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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第十章 入れ替わった主人公
141/219

#140.女王様の侍女

シルヴィアンナ視点です

「二人の間にどんな障害が立ち憚ろうとも、私はクリスティアーナ姫、貴女を我が妃とすることをここに誓う」

「ああ。なんという幸福でしょう。ギスタの娘であるわたくしをクラウド様のモノとして下さると仰るのですね?」

「その通りだ愛しき姫。貴女の生涯をこの私に捧げてくれたなら、必ずや幸せな時を約束する。共に愛に溢れた生涯歩もう」

「わたくしには貴方と出逢えたこと以上の幸福はありはしません。この身の全て、貴方に捧げたく存じます。お慕い申し上げますクラウド様」

「愛しているクリスティアーナ」


 魔法によって創られたスポットライトの中で銀髪の王子様と金髪のお姫様が見詰め合うまま緞帳が下り、第一幕が終わりを訃げた。数秒遅れて拍手が鳴り始める。


 まだ第一幕が下りたばかりなのに随分な歓声だわ。もう観客を呑み込んだのねあの子は。役に入り込んだあの子の演技を見入ってしまって、本番中に私の方が演技を忘れかけたことが何度も有った。「魔劇祭」の観客は劇ではなくて魔法を見に来ている客が大半だけど、目が肥えてようがいまいがあの子が役に入った時は関係ない。万人を呑み込むオーラがある。ましてや、普段から前世の数倍は美人のオーラを放ってる今世のあの子の演技に呑まれない客なんか殆んどいないわ。

 ただ、お仕着せを着ているとその美人オーラがものの見事に消えるのよねぇ。良く見ないと美人かどうか分からなくなる。まあそれでもとんでもない美人であることに変わりはないのだけれど、あれはあれで見習いたいわ。


「とても良かったわクリスティアーナさん」

「ありがとうございますシルヴィアンナ様」


 袖で見ていた私の方に引いて来た藍菜に笑顔を向けて声を掛けると、藍菜は自然と笑顔になって礼を言った。ホント、前世の数倍可愛いわ。前世は育ちの良さ故の独特の気品が有る小柄な美少女って感じだったけれど、今世は絶世という言葉がそのまま当て嵌まるような超絶美少女ね。……間近で良く演技出来るわねクラウド様は。あ、演技ではなくて本心なのかしらね? 名前はそのままだし。


「はい! 背景替えです! 時間との戦いですよ。お客さんを待たせてはなりません!」


 演劇好きなだけあって気合いが入っているわねルチア。まあ、ルチアの演劇好きは小さい頃から彼女の主だった私が連れ回したせいだけど。今考えるとお父様も凄いことをしていたわね。魔技能値五十以上あるクワトロン子爵の令嬢を私の侍女として付けていたのだから。

 今年の配役は半分以上ルチアのごり押しで決まったという話だし、もしかしたら、ゲームでもこの子が配役を決めていたのかしらね?






 この「魔劇祭」で毎年演じられる脚本「三国戦争」は童話「銀の王子様」から派生して出来た脚本の一つだけれど、「三国戦争」自体が「銀の王子様」の原型を留めていないわね。それから更にアレンジが加えられた「魔劇祭」の台本は、最早オリジナルだと言って良いわ。

 魔法学院には第三国イダーツのモデル、ルダーツからは勿論、敵国ギスタの元となっているルギスタンからも留学生が来ることがあるのだから当然だけれど、「三国戦争」の通りギスタを滅ぼしてイダーツは弱体化させて同盟を結ぶというシナリオにするわけにはいかない。

 史実では三つの国で同盟を結んだことなど一度もないけれど、三国同盟が成立して「魔劇祭」はフィナーレを迎える。


 現実では全くあり得ないけれどね。セルドアとルギスタン、ルダーツでは国力差がありすぎて対等な同盟にならない。ルギスタンとルダーツそれからハイテルダルとデイラード。この四つを合わせて初めて神聖帝国ゴラと互角と言ったところで、セルドアだと更にルダーツ一国分ぐらいの国力を上乗せする必要があるわ。4,5倍の国力差があったら対等な三国同盟なんて結べる筈がないわね。


 なんか随分と思考が逸れてしまったけれど、劇は今第二幕に入っているわ。第一幕でルドアのクラウド王子がギスタの姫クリスティアーナ姫を見初め婚約を結ぶと、第二幕で舞台はギスタに移ったわ。


 第二幕は、ギスタの王エリアスが悪女ヴァネッサを後妻に迎え、誑かされて第一王子カイザールを廃嫡してしまう。そして、自分より美しいクリスティアーナ姫に嫉妬したヴァネッサは彼女を追放する。本人にその自覚はないけどヴァネッサにははまり役よね。


 王を誑かし姫を追放したヴァネッサは更に国王を唆してこんなことを言い出すわ。


「カイザール王子の妻にルバーナ姫をと申し出れば、ルドア王ヨーゼフは必ずや交渉に応じるでしょう。ならばその時、クリスティアーナ姫を籠絡し裏切った憎きルドアの王族を一網打尽にしてしまえば良いのです」


 やっぱりはまり役だわぁ。我が儘放題のところなんかそのまんまよねぇ。


 これで第二幕は終わり。ここまでは普通の劇と変わらないけれど、殺陣のある第三幕からは「魔劇祭」の魔劇たる所以が見られるわ。






「お座り下さいシルヴィアンナ様」

「ありがとうルチア。でもそこでは邪魔になるわ。もう少し端に置いて頂戴」


 立ったままずっと袖で見ていた私にルチアが椅子を持って来た。断ったところでこの子は座るまで譲らないから座るしかないけれど……


「これ以上端に寄せたら見えなくなってしまいます」


 やっぱり反論した。


「劇の邪魔になるような事をしてはいけないわ」

「端ではシルヴィアンナ様らしくないです。真ん中で堂々として頂かないと」

「それは貴女の願望であって今の状況には不適切よ。実行会長の貴女がそんな調子でどうするの? それにわたくしも出演者なのを忘れた?」

「……分かりました」


 渋々納得したルチアは椅子を緞帳の直ぐ横まで移動させ、埃を払うような手つきした後私を招くような仕草をする。その大仰な手ぶりに頬を弛ませながら私はその豪奢な椅子に座った。


「ありがとう」

「ご機嫌如何ですか女王陛下?」

「苦しゅうないわルチア」


 この子は子供の頃からシルヴィアンナを女王様みたいに扱うのよねぇ。他の取り巻きの娘みたいに「クラウド様の正妃はシルヴィアンナ様以外居ない」みたいな事は言わないけれど……。


「上手く行きそうですね。クリスティアーナさん。台詞も完璧だし演技も際立ってる」

「ええそうね。本当に良い役者だわ」

「ハンナ様よりずっと良いと思います」

「声が大きいわよルチア」


 まあ幸い近くには誰もいないけれど。


「でもホント。マリア様にならなくて良かった」

「は?」


 マリア様? マリアが学院に居ない今その名前がハンナの代役に上がる筈はないわ。この状況でその名前が出て来るとしたら────


「何でマリア様なの? あの方が学院に居ない事ぐらいルチアだって知っているでしょう?」

「あ! えーと……そのぉ……容姿だけならありかなぁって」


 完全に動揺しているわね。


「もしかして、貴女もゲームの知識があるの?」

「ゲーム? え? えええ? シルヴィアンナ様も?」


 こんなにも身近にもう一人転生者が居るなんて……。


「『恋する学院〜魔法の力であの人を〜』を知っているのね?」

「シルヴィアンナ様ももしかしたら『地球』の記憶があるのかと思っていましたけど……ゲームの事は全く知らないと思っていました」

「寄りにも寄ってルチアが……。

 わたくしがゲームに気付いたのはマリア様とエリアス様が下りて来た時だもの。詰まり今年の正月よ。それまでは全く気付いていなかったのだから貴女が気付かなくて当然だわ」


 それにしても……藍菜も玲も日本人らしい考え方を見せていたけれど、ルチアは転生者らしいところは全くと言って良い程無かった。完全にセルドアの考えに染まっていたのは何故?


「成る程そうですか。だから死亡フラグを折ろうとしなかったのですね?」

「死亡フラグ?」


 シルヴィアンナにそんなのがあるの?


「婚約者が邪魔になったクラウド様が暗殺者を差し向けるのです。婚約者フラグはへし折りましたからもう疾うに折れたフラグです」


 え? 婚約者フラグは私が……そうだ! この子が私を導いたんだわ。


「だからあの時あんなに一生懸命婚約は止めるべきだと主張したのね?」

「えへへ。だってシルヴィアンナ様も望んでいないと思ったから……お役に立てて良かったです」

「そうね。本当にありがとうルチア」


 ん? そう考えてみると────


「ヨーゼフに妹と距離を置くように言ったり、カイザールに自立するよう促したり、全部貴女の助言ね」

「え? ああそのぉ……他の人でもゲームのイベントが起るのかなぁなんて。えへへ。ほら、皆凄いイケメンですしシルヴィアンナ様とも絵になりますから……」

「全く貴女は……」


 私を助けながらも実験して楽しんでいたわけね。怒るに怒れないけど。


「でもシルヴィアンナ様ではイベントは起き無かったみたいですけど、クリスティアーナ様なら起きましたよね?」


 誤魔化したわね。


「……条件が揃っていれば今後クリスティアーナがイベントに巻き込まれる可能性があるということかしらね」

「そうですね。とは言ってももうそれ程時間はありませんけど」


 ……藍菜。


「記憶を整理したいわ。今夜わたくしの部屋にいらっしゃい」

「はい!」


 そんなに喜ぶことではないでしょうに。






2015年11月中は毎日零時と十二時に更新します。

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