#136.尋問と質問
ウィリアム視点です
あの女が第三棟に入った。なら今夜動く可能性はかなり高いと思って警戒度を上げたら、ものの見事に動いてくれた。
深夜に、いや、夜明けが近づく時間にこんな場所に忍び込むだけで充分に拘束する理由になるが、この男がやっていることはこの国を、場合によっては大陸全土を戦乱に巻き込み兼ねない重大犯罪だ。
本校舎の横を忍び足ですり抜け、視界の開けた庭を駆け足で通り抜け、学院の劇場に入り込んだ一人の壮年の男。観客席の端まで来たその男は抱えた布製の袋を二階席に向けて放り上げた。
きちっと二階席に着地した袋を見て満足げな顔を浮かべたその男が、踵を返し劇場から出たその直後、十人以上の黒い軍服を着た騎士に取り囲まれた。
「な!?」
「動くな!神妙にせよ」
「分かった!分かったから殺さないでくれ」
一瞬の出来事に全く抵抗出来ず、喉元に剣を突き付けられたその男は、両手を上げて恭順の意を示した。
「ヘイブスの使用人ドルアンだな?」
近衛達の間に割って入り前に出た私がその男に問い掛けると、
「ウィリアム王子!」
相当な驚きを孕んだ声が返って来た。
「貴様を重要機密漏洩行為及び特定保安施設侵入の現行犯で逮捕する」
数時間後。第一棟の応接間。
「飽くまでお前は関わっていないと言うのだなオルトラン」
初めから学院内での実行犯はドルアン一人という可能性は充分あったし、オルトラン様が関わっていないのは証言からして明らかだ。ただ、証言をしたのがあの女でそれを明言しない限り罪に問われ兼ねないのだから皮肉なものだ。実際アイツは証言したらしい。自らの身を地獄に落とす証言を。
「関わっていない。ドルアンが何をしていたのかなんて私は知らない」
「これはお前の知人としての質問ではない。王太子としての質問だ。詰まり嘘だと発覚したらお前はそれだけで罪に問われる。それを覚悟した上で答えろ。
オルトラン・ヘイブス伯爵子息。貴殿は昨夜マリア・ビルガー公爵令嬢と共に居て、ヘイブス家使用人ドルアンが何をしていたか知らない。また、ドルアンに盗みを働くような指示は一切出していない。
間違いないな?」
「間違いない」
ドルアンが“盗もうとした”のは「魔砲」の設計図だ。周辺各国が欲しがるそれを盗もうとしたのなら、もうこれは反逆罪だ。
ただ、残念ながらヘイブス家との関わりは見えて来なかった。しかし、カマラの証言のお陰でドルアンは間違いなく罪に問える。カマラが証言したドルアンの罪は、学院の上位貴族寮に当てられる設備管理費の流用と言う下らない良く有る横領だが、逆に大事にならずにドルアンの動きを封じられたのは僥倖だった。
ダミーの設計図を掴ませ学院の外まで運ばせたあとドルアンを拘束してしまうと、拘束理由を設計図の窃盗と発表せざるを得ない。隣国中がセルドアの動向を注視している今、それはセルドアの上位貴族に付け入るスキがあると発表するに等しい。
勿論でっち上げを発表すれば良いわけだが、それでは本命のヘイブスには踏み込めない。一平民のドルアンに外国に信頼出来るツテなどあろう筈がないのだから、ヘイブス家が関わっている可能性は極めて高いのだ。
「ウィリアムどうだ?」
「信用して宜しいかと。元々オルトラン様は寮の責任者として尋問していただけですから容疑は掛かっていません。ただ当然、ドルアン氏の単独犯ということもないでしょうから、ヘイブス家の方を調べることになりそうですけれど」
まあダミーの行方はちゃんと追っているのだからそれがヘイブスに辿り着く可能性がないわけではないし、ヘイブスを経ずにダミーがそのまま外国へ出て行ったとしても、ドルアンの罪状は明らかなのだ。幾らでも崩せる要素がある。
「何か知っているかオルトラン」
「……実家とやり取りしていたのがそもそもドルアンだ。私は実家からの話をドルアンを通して聞いていた」
詰まり、ドルアンは実家からの指示という形でオルトラン様を自由に扱えたということだ。やりたい放題だな。まあ良いように扱われる主も主だが。
「カマラもそう言っていましたからこれは間違いないでしょう」
「カマラ? あの女にも話を?」
「ええ。偶然ですが掴んだ情報に信憑性が有るかどうかぐらい調べますよ」
設計図の盗難計画に付いては何も知らなかったけどな。
それにしても、偶然とは言え事前に動きを察することが出来て良かった。対策を打って無かったとしても設計図が盗まれたとは考え難いが、盗みに入ったドルアンを近衛ではなく王国騎士が捕まえられたりしていたらゴラ大陸の西側は今頃大騒ぎになっていただろう。
ただ、よりにもよって女がらみで調査をしている時に国家反逆罪の計画が見えて来たのだから驚いた。まあ杜撰な計画で成功したとは思えないが「魔砲」の設計図は隣国中が欲しがる最重要国家機密だ。関わっているのが上位貴族なのだから本当に運が良かった。
「カマラの居場所なんぞ何故?」
「クリスが気に掛けていたから以前に調べただけだ。カマラのことを気にしていたのか?」
そんな筈はない。幾らコイツでも、息子が産まれたことを知っていればダッツマン家に接触ぐらい図るだろう。カマラは私がオルトラン様の頼みで話をしに来たのかと警戒していた。ヘイブス家がカマラに接触を図った形跡は無かった。
「首にした侍女の名が出てきて驚いただけで、カマラのことなどどうでも良い」
やはりコイツはこういう男か。自分の手元を離れたら彼女のことも一切興味を持たないだろうな。
「一度は妾とした女がどうでも良いか。オルトラン。お前マリア嬢のことをどう考えている?」
「……それは尋問か?」
「いや、一知人としての質問だ。お前が今まで寮に連れ込んだ相手は皆平民や男爵以下の貴族令嬢達だ。詰まり我々としても表立って問題視出来ない相手ばかりだった。だが、マリア嬢がそうでないのは明らか。マリア嬢は特別な女性なのか?」
あの女のどこが良いのかは解らないが、オルトラン様がマリアに惚れているのは間違いない。基本的には寄って来る女の中から選んで居るだけなのに、あの女には自分から近づいているのだから。
「そうだ。マリアさえ居れば他の女など無用だ。彼女は美しい。そしてマリアは私を支えると言った」
……あの女が男を支える?利用するの間違いだろう?
「ソアラ様は? ソアラ様はどうなさるお積もりですか?」
突然話に割り込んだのは、この応接間の端に用意した机でずっと黙って速記をしていたクリスだ。どうでも良いがコイツは本当に器用だな。
「どうも何も、ソアラは使用人の一人だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「きちんとお別れすらしないと仰るのですか?」
珍しい。いや、初めて見た。クリスが怒っている。間違いなく本気で。
「別れも何も使用人は首にするかしないかのどちらかだ。他にはない」
「ソアラ様は三年近くもオルトラン様の妾を勤めて来たのです。首にするかしないなんて簡単に片付けて良い相手の筈はありません。
オルトラン様も恋をしたなら分かる筈です。愛しい人の傍に居たいという気持ちと決別するには、本人からそうはっきり告げて貰うしかないのです。ソアラ様が必要ないと仰るなら、きちんとそれを本人に告げて下さい」
涙目になる程クリスが怒るとはな。……回りくどいやり方は本当に必要無かったらしい。
「ソアラは侍女だ。そんな必要は無い」
オルトラン様が冷たく言うと、クリスは静かに泣き出した。悔しげに歪んだその顔を、私は不覚に美しいと思った。だからコイツは苦手なんだ。クリスの顔は感情が表に出ると異常な美を宿す。どうしたって心が狂わされる。まあ恋心とは全く別物だがな。なんと言うか、神を拝んでいる気持ちに近いだろう。
「ソアラ様がどれだけオルトラン様に尽くして来たと思っているのですか!」
「クリス!」
捨て台詞のようにオルトラン様を怒鳴り付けたクリスが逃げるように応接間を出て行くと、兄上がそれを追い掛けた。……何をやっているのですかクラウド兄さん。
ずっと立ったままだった私は兄上が座っていたオルトラン様の正面のソファーに腰掛けた。そして呆然と二人の出て行った扉を見るその男に問いかける。
「オルトラン様。先程貴方はマリア嬢以外の女性は無用と仰った。その心に偽りはありませんね?」
偶々出来た状況でもそれを利用しない手は無い。今は言質を取る。
「ああ。マリア以外は必要無い」
「なら――――」
ここまで断言する程籠絡するとは……あの女意外にヤルのか?
「ソアラ様は私が貰っても構いませんよね?」
2015年11月中は毎日零時と十二時に更新します。




