#130.正妃争奪戦の現状
普段学院で過ごしていて話に聞くだけだと今一つ実感が湧きませんが、この夏至休暇中にクラウド様の参加した社交界では異常な程沸き立っている正妃、厳密には王太子妃争奪戦を実感させられました。
出席者が限定的なお茶会や晩餐会ではそんな雰囲気にはありませんでしたが、出席者が多く自由に人が動ける舞踏会や夜会では今の状況が顕著に表れていました。
流石に睨み合うようなことはありませんでしたが、去年まではそれほど顕著では無かった三つの派閥に、三人の候補に分かれての社交となっていたのです。
まあ、夏至休暇開始から四週間経った今では、クラウド様がシルヴィアンナ様を連れ回していたお陰で露骨な対立状態は解消傾向にあって、社交界は元の和やかさを取り戻しつつあります。勿論表面上は。
気付く人は気付いていますからね。クラウド様がシルヴィアンナ様を連れ回したのは現状の対立図式を崩す為だと。
とは言うものの、現状優勢なのはシルヴィアンナ様なのは間違いありません。杏奈さんの記憶も手伝って幼少期から極めて優秀だったシルヴィアンナ様は、派閥を越えてクラウド様の婚約者の最右翼として長い間認知されていました。
ただ、クラウド様ももう十七歳。王太子に成り二年経つのです。なのに婚約者にすら成らないとなれば、シルヴィアンナ正妃説に疑問符を付ける人も少なくありません。
本人が望んでいない。王家が望んでいない。クラウド様との不仲。等々理由は勝手な憶測ですが、噂が出るのを抑える事は出来ないでしょう。堅実内政派にとってはクラウド様本人が他の候補者をパートナーとして扱う事がない事が救いでしょうね。
実際は、本人達は勿論親同士も望んではいないのですけどね。他に有力な候補者が挙がっていないだけで。
なんて言ってしまうと革新派が推すヴァネッサ様と積極外征派が推すマリア様が有力ではないようですが、一応はまだ有力候補です。
ヴァネッサ様は、魔才値も学力も低く高飛車な性格で人望があるとは言い難いですが、上位貴族女性らしい所作と美しさを持った方ですから社交界での評判は低く無いどころか高いのです。クラウド様に対する態度以外は上位貴族女性の典型的な方ですのでこの評価は妥当と言えますし、有力候補であることを疑うのは事情に詳しい一部の方のみでしょう。
それからマリア様ですが……正直社交界での評判は最悪で、女性から上位貴族を、厳密にはゲームの攻略対象をダンスに誘う等、余りの勝手な振る舞いにデビュタントから二ヶ月足らずで貴族失格の烙印を押されかけたようです。しかし、流石はビルガー公爵家。力が衰えたとは言え名門です。強引にその評判を押し込めマリア様にキツイ指導をして事なきを得たそうですね。ただ、魔法学院の評判の悪さが徐々に大人たちの社交界にも広がっているようで、何かあれば次はないでしょう。
そんなマリア様を一応まだ積極外征派が推しているいる理由は頭抜けて高い魔技能値故です。135という魔技能値は本当に貴重で、世界中探しても簡単には見付かりません。と言うか、何処にもいないかもしれませんからね。本人の教育の必要性は多分にあると思いますが、正妃にするだけの価値がその数字には有るのです。だから充分有力候補と言えます。まあいざ正妃に成った場合、本人の努力不足でその数字に疑いが出そうですけど。
どうでも良いですが、魔法学院を休ませては社交界に引っ張り出したマリア様に、ビルガー公は何故基本的なマナーさえも教えていなかったのでしょうか? 杜撰過ぎませんか?
今お話した三人が派閥共正妃に推されているわけですが、そうではない候補者も何人か名前が挙がっています。
例えば、以前有力候補としてお話したハンナ様とジョセフィーナ様等です。とは言ってもこの二人、実は今別の方を婚約者としようと動いているようです。
具体的にはハンナ様がカイザール様に、ジョセフィーナ様がウィリアム様に、それぞれ婚約を取り付けようと行動しているのです。いえ、動いているのはご実家であって本人ではありませんね。いずれにしても、正妃候補からはほぼ脱却したと見て良いと思います。
ただ、偶然なのか必然なのかこの組み合わせはゲームの通りだそうです。更には、クラウド様とシルヴィアンナ様、エリアス様とヴァネッサ様がそれぞれ婚約者だったという話ですから、そうなる可能性も低くはありません。……ゲームの影響力があるということでしょうか?
そして、公には余り名前が挙がらないものの、意外に有力な候補者なのがクラウド様の四つ上と下の二人の候補者です。
一人は先日お会いしたリシュタリカ様。二十一歳、最速で正女官に昇格し、手腕を振るう伯爵令嬢があまり候補者として名が挙がって来ないのは、ヘイブス家の特殊性と本人の特異性に寄るでしょう。本人が実家と疎遠なのも勿論ですが、ハイテルダル皇国の先代皇王の孫にあたるリシュタリカ様を正妃に添えるとなると、国内の血筋を重んじる傾向のある上位貴族や、ハイテルダルと仲の良くないルダーツ王国が良い顔をしないですからね。
もう一人が私の実の妹リリアーナです。マリア様程ではありませんが、リリも百を超える魔技能値の持ち主です。実際に一部の中規模魔法まで使えるようになっているリリは、現状では最も秀でた魔法の才能を持った候補者と言えます。少しお転婆が過ぎる部分が有りますが、お母様譲りの美人に成長していますからクラウド様が拒絶するような事はないと思います。
しかし、私より数十倍マシですが、男爵令嬢はなかなか正妃にはなれません。魔法学院で首席を取るなどすれば簡単ですが本人の資質が大いに問われるのです。状況如何によってはベイト家の養子となって正妃候補に名乗りを上げることになると思います。なんて言いますが、マリア様は平民出身で実質魔才値だけで有力候補に成っているわけですから、リリなら充分に可能性があるわけです。
最後に……私です。私が正妃候補だという事実を知っているのは、王族、後宮官僚、近衛それぞれの一部と、ベイト家とボトフ家の関係者、杏奈さんと玲君、それからクラウド様がいざと言う時の為に根回しをした何人かの信頼出来る貴族の当主とその奥方、数えれば結構な数ですが、以上です。公に知られているとは当然言えません。ただその中の大半の人が私が最有力である事実を知っているのです。
はいそうです。当たり前ですが、クラウド様が私が推している以上私が最有力です。
「嫌ではないのだろう?」
「はい。でもやっぱり私には正妃になるだけの理由がありません。「側妃で充分」と言われるのが目に見えています」
火種になるのが分かり切っていて「正妃に成りたい」とは決して言えません。しかもそれで苦労するのは旦那様なのです。自分からそれを言い出すことは出来ません。ただ、シルヴィアンナ様にもリシュタリカ様にもリリにも幸せに成って貰いたいのです。だから、「私以外を正妃にして下さい」とも言えません。何ですかこの板挟みは……。
「シルヴィアンナは勿論、エリアスもカイザールも、院内規範の改定に動き回るティアを見て優秀さには気付いている。実際に働きを見れば説得できないことはない」
「正妃になる条件はやはり魔才値と血筋ですから、魔技能値が極端に低い私が幾ら実積を積んでも上位貴族全員を納得させるのは難しいと思います」
実積は比較し難いですが、魔才値と血筋はとっても判り易いですからね。
「全員を納得させる必要は無いがビルガーは説得させざるを得んし……」
一番納得してくれそうにないのが現ビルガー公爵ですからね。
「何度も言っていますが、私はクラウド様の傍に居られれば満足ですから」
「私が他の女を抱いていても平気ということか?」
いつものようにお膝に座っている私の頬に触れて、少し強引に後ろ、と言うより上を向かせたクラウド様です。
「分かりません。相手による気がします。ただ、シルヴィアンナ様と踊っている所を見てて羨ましくは思っても、妬ましくは思いませんでした」
私はどうやら嫉妬という感情とは縁がないようで、クラウド様が誰と踊っていてもそういう感情は湧いて来ないのです。
「ティアを嫉妬させるのは無理かもしれないな」
嫉妬させたいのですか?
「大丈夫です。私は生涯間違いなく旦那様のモノですから。旦那様を嫉妬────」
勢いよく口を塞がれました。勿論旦那様の唇で。序でにお胸にも手が伸びて来ました。……抵抗しない私にも問題がある気もしますが、最近本当に唐突に始まることが多いです。
暫くそんな状態で私の全身から力が抜け始めたころ、突然クラウド様の手が止まりました。
「クラウド様?」
変なタイミングで止めないで下さい。始める前はして貰いたいとは思わないのですが、始まってしまうと求めてしまいます。まあ最初からこんな感じですが……。
「ティア……今あるドレス入るか? もう二年近く着て無いやつもあるだろう?」
え? 確かに私は社交界に殆ど出ませんから殆ど着ていないドレスも有りますが、
「肥ってなんかいません! 幾ら旦那様でも失礼です!」
「いや……胸が」
は? あ! ……だいぶ成長しましたからね。
結論。殆どのドレスが入りませんでした。
そして同時に、旦那様が私の誕生日の為にとんでもなく高いドレスを作っていたのが発覚してしまいました。身長は伸びていないのに──は成長するのですね。前世は細やかだったので……驚かせたかったようでしたが、御免なさい旦那様。
2015年11月中は毎日零時と十二時に更新します。




