#137.拾う神あり
ヘイブス家の使用人ドルアン氏が「魔砲」の設計図を盗み出すという衝撃の事件が起きたのは昨日の早朝の事で、オルトラン様の冷たい言葉を聞いた私は気の向かないまま今日の妾の集いに顔を出しました。
え?
はいそうです。泣き出した私を慰めて貰っておいて、夜は一転して「魔劇祭」のお稽古。とはなりませんでした。お陰で久々午前中いっぱい動けないという有り様ですが、あれだけちゃんと気遣って貰ったのに文句は言えません。まあ何も理由が無くてこうなったとしても文句は言いませんけど……私は旦那様のすることなら基本的に受け入れるようですね。
のろけ話は横に置いておくとして事件の話です。
事の起こりは、ウィリアム様が深夜妙な動きをするドルアン氏を発見し尾行したことでした。深夜に何故ウィリアム様が外に居たのか私は良く知りませんが、尾行の結果得たのは「研究棟の警備状況を探っている」という結論だったそうです。
クラウド様にそれを報告したウィリアム様はこれを一任されて、オルトラン様の寮とヘイブス家を一ヶ月程探っていたそうです。
ああそれから、ダッツマン子爵家の使用人として働きながらオルトラン様の子供を産んだカマラ様にも話を聞いたそうですね。カマラ様のことはお姉様経由でお話を聞いていましたから元気なのは知っていましたが、直接会ったウィリアム様によると後ろ向きな発言は全く無くて明るく赤ちゃんの話をしていたそうです。ダッツマン子爵家の方々もオルトラン様の子供を温かく見守っていたという話ですし、お父さんが居なくても元気に育ってくれているならなによりです。
話を戻しましょう。カマラ様から設備費横領の話を聞いたウィリアム様は、より確信を持ってドルアン氏を調べたそうです。でも、オルトラン様ともヘイブス家とも連携している様子は無く、実行日についてもハッキリしなかった。そんな状況でも明確に分かったのは設計図の受け渡し場所が劇場だということです。一階席は学院の中から二階席から上は外からしか入れないその構造は設計図の受け渡しには最適だったのでしょう。
ただ、ドルアン氏にバレないように研究棟の警備を強化し、設計図のダミーを用意。そして劇場の外に一流の諜報員を配置。そんな状況を何ヵ月も続けるわけには行きません。
そこでウィリアム様が仕掛けたのがマリア様との決別だそうです。ウィリアム様がマリア様に「距離を置く」と明確に告げれば、オルトラン様がマリア様を寮に招く。何故そこまで確信が持てるのかが疑問ですが、実際そうなったのですから何かしら根拠が有ったのでしょうね。
そして結果的に、ドルアン氏が動きました。
まあこれは理解出来ます。実際昨日は、早朝にあった捕り物の話題なんて皆無で、「到頭マリア様がオルトラン様の寮を訪れた」という話題が学院中を駆け巡っていましたからね。ドルアン氏としては「昨夜怪しい人影を見た」という噂が広まらないようにするには絶好のタイミングだったのです。
そんなウィリアム様の策略に見事に嵌まったドルアン氏は、昨日の朝のうちに密かに学院から連れ出されて、今は王宮の行政区の牢の中に居ます。設計図の運搬者を泳がせている現状では当然それはまだ公表されていません。運搬者の動向如何によってはヘイブス家に調べが入ることに成りますし、クラウド様としてはここからが本番でしょう。
それから、オルトラン様は寮には帰されましたが、実家との接触どころか寮に軟禁されるそうです。使用人も一通り尋問を受けてヘイブス家との接触は一切禁止。基本的には棟から出ないように警告されて監視が付いているそうです。その割りにソアラ様は妾の集いに出ていますけど……。
「執事の横領ねぇ。良くある話だけど、マリア様夜這いの報の陰でそんなことがあったのね」
完全に他人事ですね。ジョアンナ様。
「はい。まだ捜査中ですからここだけの秘密にして下さい」
「本当に秘密にして下さいね。クラウド様は私達侍女にも口止めしてしていましたから」
まあ私がソアラ様の立場でも同じ結論を出した気もしますが、ソアラ様が話し出した時は少しビックリしました。ドルアン氏が拘束されていることもまだ明かす段階に来ていないですからね。というかソアラ様。明るい顔をしているのは何故ですか?
「うん分かったぁ。わたし達には関係ない話だけどねぇ」
「確かに関係ないですけど、ソアラさんは大有りです。大丈夫なんですか? ドルアンさんって寮ではオルトラン様の使用人を束ねていた方ですよね? ソアラさんも手伝わされたりしていたんじゃ……」
「幸い私はオルトラン様の妾という立場で、なんとなく察してはいましたが、直接関わることはありませんでした。だから私だけは学院内を出歩くことを許されたのです」
これが横領罪に対する処置ならそれで良いかもしれませんが、「魔砲」の設計図の盗難は国家反逆罪級の大罪です。ソアラ様への対応が甘過ぎる気がしますけど……。
「……クリスまで口止めするようなことを話してしまって良かったのソアラ? 何でか知らないけど表情が明るいし、他に何かあったわけ?」
ジョアンナ様の指摘に対して考え込んでしまったソアラ様は、たっぷり十秒の間の後、私に申し訳なさそうな顔を向けました。何故?
「クリスさんも知っている可能性は充分にあったのに話してしまってご免なさい」
「このお三人が私達の秘密を他の方に話してしまうとは一切思えませんから、それを謝る必要はありませんけど……ソアラさんには話すだけの理由があるのではないですか?」
「皆さんにお話した理由は、私が寮から居なくなるかもしれないと思ったからです」
「事件とオルトラン様は無関係と伺っていますし、オルトラン様が学院を辞めるようなことはないと思いますよ」
様々な影響で停学処分が下る可能性はありますけど。
「オルトラン様が辞める可能性がないわけではありません。それと――――」
ソアラ様のパッチリした漆黒の瞳が輝きました。それこそ入寮した頃の、オルトラン様に愛されていた頃のソアラ様の綺麗な瞳が戻って来たようです。
カマラ様を含めた五人の中で一番の美人はソアラ様でしたが、カマラ様が居なくなって、オルトラン様に捨てられたような状況になった後のソアラ様は、明らかに輝きを失っていました。最近は決して綺麗とは言えなくなっていたソアラ様が、今はとっても綺麗に見えます。
「今朝私はオルトラン様にお別れを告げられたのです」
「お別れ?」
……私がオルトラン様にあんなことを言ったせいでしょうか?
「はい。もう私を寝室に呼ぶことはないとハッキリ告げられました。侍女は首になっていませんし、寮を出るようにも言われていませんが、今後いつそうなっても不思議ではないと思います」
厳しい境遇に立たされていることを告白したソアラ様ですが、その顔は暗いどころか明るいままでした。
「ソアラ様……」
「そんな悲しそうな顔をしないで下さいクリスさん。私はハッキリ言って貰えて本当にスッキリしました。カマラさんみたいに勇気の無い私には、自分から別れを告げることも出来なかったのです。こうなったら、引き摺られるように侍女で居続けるより自分から職を辞した方が良いかもしれません」
ソアラ様がオルトラン様から離れられなかった理由は、ラッシュ士爵とヘイブス伯爵家に強い繋がりがあることにもよります。貴族は本人同士より家同士の繋がりを重視しますからね。
「何にしても決めるのはあんただし、あたいらがあんたにしてやれることはそうないけど――――おめでとうで良いのよね?」
ジョアンナ様の強い問い掛けに、
「はい。ご心配をお掛けしました」
明るく笑って答えたソアラ様でした。感情のままオルトラン様に生意気なことを言った気がしますが、結果的に正解だったのでしょうか? でも……セルドアで女性が一人で生きて行くのは大変です。もしそうなったらカマラ様の時と同じようにまたクラウド様を頼るしかないでしょうか?
そんな私の懸念はこの僅か数十分後に覆されることに成りました。
お茶の時間が終わり、皆と一緒に遊戯棟を出ると警備の王国騎士様ともう一人、昨日からの騒動で動き回っていた人物が扉の近くに佇んでいました。
出て来た私達を見て姿勢を正したその方は真剣な眼差しで私の前に立った方と目を合わすと、真摯な声で話します。
「ラッシュ士爵家のソアラ様ですね? 私ウィリアム・デュラ・セルドアスと言います」
その真剣な態度に立ち止まり応対出来ていない私達を余所に、ウィリアム様はソアラ様の前で跪きました。
「ソアラ嬢。どうか私の妃になって頂きたい」
えええええ!
……腹違いでも突然プロポーズするのは兄弟で共通ですね。
2015年11月中は毎日零時と十二時に更新します。




