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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第八章 動く世界
132/219

#131.ルギスタンの長系長子

タイトル通り、レイラック視点です

「シルヴィアンナ嬢。一曲如何かな?」

「お誘い頂き光栄に存じます。レイラック様」


 私の手を優雅に取ったその女性は、際立った美しさを持ったこの国の上位貴族の女性の中でも、頭一つ抜けた美しさを持っている。これで八十台の魔技能値があると言うのだから未だ王太子妃となっていない方が不思議だ。


「そんな固い顔をなさっていたらダンスを楽しめませんわ。何か考え事でも?」

「失礼致しました。貴女は私と踊ることに一切抵抗がないようですから少し驚きまして」


 踊り始めて直ぐ黙った私に彼女は悠然と質問した。そこに敵国の皇子に対する恐れや敵愾心は見られない。


「男性同士のことは男性にお委せ致しますわ。セルドアでもルギスタンでも女は男性に付き従うしかありませんでしょう?」


 ……皮肉を言われてしまったな。


「貴女がクラウド様の正妃に成っていないのは、貴女自身が望んでいないからと伺ったが?」

「随分と細かいことをご存知ですわね。一候補者のことをワザワザお調べになったのかしら?」


 切り返しが鋭いな。頭は良いようだ。


「噂を耳にした程度で、ご婦人のことを具に調べるような不粋な真似をした覚えはありません」

「噂は所詮噂。公爵家の娘が結婚相手を自分で決められる筈はごさいませんわ」

「ではエリントン公が望んでいないということでしょうか?」

「さあ? お父様の本心がどうかなどわたくしには分かりませんわ。それに、わたくしは今魔法学院の三年生で一昨年から寮生活をしております。お父様と顔を合わす機会も少ないのです」


 はぐらかされたか。まあ当然だな。


「魔法学院ですか。そう言えば色々と話を伺いますが、クラウド様が大きな改革を打ち立てたとか」

「大きいと言えば確かに大きな改革でしたわ。ただ飽くまでも学院内、しかもその期間だけのお話です。あれで上位貴族の地位が揺らぐなどということはありませんわ」

「しかし貴族の一部は随分と危機感を募らせているようですな」


 そこから来る功名心が交渉を停滞させる一因だ。


「昨今の情勢を考えれば、貴族達にも多少の危機感が必要かと存じます。地位にのさぼって安穏としていたらセルドアは時代に取り残されてしまいますわ。そういった意味は今回の魔法学院での改革は非常に意義深いものと評価出来ますわね」


 賢王クラウディオを支えた「女帝」ソフィアを上回る逸材シルヴィアンナ。この評価は間違ってはいないようだ。ヴァネッサ嬢は選民意識が高過ぎるし、マリア嬢は品位が乏しく学がない。いや、それ以前に視野が狭い。次期王后はシルヴィアンナ嬢で決まりだろうな。


「一つ疑問が沸きました」

「……なんでしょう?」

「貴女程の美貌を持ちここまで才知溢れる女性などこの大陸の何処を探して見付からないでしょう。そんな貴女をクラウド様は何故未だに正妃としていないので?」


 シルヴィアンナ嬢とクラウド殿下は夏至休暇が始まって直ぐ一緒に社交に出るようになった。最初は正妃としてお披露目する意味合いがあるのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。二人はもう一ヶ月パートナーとして一緒に社交会を回っているが、正式な発表がないどころか仲睦まじい様子もあまり見せないそうだ。詰まりこれは過熱状態にあった正妃騒動を冷ますためだけの行動で、シルヴィアンナ嬢が正妃に決まったわけではないだろう。


 だからと言って他の候補者にその可能性があるとは思えないが。


「この一ヶ月、嫌になるほど訊かれたことですが、ここまではっきり尋ねて来られた方は初めてですわ。そんな貴方に敬意を表してこれだけはお答えしておきます。

 公に名が上がっている方だけが次期王后の候補者ではありません。次期王后を探るのなら本人を調べることをお薦めしますわ」


 悪戯っぽく笑いながら言ったその言葉の真意を理解出来たのは、皇帝陛下に呼び戻され一度本国に戻った時だった。






「それって本人が否定したってことじゃないですか」


 確かにそうだ。あれは自分以外に有力な候補者が居て、クラウド様を調べればその候補者が分かるということだ。しかし、「無二の俊傑」て称されるこの国の王太子のことはその婚約者候補のことも含めて一年前具に調べたが、上がって来たのは側妃候補の男爵令嬢の情報ぐらいだった。それすら只の噂で真偽の程は定かではないが、正妃候補の話などそれこそシルヴィアンナ嬢が最有力であることぐらいしかない。他に誰が?


「ラビル。お前はいい加減敬語を覚えろ。幾ら近衛騎士と言っても限度がある」

「へ〜い」

「へーいじゃない。はいだ!」


 毎度のことだが騒がしい車内だ。


「しかし、その発言は誰のことを示唆していたのか全く分かりません。シルヴィアンナ嬢が我々を惑わせたかっただけでは?」

「その可能性は否定出来ないが、彼女の言葉に裏があるようにも思えない。公になっていない正妃候補が居るのは間違いないだろう。とは言え、その候補が正妃として彼女を上回る人材とは思えないが」


 あれほどの才覚の持ち主を上回る人材など、男女問わず大陸中探してもそう簡単には見付からないだろう。


「シルヴィアンナ嬢はそれほどの逸材ということですか」

「ああ。シルヴィアンナ嬢が残っている限り、マリア嬢やヴァネッサ嬢をセルドアス家が正妃に選ぶことはまず考えられない」

「じゃあ、ビルガーの焦りも今のところ改善の余地無しということですな」

「そういうことだ」


 四十年程前のダガスカス事件。戦闘地域協定をルギスタンが破ったその事件で大きな損害を被ったビルガー公爵家は、事件以降積極外征を掲げるようになった。そのビルガー公爵が中心となって交渉を進めているのだ。我々に対して態度が厳しいのは当然だ。加えて、様々な要因で彼らには焦りがある。マリア嬢が正妃となれば多少は焦らなくなるかとも思ったが、希望は薄い。


「それ以上にクランク様がどうにかならねんすか?」

「ラビル!」


 父上か。確かに父上も交渉が進まない要因の一つだ。


「父上は魑魅魍魎とした貴族の中を渡り歩くのは長けた方だが、こういった交渉に向いていないのだろう」


 単純に大きな決断が出来ない人とも言えるがな。それが出来るなら疾うに皇太子に成っている筈だ。


「クランク様でなくともこの交渉は難しいでしょう。そもそも、レイザーク様とナタリア様では政略結婚が成立しません」


 碌に顔を見たことがない私の長男レイザークと、セルドア王家直系の末姫ナタリア様。どちらも一歳で結婚は十数年先になる。それも政略結婚が成立しない理由の一つだが、


「ジークフリート様の実の娘であるナタリア様ならばこちらには何の否もないが、レイザークは直系の嫡子ではなく長系長子の長男に過ぎないからな。父上が皇太子ならばまた話は別だが……」


 私が帝位に就かなければ、レイザークは皇族の一人に過ぎない。明らかに吊り合いが取れていないのだ。

 だからと言ってフランク帝は、優柔不断な父上を皇太子にはしないだろうし、他の叔父上達にも何かと欠点が多い。お祖父様が皇太子を決めない理由は正直納得出来てしまう程クセのある方達なのだ。


「だからってゴラの皇家は信用出来ないすっよ。敵とは言えセルドア王家の方がマシでしょ? 貴族は同じだけど」

「セルドアの貴族、特に上位貴族は身分を鼻に掛けた奴らばかりです。一部例外は居ますが基本的にルギスタンを下に見ていますね」

「上位貴族が身分を鼻に掛けているのはルギスタンも一緒だ。だがラビルの言う通り王家は信用出来る。敵として、セルドア王家はルギスタン皇家を対等に扱って来たからな」


 だからこそ、フランク帝にも大きな決断をして欲しい。セルドアに対する信頼を勝ち取る為にも。


 フランク帝がルギスタン帝国中が大騒ぎに成る決断をしたのは、この僅か四ヶ月後のことだった。







2015年11月中は毎日零時と十二時に更新します。

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