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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第十章 入れ替わった主人公
139/219

#138.代役

クラウド視点です

 設計図の盗難事件から三週間。学院は一時の平穏を取り戻した。

 当事者が軒並み学院から居なくなったのだから当然と言えば当然だが、公には横領事件だからな。その処分としては重いという声もある。まあ学院内では孤立に近かったトラブルメーカー二人が居なくなって良かった。という声の方が大きいがな。


 ダミーの設計図は予想通りハイテルダルに向かった。セルドアを出た運び屋はルギスタンに入り、ルギスタン内で別の運び屋に設計図を託した。そして二人目の運び屋がハイテルダルに入ったそうだ。関所を通過するのに手回しがされていたようだから、運び屋の雇い主がハイテルダル皇家の関係者である可能性はかなり高い。


 まあ正直それはどうでも良い。ダミーが外国に出た事実さえあればヘイブスを叩く理由として充分だ。只でさえ視野の狭い今代のビルガー公を、寄り狭い方向に導いているのがヘイブス伯だ。強引に黙らせることも考え始めていた時に舞い込んだのがウィリアムの話だった。ソアラ嬢を調べていたウィリアムが偶然とは言えこの情報を掴めたのは僥倖だったな。


 それにしても、事件の起きた次の日の夕方には寮に迎えたというのだから大胆なことをしたものだ。オルトランから言質は取ったと言っていたが、遊戯棟に押し掛け他の妾達の前で求婚したらしい。ティアは「兄弟揃ってやることが極端」などと言っていたが、ソアラ嬢はその場で「はい」と返事をしたらしい。碌に話したことすらない相手の求婚を受け入れる彼女の方が豪胆だろう。まあ政略のない側妃など親に話を通すだけで充分だからな。王家として問題視することはない。


 問題なのはオルトランだ。オルトランが設計図の盗難に関わっていないのはほぼ間違いない。だが、幾ら養子とは言え派閥が正妃へと推している公爵令嬢を寝室に連れ込むなど正気の沙汰ではない。横領事件の責任で一ヶ月の謹慎処分の最中のオルトランは今、王宮で実姉の指導を受けているが……子供の時分なら兎も角、ヤツももう十七だ。簡単に更正など出来んだろう。


 更に問題なのはマリアだ。いや、厳密にはビルガー公だ。事件は三週間前。そして、ドルアンを横領で逮捕したと公表したのは二週間前。ビルガー公はその一週間の間にマリアを下ろしてリシュタリカ嬢を積極外征派の正妃候補として担ぎ上げてしまった。

 マリアがオルトランの寝室に入ったという話が事実として社交界を飛び回ったのだから当然と言えば当然なのだが、設計図の話は兎も角横領の話は詳しく調べれば出て来た筈だ。ヘイブス家に乗り込んでの調べが進み設計図と関係のない不正の証拠は次々に上がっているし、ヘイブス伯本人と奥方は既に軟禁状態にある。ビルガー公はとんでもない悪手を打ったことになるだろう。マリアの予備としてリシュタリカ嬢を用意していたことが仇になった形だ。


 とは言うものの、マリアはマリアで問題が多すぎる。ウィリアムがオルトランを拘束した時、第三棟に居て一緒に拘束されたマリアは、自分が無関係であることを証明する為寝室で何をしていたかまで詳細に証言したそうだ。「嘘を吐くとドルアンにかけられている重罪の嫌疑が貴女にもかかる」そう尋問官に脅されたとしても、「オルトランと一緒に寝室に居た」と証言するだけで充分だろうが……頭が悪すぎる。

 ウィリアムの話では使用人とも関係を持っていたらしいし、マリアを養子にしたことがビルガー公の失敗だったのではないか? まあ、魔技能値が135もあったらそう考えるのが当然なのだがな。

 そのマリアはドルアンの横領事件公表とほぼ同時に公爵家に帰った。家の方で再教育をするらしい。マリアは設計図のことは一切知らないから外に出しても問題はないが……再教育してどうにかなるのか? また問題を起こす前に縁を切ってしまった方が公爵家のダメージは少ない気がするがな。






「ルドアとギスタが対立しようともハンナ様と私の婚約はまだ解消されておりませぬ。ルバーナとコーネリアス様の婚約もまた……。

 ならば! 私とハンナ様。ルバーナとコーネリアス。そして――――サリサ様とカイザール王子が結ばれれば三国が共に手を取る未来が生まれるのではありませぬか女王陛下」

「クラウド王子。貴方はなんと壮大なことを。貴方のその叡智に敬意を表し、ハンナ様は貴方に任せましょう。あなた方二人は結ばれるべきだとわたくしも思います」

「シルヴィアンナ様! ああなんと、なんとお礼を言ったら良いか」

「ルドアの王子として、ハンナ様を愛する男として、心より御礼申し上げます。シルヴィアンナ女王陛下」


 ここで私は大仰に紳士の礼を取る。


「動きが小さいと思います。クラウド様は背が高くて手足も長いですから、普段は大きく動くと大袈裟に見えてしまいますけれど、舞台の上なら大袈裟なぐらいで充分です。それにここは見せ場の一つですから、動きは大きく動作はゆっくりが良いかと」


 ……細かいな。


「「魔劇祭」は魔法を使った演出を楽しむ劇で、役者の演技はどうでも良い筈だろう?」

「どうでも良くはありません。お兄様とお姉様が主役を勤めた時は演技で評判になっていました」


 アンドレアスとミーティア嬢か。あの二人の容姿なら舞台で映えるだろう。演技で評判になったと言うより、見映えが良かっただけではないか?


「アンドレアス様ならクラウド様と同じぐらい舞台でも映えたでしょうね。ミーティア様もとてもお綺麗な方ですし、見詰め合う二人の姿はとても絵に成ったでしょうねぇ」


 アンリーヌはミーハーなところがあるよな。


「クラウド様とハンナ様だって同じぐらい――――」

「失礼します。クラウド様。アンリーヌさんをお借りしても良いでしょうか?」


 稽古をしていた居間にリーレイヌが入って来て、間髪入れず用件を告げた。私の侍女になって二年半、リーレイヌもやっと固さが抜けて来たな。


「行け」

「はい」

「――――このまま続けますか? それとも二人の場面にしますか? え? ……クラウド様?」


 リーレイヌがアンリーヌを連れて出て行って直ぐ稽古を再開しようとしたティアを、私は抱き締めた。


「どうなさったのですか?んっ」


 愛らしい小さい赤い唇にキスを落としたあと、細いのに女性的な曲線を持つ柔らかな身体を抱き締めたまま、その優しい声の問い掛けに答える。


「ハンナではなくティアにギスタの姫をやって欲しい。劇中でもティア以外と結ばれるのは嫌なのだ。キスまではしなくとも寄り添い見詰め合う場面は無数にある」

「そんなことを仰られても……配役を決めるのは実行会ですし、そもそも私は学院生ではありませんし……」


 勿論ただの我が儘だということぐらい分かっている。いや、我が儘と言うより駄々を捏ねているだけだ。本心だがな。


「それこそ、シルヴィアンナが言っていた小説の話が現実になったりすれば良い」

「ハンナ様やルンバート様が倒れてマリア様が代役となるというあの話ですか? でもどの分岐でも代役となるのはマリア様ですよ?」


 ルンバートとシルヴィアンナの配役をズバリ当てたのだからシルヴィアンナの言う分岐小説がティア達の前世で存在したのは間違いないだろうが、物語の展開には疑問符が付く。ルドアやギスタの姫の役がマリアに勤まるとは到底思えない。


「例えマリアがあのままイダーツの姫をやることになったとしても、ハンナやルンバートの代役は勤まらない。それに、マリアなんてハンナ以上に御免だ」


 どうでも良いが、今学院に居ないオルトランとマリアの代役に、平民のコーネリアスとサリサ嬢が選ばれた。コーネリアスは院生会員だからまだ解るがサリサ嬢は平民で尚且つ一年生だ。普通名前のある役は貰えない。今年の実行会は容姿で役者を選んでいるようだな。


「そもそも今学院に居ないマリア様が代役なんてあり得ませんから。それは良いとしてクラウド様」

「ん?」

「いい加減離してくれませんか? お稽古になりません」


 ああ、抱き締めたままだったな。


「嫌だ」

「嫌だって……アンリーヌ様が帰って来てしまいますよ。居間に入る時は寝室の時程気を使いませんからノックしないでっ」


 ティアを黙らせる為に唇を塞ぐ。勿論私の唇でだ。


「クラウドさっ」


 正面から軽いキスをして一度離し、角度を変えてもう一度キスをする。今度は寝台の上と同じ貪るような口付けだ。

 暫くティアの唇を堪能していると、彼女の身体から力が抜け背中に回った私の腕にその全体重が預けられた。加えて一応抵抗の為に私の胸に添えられていたその白く細い両手が、遠慮がちに私の首の後ろに回された。

 ティアは言う。「私から求めていないと愛していないみたいです」と。だからこれはポーズだ。ティアは私から求めないと自分からは求めて来ない。私の行為に対する“返事”しかして来ないのだ。だが、私のすることを本気で拒絶したことも一度もない。嫌がっている気配も全くない。これが私達の形なのかもしれない。


「旦那様」


 堪能するだけ堪能して唇を離すて、私の腕の中に恥ずかしがりながらも愛情のたっぷり籠った瞳で私を見上げる天使がいた。


「やっぱり舞台上でも結ばれるならティアが良い」

「私代役なんて成りたくありません。旦那様のティアで居たいです」


 ……少し意味が解らないが誰かの代わりでは嫌という意味か?


「ティアの代わりなどどこにも居ないティアはティアだけだ」

「マリア様の代わりにもシルヴィアンナ様の代わりにも成りたくないのです。私はクリスティアーナとして生きたいのです」


 シルヴィアンナの代わり? そんな分岐の話は無かった。余計意味が解らなくなったぞ。


「小説のマリア様に私を当て嵌めたりして欲しくないのです。クラウド様はクラウド様で、私は小説の第一王子なんて知らないのです。私が大好きなのはクラウド様なのですから」


 そんなことをした覚えはないが……。


「小説は関係ない。演技でもハンナと結ばれるのが嫌なのだ。私はティアが良い。それだけだ」

「旦那様」


 愛しそうに瞳を揺らすティアを見てもう一度唇を塞ぐと、それと同時に、


「失礼しました!」


 ――バタン――


 驚きを孕んだアンリーヌの声と、勢い良く扉を閉める音が部屋に響いた。……流石にそのまま見物したりはしないのだな。






 その三日後。「魔劇祭」前日の通し練習をする為に劇場に集合した出演者や補助員達だが、朝一番に入ったその報に私とシルヴィアンナは思わず目を見合わせた。


「ハンナ様が高熱を出して動けないそうです」







2015年11月中は毎日零時と十二時に更新します。

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