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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第八章 動く世界
129/219

#128.特大のフラグを立てた男

 リシュタリカ様が担ぎ出された最初のお茶会から二日。今日はクラウド様がシルヴィアンナ様を招いたお茶会という体裁で、玲君と杏奈さんが私に会いに来てくれました。場所は王宮の迎賓区の一棟。その応接間です。体裁の為に当然クラウド様も一緒です。


「杏奈さん!」

「藍菜」


 部屋に入って来た杏奈さんに駆け寄って抱き付きます。華奢とは言えませんし男性並みに背の高いシルヴィアンナ様ですが、やっぱり女性ですからゴツゴツはしていません。クラウド様に抱き付くのとは全然違いますね。当たり前ですけど。


 暫くギュッと抱き締め合ったあと杏奈さんに付いて来た人物の視線に気付いて、長身の美女の背に回した腕の力を抜きました。すると、名残惜しそうに杏奈さんも私を抱き締める腕の力を抜きます。


「何度も顔は合わせていて、幾度となく会話もしているのに、仲良く出来ないって寂しいモノね。もっとお喋りしたいわ藍菜」

「はい。私もいっぱいお話したいです杏奈さん」


 杏奈さんとこうしてお話出来るのは入学式の日以来ですから本当に嬉しいです。間近で見詰めあって微笑えんでくれるシルヴィアンナ様の顔は、綺麗ではなくて可愛いと言った方が正しいですね。


「本当にクリスティアーナ嬢が藍菜なんだ」


 玲君ことレイノルド様が呆然と言いました。疑っていたのですか?


「だからそう言ったじゃない。何で信じないのよあんたは」

「だって去年から今年の三月までクリスティアーナ嬢とは何度となく顔を合わせたけど全くそういう素振りを見せないし、侍女として働いている彼女は本当に侍女にしか見えないから」


 それはあまり関係ないと思いますよ玲君。


「杏奈さんがそんな嘘を吐く理由はありません。杏奈さんのことが信じられないのですか玲君」

「いや…藍菜は侍女をやっている時本当に侍女にしか見えないから」

「それは関係ありません。杏奈さんのことを信じないでどうするのですか? 前世から定められた二人なのですよ。運命なのです。お二人が結ばれるのは」


 お兄様とお姉様の時と同じように全然違う場面で見た二人に運命を感じたのです。この直感は正しいでしょう。

 因みにサリサ様とルンバート様はそこまでではありませんが、サリサ様にルンバート様を紹介して欲しいと言われた時は間違いなく上手くいくと思いました。その勘は正しく二人は正式にお付き合いを始めたそうです。この夏至休暇の間にルンバート様はサリサ様を実家でのお茶会に招待するそうですよ。お幸せに。


「運命って……」

「前世で結ばれなかった私達は今世では絶対幸せにならなくちゃいけないんだって」

「そうです。その為だったら何でもします」

「それは許さない」


 え!? 倒れ……ない。


 少し怒気を孕んだ声が上から降り注ぐと同時に後ろから伸びて来た逞しい二本の腕がぐるりと私を抱き締め後ろに引っ張りました。そのまま倒されるかと思うような勢いで引っ張られた私は、服の上からでは分からない逞しい胸の中に納まりました。

 立っているか座っているかの違いで、いつもの形に落ち着きを覚えている自分にびっくりです。


「他人の幸せより自分の幸せを考えろ。何度言ったら分かる?」

「杏奈さんと玲君が結ばれることで私が不幸になるわけではありませんから」


 見上げながらそう言うと、旦那様はいつもの無愛想面を仏頂面に変えていました。


「何でもするなんて許さない。思い入れした相手には自分を犠牲にするのがティアの悪い癖だ。ましてや相手がシルヴィアンナでは簡単には行かない。この件に関しては私の許可を取れ」

「でも旦那様――――」

「良いな?」


 ……問答無用ですか。心配性な旦那様ですね。


「はい」


 まあ私にそういう実績があるのがいけないのですけどね。


「旦那……本当に側妃なんだ」


 また、玲君は。


「だから、杏奈さんが玲君に嘘を吐く理由がどこにあるのですか? 杏奈さんを疑っていたら心を開く相手が居なくなってしまいますよ?」

「いや、院生会室では一切そんな素振りを見せなかった二人がそんなに仲良くしていたら、疑ってなくても驚くよ。それにクラウド様がこんなに表情豊かに活き活きしてるなんて……」

「クラウド様が過剰なだけじゃない。驚くこともないわ」


 私が「何でもする」宣言しただけで、「お前は俺のモノ」と言わんばかりに後ろから抱き締めるのですから、確かに過剰です。いえ、それに身を委ねてしまう私も私ですね。


「ここまで仲が良いとは思って無かった」

「私の目の前で藍菜が押し倒されたって言ったじゃない」

「杏奈さん。それでは私が杏奈さんの前で脱がされたみたいです」


 まあ押し倒されるような形になったのは事実ですけど。


「私が居なかったら脱がされてたんじゃないの?」


 そうですけどその仮定がおかしいです。


「そんなことよりシルヴィアンナ。まあよく私を騙してくれたな。レイノルドとの関係を一切隠して私を利用したな?」

「無駄に多い縁談を抑え込む為に利用したのはお互い様ですし、隠しはしましたが騙してはおりませんよクラウド様」


 突然女王様口調に変わった杏奈さんです。シルヴィアンナ様の外見だとやっぱりこういう口調の方がしっくり来ますね。


「……しかし、相手がレイノルドなら隠す必要も無かったのではないか?

 シルヴィアンナの相手がルオン子爵家の「神童」レイノルドと言えば誰もが納得するだろう。同世代でレイノルドと肩を並べているのはそれこそ私ぐらいだ。家柄でエリアスとカイザールも横に並べ無くはないが、実力も実績もお前が上だ」

「え? ああまあ……」


 四歳にして「神童」という二つ名を持った玲君ことレイノルド・ルアン様は実はとっても有名人です。その理由は他ならぬ、


「「魔砲」の基礎を築いたお前がシルヴィアンナを娶ることに正面から反対出来る者なぞそれこそエリントン公本人ぐらいだろう。何故秘密にする必要があるのだ?」


 魔導兵器の基礎理論を完成させたからです。いえ、厳密には兵器の理論ではなくて魔力を用いた高出力の動力の理論ですけど。ただ高出力過ぎて兵器にしか応用が利かなかったというだけで。


「玲がビビりなだけよ。お父様に私が欲しいと言い出せないの」

「エリントン公なら快諾とは行かなくても了承するのではないか?」

「あの……何て言うかあの理論は並列に繋がっていたモノを直列に繋いで……兎に角繋ぎ方を工夫して今まで有ったモノに改良を加えただけで、私は大したことはしていないのです。だから……」


 直列と並列? 電池の繋ぎ方ですか? 魔力を用いた動力がどういうものだか私は一切知らないので分かりませんが、案外簡単な構造なのでしょうか?


「例えそうだとしても実績として評価されているのは事実だ。あの小娘みたいに身分に囚われている人間なら兎も角、レイノルドの評価は一般的に極めて高い。

 と言うか、他の院生会員には興味を示してレイノルドを無視するマリアが異常だと思うがな。平民からしたら子爵令息だって充分玉の輿だ。始めからレイノルドに興味を示さないあいつの行動はやはり理解が出来ん」


 玲君に興味がないのはマリア様にゲームの知識があるからに他なりませんから、これを説明するのは不可能です。


「それはただ単に私がゲームの攻略――――」

「「玲」君!」


 玲君が口を滑らせ私と杏奈さんが同時に止めましたが、


「ゲーム? 攻略? なんだそれは?」


 玲君の言葉はしっかり王太子様の耳に届いてしまっていました。






「詰まり、ティア達の前世の世界にあった分岐小説の登場人物が、いや、魔法学院から何から何までそっくりだというわけか」

「はい。とは言っても私はその分岐小説を読んだことがありませんのでなんとも言えないのですけど……」

「でもマリア様にその知識があれば全ての行動に説明が付くのは確かですわ」


 全部説明するのに随分と時間が掛かってしまいました。折角の杏奈さんとのお茶会の時間を無駄にした玲君はあとで杏奈さんに叱って貰いましょう。


「しかし、君達の行動次第で幾らでも物語が変わると言うならば、今後の参考にはならないな。そろそろマリアもその事実に気付くだろう。いや、もう気付いているから、最近意味不明な発言が減って来たのだろうな」

「信じて下さるのですか?」

「ティアは信じているのだろう?」


 ……クラウド様。


「見詰め合ってないで話を進めて頂けませんかクラウド様。玲のせいでこんな話をしておりますが、わたくし今日はクリスティアーナ様とお茶をしに来たのですわよ」


 隣に腰掛けた私とクラウド様が暫し見詰め合っていると杏奈さんが割って入りました。ごめんなさい。


「話を進めると言っても、マリアが今後どう動くかは一切予測出来んのだろう?」

「マリア様がどう動くかは確かにもう分かりませんわね。ただ、まだ決別はしてはいないウィリアム様と、密会しているというオルトラン様に執着する可能性は充分ありますわ。自分が小説の主人公であると疑ってはいないでしょうから」


 マリア様の行動を陰から観察していて怖いところは正にそれです。


「まるで、この世界が自分の思い通りになる世界だと思い込んでいる。マリア様の話を聞くとそういう印象を受けました。クラウド様はそう思いませんでしたか?」

「……思い通りになる世界とは言い過ぎだが確かに好き勝手していたな。ただ、小説どうのこうのよりも、奴自信が元来そういう人間、そんな印象だが」


 遠目で見たことは何度かありますが、私はまだ直接お話したことがありませんからね。目を見て話せば気付くこともあるかもしれません。


「私は最悪の印象を持ってるわ。話す度にあの人を思い出す。一番思い出したくないあの人」

「真理亜か?」


 今の玲君の発音は、マリア様ではなく若干「り」の音が違う真理亜さんでした。


「ええ。どうも嫌な感じなの。毎回ね」

「……マリアが真理亜なんてことないよな?」


 え?


「……否定は出来ないわ。玲は私達より一個上だったのに同じ年だし。それに――――」


 私と杏奈さんと玲君。一緒に死んだ三人は、同じ日に生まれているのです。なら真理亜さんが死んだのは? 二年後だとしたらマリア様が真理亜さんである可能性は充分考えられます。


「いずれにしてもクラウド様。この先半年は注意して下さい。ゲームのイベントが起こる可能性はまだ充分ある」


 玲君その言い方は通じませんよ。


「小説の中のエピソードが実際に起きる可能性は高いとか、言い換えて話しなさいよ」

「恋愛小説なのだろう? 逆ハーレムとかいうのは終わっているというし、それほど注意しなければならないことがあるのか?」

「基本は確かに恋愛小説ですが、わたくしが読んだ中には主人公が死んでしまったり、または相手の男性が死んでしまったり、家が取り潰しになったり、色々ありましたので」


 本物の分岐小説ではそこまで沢山エピローグはないと思いますけどね。


「具体的には何かないのか?」

「……特別クラウド様が不幸になるようなことではありませんが、今年の「魔劇祭」でクラウド様が主役に選ばれます」

「今年?」


 通常主役は三年生ですからね。クラウド様が驚くのも当然です。


「ええ。そこで――――」






 その後も延々とゲームの話をして、あっという間にお茶会の時間は終わってしまいました。


「……近いうちにまたお時間を頂きたいですわ」


 名残惜しそうに言って帰って行ったシルヴアンナ様ですが、別れ際に私に言ったのはこんな台詞でした。


「イベントに巻き込まれたりしないようにね藍菜」


 余計な一言では無かったことを願いたいと思います。






2015年11月中は毎日零時と十二時に更新します。

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