#12.紳士な王子様
のんびりと過ごした初めての夏至休暇ももう残り一週間。ゴルゼア要塞から王都までは五日掛かりますので、もう出発しなければなりません。少しぐずったリリアーナを宥め透かして、私はゴバナ村を発ちました。
私とお兄様そしてお父様の三人は、王都エルノアに向かう王国騎士団の馬車が明日早朝に発つということで、夕方要塞を訪れました。
因みにお父様は馭者として一緒に来てくれただけです。特に用があるわけではありません。ただ礼儀として、私達を送ってくれる王国騎士さん達に挨拶しようと要塞の中まで入って来ました。
今は、そんな挨拶が終わり今夜一晩泊まる部屋に案内されている最中です。
「ん? あれはルダーツ王家の馬車か?」
訝しげな声をあげたお父様は、その視線を要塞の門に向けて此方へとゆったり走って来る大きな馬車を凝視していました。
「ルダーツ王家の馬車? この間の――――」
その車体には紛うことなきルダーツ王家の紋が描かれています。
そうですねお兄様。それを疑うなという方が難しいです。それにしても立派な馬ですね。黒い車体も頑丈で厳ついです。
つい立ち止まって――その場に居た全員が――眺めていたら、その豪奢な馬車は私がレイフィーラ様を看病した屋敷の前で留まりました。偶然ですが、直ぐ近く、ちょっと声を張れば聞こえる距離です。というか、この屋敷はセルドアの王族以外使えない筈なのですけど?
その馬車から降りて来たのは、細かな紋様が入った鎧を着た騎士セルドアの近衛騎士様でした。そして――――
「クラウド様?」
続いて降りて来たのは、騎士服姿のキラキラ王子様です。八歳いえ、誕生日が過ぎているので九歳ですね。九歳児なのに騎士服が似合うのは流石です。まあ何を着てもある程度着こなしてしまうようなイケメンですからね。クラウド様は。
一瞬こちらを見たような気がしますが、クラウド様は騎士の案内に従って直ぐ屋敷へと入って行きました。
現ルダーツ国王から見て孫に当たるクラウド様がルダーツ王家の馬車に乗っていたとしても不思議ではないのですが、私が夏至休業に入った時は確実に王宮に居たクラウド様が何故こんな所に居るのでしょうか? 気にはなりますが訊いても答えては貰えませんよねぇ。
「この馬車ですか?」
翌早朝。朝食を終え、荷物を抱えてお兄様と一緒に指定された馬車留まりまで行こうとすると、王国騎士さんに呼び止められ別の馬車まで案内されました。その馬車は――――
「何故私達がセルドア王家の馬車に?」
お兄様の言う通り、これは間違いなくセルドア王家の馬車です。昨日のルダーツ王家の馬車以上に大きく立派な白いその馬車の周りには近衛騎士様と彼らが騎乗する馬が沢山います。……どう考えても私達だけが乗るわけではないですよね。
「嫌か?」
私達の背後から不躾な子供の声が響きました。その声の主は勿論、
「おはようございますクラウド様。嫌ではありませんが畏れ多いです」
「二日で移動出来る距離をワザワザ五日掛けて移動する理由は無い。それに今侍女が居ない。乗ってくれれば私も助かる。兄上も一緒ならば不安もなかろう?」
いつもの無愛想ではなく、何やら熱を持って畳み掛けるように話すクラウド様に私は呆然としてしまいました。確かに話自体間違ってはいないと思いますが、大事な部分が抜けていませんか?
「お話は解りますが、無用心ではないでしょうか? 私や妹が王家と敵対する思想の持ち主とも限りませんよ」
お兄様の言う通りです。それに、
「そうですわ。それにそうで無かったとしても、王家がボトフ家を特別扱いしていると他の貴族に取られ兼ねないのではないでしょうか?」
クラウド様? 何で少し笑ったのですか?
「王子とて友を作る自由ぐらい有る。私はお前達を信じるだけだ。それからボトフ家は男爵家。男爵家一つ特別扱いしたところで揺らぐ程今のセルドアス家は弱くない」
「……信じるに足る人間だと?」
お兄様は少し強い口調で問い掛けました。思うに9歳と13歳の男の子が話す内容ではない気がします。事実、周りの騎士様はこちらを見たまま驚いたように固まっています。お兄様は今更ですが、クラウド様は本当に優秀な方なのですね。
「信じてはいけないか? 確かに疑う必要がある時もある。しかし貴族の家の、しかも代々王領の代官を務めている貴族家の人間を信じなくて誰を信じるのだ? それを言い始めれば近衛騎士すら疑わなくてはならなくなる。違うか?」
クラウド様は真剣な眼差しでお兄様を見据えました。
不思議な眼差しです。睨むとは違うし、蔑むとは全く違います。強くそれでいて惹き付けられるような、そんな魅力ある瞳がお兄様を見ています。やっぱりこの人は皆を従わせる家の産まれなのですね。一度熱が籠ると独特の雰囲気を醸し出します。解り易く言うとカリスマ性でしょうか?
「不束な身ではございますが、お世話になりますクラウド様」
お兄様が騎士の最高礼を取りました。慌てて私も続きます。
「修行中の身でお手間を取らせることも多々あるかと存じますが、道中精一杯励まさせて頂きます」
そう言って淑女の礼をしたあと顔をあげると、クラウド様はいつもの無愛想な顔に戻っていて、
「宜しく頼む」
無愛想な返事を返して来ました。これで人並みに愛想があれば本当に良い男なんですがねぇ。
「では出立する」
クラウド様は私達を追い抜くように馬車へ歩いて行きます。
それにしても、何で私達を乗せて行くことにしたのでしょうか? クラウド様の本心が分かりません。そもそも居なくて済んでいるのに侍女が必要だなんて言い訳にもなっていませんし・・・友達作りというのも今一つ信用出来ないですね。何がしたいのでしょうか?
なんて考えながら、馬車に乗り込むクラウド様に続いて私も馬車に、って何で止まるんですか?
クラウド様は馬車に乗り込む手前で止まり振り返りました。そして私の荷物を奪うように取って手を差し出しました。その手は明らかに私を馬車へとエスコートする為のモノです。
優雅ですねぇ。九歳なのにこういうのが絵になっちゃうのが、キラキラ王子様ですね。ってそうじゃない!
「クラウド様?」
私は侍女なのですからどう考えてもその行動はオカシイです。
「休暇中でお前は今侍女ではない」
いえいえ、ついさっき侍女がどうとか言ってたじゃないですか! それに休暇中でも侍女は侍女です!
私が戸惑っていると、クラウド様は半ば強引に私の手を取りました。仕方がないのでエスコートされましょう。なんか緊張します。粗相をしなければ良いのですが――――
「きゃ!」
一段目を踏み外した私はクラウド様の方へと倒れ込み抱き止められました。
「大丈夫か?」
「ごめんなさい! 大丈夫です。クラウド様は大丈夫ですか?」
「問題無い」
慣れてないことはするものではありませんね。ちゃんと抱き止めて頂いたので倒れてもいませんし、足を捻ったわけでもないので痛くもありません。クラウド様も倒れていませんし大丈夫でしょう。
ただ、私が両足を着けてちゃんと立っているのに・・・あのぉ、放して下さい。
数瞬抱き止められていた私の頬が恥ずかしさから真っ赤になっていたのは間違いありません。
言って置きますが、ときめいたりはしていませんからね近衛騎士さん! 「若いねぇ」とか大間違いです! まあ、若いは若いんですが、若過ぎです!
ただ、いつも無愛想なクラウド様の予想外な一面を見れたのは良かったですね。貴族の令嬢相手にはいつもあんな感じで紳士なのでしょうか? だとしたら一度拝んでみたいですね。眼福です。
ああ、それから結構しっかりした体つきをしていました。体格は年齢相応で身長は私の方が少し高いのですけれど、剣の鍛練のお陰か想像したよりガッチリしていて力強かったです。所謂細マッチョですね。まあダンスの講習で一緒に練習することがあるのでなんとなく分かっていましたけど。因みにダンスの時はなぁ~んにもお話ししません。
馬車での二日間でも無愛想なデフォルトは崩れず、結局は残念な王子様でした。
次回 2015/09/18 12時更新予定です。




