さいました。


「はい! 友達ですから」

「ふふ。慎重にお願いしますね」


 よし! 頑張るぞぉ。


 女官長はそのキャリア故の厳しい表情を崩し、見守るようにそして少し何かを懐かしむように優しい笑顔を浮かべていました。






 ミーティア様を守るぞ! と、意気込んだ翌々日の昼。私は今の後宮の庭にいます。


 え? ミーティア様の件はどうなった?


 当事者が誰もいない状況で何か進展があるとでも? ミーティア様もリシュタリカ様も明日か明後日にならないと帰って来ません。と言うか、クラウド様のお陰で五日掛かる道を二日で来てしまった私が早く帰り過ぎなんです。淑女教育は三日後からですから、皆さんそれに合わせて帰って来ますよ?

 そして、そうなるとやることがないので「本でも読んで過ごそうかなぁ」なんて考えていたら、レイテシア様に呼び出されまして「レイフィーラと遊んであげて」と言われました。


 と、いうことで、後宮の庭を走り回るレイフィーラに付いて回っている私です。いえ、正確には、付いて回っていた、私です。


 え? 何が起きたって? いえ、それは……良いじゃないですかどうでも!


 それより今は、気になる2人の人影を見付けてしまったので、その人達を遠目から眺めているのです。

 一人は銀糸の髪を揺らす赤目のキラキラのイケメン少年。毎度お馴染みクラウド様です。もう一人が、真っ青な髪が印象的でいつも人好きのする笑顔を浮かべているこちらもイケメン少年。王太子様の側妃メリザント様の長男、ウィリアム様です。


 お二人は今、後宮の庭の片隅でなにやら真剣にお話ししているようです。驚くべき事に、周りには侍女の姿がありません。まあ後宮で誘拐とかありえませんし、暗殺なんて事態が早々起こるとも思えませんが、お二人は、特にクラウド様は次期王太子の有力候補です。一人で出歩くのは非常に珍しいのではないでしょうか?


「ウィリアム。お前は私が王子として不適格と言いたいのか? 騎士学校の生徒1人王家の馬車に乗せた程度で?」


 騎士学校の生徒ってお兄様の事ですかね? もうバレているんですか?


「不適格などと言ってはいません。ただ不用心だと具申しただけです。それに次期王太子ともあろう者が男爵家の子女と仲良くしようなどと、正気の沙汰とは思えません」


 相変わらずうさんく、ゴホン、自重しましょう。人好きのする笑みを浮かべているウィリアム様ですが、引く気が無いのがありありと出た強い口調で話しています。


「お前の将来が心配だよ。実力と家柄は無関係だ。人格もな。そして家柄だけで付き合う人間を選ぶなら、平民出身の侍女や女官とは話も出来なくなるぞ?」

「そんな極端な話ではありません。限度があるという話です」

「貴族の子女を馬車に乗せる事が限度を超えていると? そもそもお前は私が何をしたのか本当に知っているのか?」


 ウィリアム様はそのまま沈黙してしまいました。そしてクラウド様は腹違いの弟に近づき耳元で何かボソッと呟くと、そのまま立ち去ってしまいました。コッチに来なくて良かったです。いえ、寧ろコッチに来てくれた方が話が早かった気がしますが、それはもうイイです。兎に角、私は今身近に居る誰かに声を掛ける必要があるのです。


 まあウィリアム様じゃなくても良いんですけど、テキトーに歩いて誰か居る所に辿り着けますかね? 実はお腹も減っていますし、侍女が昼食を摂れる時間は限られているのです。急がないと昼食抜きになってしまいます。どうしましょう。


「誰だ?」


 はう! 迷っていたら向こうから近づいて来て見付かってしまいました。


「お久しぶりですウィリアム様」

「お前……チビ侍女」


 まあ皆と比べて明らかに小さいですがウィリアム様。貴方の方が小さいですからね! 傷心しているのか全く紳士ではありませんね。それに、


「いつもの胡散臭い笑顔が消えていますよ?」


 わわわわわわわわ。心の声が!!!


 色々動揺していて心の声がダダ洩れになってしまいました。子供って事で許してくれますかね?



次回 2015/09/20 12時更新予定です。




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