#141.とある観劇者の驚き
タイトル通り、とある観劇者貴族の視点です
──今年の「魔劇祭」は容姿で配役を決めた──
そんな噂を聞いて余り期待せずに観覧に来たら、最初から度肝を抜かれた。
魔法を殆ど使わない第一幕は例年見る影も無い。観劇に慣れた私にとっては、学院生のお遊戯を眺めさせられるだけだ。しかし、今年はクラウド王子とギスタの姫役のクリスティアーナ嬢の見目麗しい姿に惹き付けられた。私も貴族の端くれとして遠くからクラウド様を眺めたことは何度もある。あの長身と長い手足は確かに舞台に立てば映えると思っていたが想像以上だった。
そして――――
クラウド様以上に舞台で存在感を放っていたクリスティアーナ嬢。深い青のドレス纏った彼女は舞台に出て来た瞬間から観客を呑み込んだ。何よりも、一国の姫と言われても疑い持たない程の高貴な気配と美女の空気を纏っていたからだ。
通常、あれだけの美女なら社交界でもっと話題になる。最初は貴族ではないのかと思ったが、金髪で思い出した。あれは一昨年の「年越しの夜会」で話題になったボトフ家の令嬢だ。「金髪の魔女」の娘ならあの美しさも納得だが、デビュタントから二年半以上彼女の噂はトンと聞かない。別段気に掛けていたわけではないが、彼女のデビュタントでの衝撃は並みでは無かった。婚約なり結婚なりすれば話題に上るだろうが、全く動きが無かったということだろうか?
まあなんにしても今日は彼女の演技だけでも楽しめそうだ。何故だか彼女にはそこらの劇団の女優より遥かに上の演技力がある。男爵令嬢が劇団に所属していたなどないだろうが、下手をすれば今日の演技を見た劇団から誘いが来るかもな。
さあ、第三幕が上がった。
悪女ヴァネッサに唆された敵国ギスタの国王エリアスは、ルドアのルバーナ姫とギスタの第一王子カイザールとの政略結婚を結ぶ名目でルドアの王城を訪れた。「クリスティアーナはクラウド王子に裏切られ失望したのちギスタの城から逃げ出した」ヴァネッサの言によってそう思い込まされたエリアス王は、その仇を討つためにルドアを訪れたのだ。
王城に入って直ぐエリアス王は実の息子にこう命じる。
「ルバーナ姫を亡き者とするのだ」
不本意ながらその命に従ってルバーナ姫と接触を図った第二王子ウィリアムは、王城の庭でルバーナ姫を覗き見る。そして、
「なんと!なんと美しい姫なのだ」
一目で恋に落ちたのだ。一方、ウィリアム王子に気付いていないルバーナ姫は自らの境遇を嘆いていた。
「ああ神様。何故わたくしはルドアの姫として生まれたのでしょうか? 幾らその姿形が美しくともわたくしはあんな好色者に嫁ぎたくはありません」
また随分な美人が出て来たと思ったが、女性にしては随分と声が低い。紫色の髪のその美人は、天を仰いで嘆くと同時にに暗くなった舞台の上で上半身だけを映し出す為の小さな火の魔法、<篝火>の魔法を複数使った。ドレスを燃やさないように複数の魔法を操るこれはかなりの高等技術だ。容姿だけで選ばれたわけではなさそうだな。
揺れる<篝火>の中に美しい姫が浮かび上がる中、舞台上に光が表れる。「魔劇祭」で良く使われる<照明>の強い光だ。浮かび上がったのはつい先程ルバーナ姫を見初めたウィリアム王子だ。<照明>の範囲を限定して客席から見てルバーナ姫とウィリアム王子だけが離れた場所で浮かび上がっている。これも難度が高い魔法だ。……ウィリアム王子も充分優れた容姿の持ち主だ。それが選出理由だと言われても納得だが、ウィリアム王子はクラウド殿下程ではないが優秀という評価を受けている。一年生と言えども実力も伴っているだろう。案外噂先行でまともな配役をしているのかもしれないな。
「ルバーナ姫とお見受けしました」
「え? 貴方は?」
「私はギスタの第二王子ウィリアムと申します」
「ウィリアム様? ルドア王ヨーゼフの娘、ルバーナと申します」
「突然ですがルバーナ姫。私は貴方を殺すように命じられております」
ルバーナ姫を殺害するように命じられたウィリアム王子。第三国イダーツの好色な王子に嫁ぐことが決まったことを嘆くルバーナ姫。この二人は出逢った瞬間お互いに恋に落ちた。
そして逃げ出す。自らの義務と運命から。
王城から抜け出した二人は直ぐに追い付かれる。奇しくもルバーナ姫の心境を一番に理解している騎士レイノルドに。王城に戻るように促すレイノルドと言い争うルバーナ姫。その最中、一筋の光が姫の胸を貫く。そして――――
「ウィリアム様!」
エリアス王が放った手の者が放った魔法からルバーナ姫を庇い深手を負ったウィリアム王子。エリアス王の手の者はレイノルドによって一刀に伏せられたが、ウィリアム王子は致命的だった。今際の際にウィリアム王子は言い残す。
「クラウド王子に伝えて欲しい。クリスティアーナは逃げ出したわけではない。追い出されたのだ。ヴァネッサに。
ルバーナ姫。貴女と、出逢、えて、よか、た。ありが、とう」
「ウィリアム様? ウィリアム様! ウィリアム!」
ルバーナ姫暗殺に失敗し、更には第二王子ウィリアムを亡くしたエリアス王は、逃げるようにギスタに帰る。これでルドアとギスタは開戦へと向かう。
同じ頃、ウィリアム王子の遺言を聞いたクラウド王子はルバーナ姫の後押しもあり密かにギスタへと旅立つ。
第三幕はこれで閉じた。
地味だが難度の高い演出が見られる第三幕。見る人間が見れば、技術の高い魔法が連続して見られた。今年は見応えがある。
そして第四幕。例年の「魔劇祭」なら大きな見せ場のない比較的地味な第四幕だが――――
「焦らずとも良いですわ。ゆっくりお話しなさい」
「陛下。ギスタの姫が引き連れた民が国境に押し寄せ我が国イダーツに保護を求めております。クリスティアーナ姫は直接陛下にお会いしたいと」
「ギスタの姫と言えばクラウド王子に一方的に縁を切られてギスタの城から逃げ出した方ですな」
「一方だけの言を鵜呑みにするのは愚かしいことです。真偽の程は本人に確かめてみれば良いですわ」
「危険です陛下! エリアス王は信用なりません。その娘が何を考えて――――」
「何も民を受け入れるとは言っておりません。クリスティアーナ姫をここに」
イダーツの国王が女王だと? なんだこの配役は。しかもシルヴィアンナ嬢とは。いや、確かにイメージ通りだしはまり役だが……。
舞台はそのままクリスティアーナ姫とシルヴィアンナ女王の対峙に移る。
「ギスタの難民をイダーツで受け入れて欲しいと仰るならば、ヴァネッサを追い出しエリアス王を取り戻すことには協力出来なくなります。それでも言いと仰るのですねクリスティアーナ姫」
「はい。ギスタの城を追い出されようともわたくしはギスタの王の娘。ギスタの民を守る責務があります」
……なんなのだこの二人は。完全に普通の劇場で玄人の劇を見ているのと変わらないぞ。
「分かりました。貴女の希望通り、ギスタの難民を――――」
「お待ちください母上!」
イダーツのコーネリアス王子が割り込んだ。しかし、普段の「魔劇祭」なら並み以上の役者と言えるコーネリアス王子も、二人からすると酷く見劣りする。これが玄人の劇なら「イダーツ王子役の力量不足」と酷評するところだが、「魔劇祭」なら彼に同情するだけだ。
「何かしらコーネリアス?」
「今の条件ではイダーツに何の利もありませぬ」
「着の身着のまま逃げて来た彼らから取り上げるモノなどありませんよ」
「私が提示する条件はほかならぬ、クリスティアーナ姫と私コーネリアスとの婚姻です」
第四幕はここから山場へと向かう。




