#126.捨てる神あれば
六月に入りましてもうすぐ夏至休暇です。
つい先日発表された中間試験の結果によって、マリア様がA組からH組に替わることに成りました。一年生はAからHまでしかありませんから、一番上から一番下への前代未聞の転落だそうです。
魔技能値だけでA組に入れてはならないという教訓が生まれましたね。というか、得て不得手がありますから、魔法の技能と学力を総合評価して組分けを決めるというやり方に無理がある気がするのですが……クラウド様は「魔法技能と学力は比例する傾向にある」なんて言って私の話を否定していました。まあ実際、魔技能値30ぐらいしかない下位貴族の子女達は学力試験でも下の方に集中していたりするのですけどね。
え? そうです。
魔技能値まで合わせて全て発表されるのです。魔才値ってある意味究極の個人情報だと思うのですが、容赦なく公表されてしまうのです。もう習慣になっていますから誰も恥ずかしがったりしないですけどね。
魔法技能試験はバラバラですが、学力試験は専科に関わらず学年共通です。学年毎にバッチリ順位が発表されるのです。一位から最下位まで。流石に最下位は皆嫌ですからね。励みにはなると思います。
それと、三年間の総合成績で首席を得ると平民でも女性でも官職を得られる決まりが有りますから、上位争いも苛烈です。故に首席は大抵平民か嫡子ではない貴族令息なのです。
とは言うものの、今の二年生と三年生はシルヴィアンナ様とクラウド様がそれぞれ中等学院から首席を守っているのですけどね。これは当然珍しいケースです。特に上位貴族令嬢は上位に居るのさえ相当珍しいそうで、実際ハンナ様は、一学年約二百人中七十から八十番台。ヴァネッサ様は百五十番前後です。魔技能値を問われない上位貴族令嬢は筆記試験の勉強を疎かにする傾向があるようですね。
なんて言いつつ、ミーティアお姉様は万年二位だったそうですから、それと互角以上に戦っていたリシュタリカ様が魔法学院に入っていたら間違いなく首席争いをしたでしょうけど。
え?
当たり前ではないですか。お姉様を万年二位に追いやったのはお兄様です。お兄様は魔法試験でも歴代最高点を叩き出しましたので、必然的に王国騎士を経ずに近衛騎士と成りました。
話を戻しましょう。今の魔法学院の三年生の中では、魔法技能でも頭一つ抜けたシルヴィアンナ様の元に女生徒が集まるのは必然と言えます。実際に取り巻いている方に限らずシルヴィアンナ様の信者は沢山居るでしょうね。
他の院生会員に目を向けると、引退した三年生は、エリアス様が四十から五十番台。ヨーゼフ様は十位以内。玲君ことレイノルド様は二位、偶に三位です。二年生だとクラウド様に続く二位と三位を会計のスエルフ様と監査のコーネリアス様が争っています。カイザール様も二十位以内に入るのですが、オルトラン様は……去年の中間と学年末、今年の中間と一度も百八十位以内に入っていません。
それから一年生ですが、今回の中間試験一位がウィリアム様で二位がルンバート様、序でに三位がサリサ様でした。一位と二位の得点差が僅か四点という熾烈な争いを繰り広げた二人です。一位が不動で毎回二位争いに注目が集まる二年生と三年生より一年生の方が楽しみですよねぇ。
いずれにしても、上位貴族ではない院生会員は学力成績上位者が選ばれる傾向にあるのです。オルトラン様に対する不信任票があれだけあった理由はここにあるのは間違いないでしょうね。まあ普通は上位貴族令息でもエリアス様ぐらい、五十番ぐらいには入るそうなので、今後ああいったことが起こる可能性は低い気もしますが、前例が出来た以上クラウド様が変えた制度を覆すのは簡単ではないと思います。
話を大きく変えまして、H組行きが決まったマリア様の話です。
三週間程前にエリアス様から忠告があって少し大人しくなったマリア様ですが、予想外の方向から崩され再び動き始めてしまいました。
その情報を私にもたらしたのは、私は一週か二週に一回程しか出ませんが、二日か三日に一度開かれるお茶会、当然、妾の集いです。
ドレス祭りの為に予め頼まれていた刺繍で忙しく、三週間ぶりに遊戯棟のテラスに赴くと、そこには三人しか居ませんでした。居なかったのは、
「ソアラさんはどうなさったのですか?」
一応秘書業務をしている私は遅れて来ることが多く、此所に来た時は全員揃って居ることが大半なのです。今日もその例外ではないのですが……。
「暫く来ないかもしれないわ」
え?
「ここ二週間近く寝室に呼ばれてないんだってぇ」
……深刻な話の割には皆暗い感じがしないのは何故でしょう?
「正直今更な気もするわ。今まで呼ばれてたのが不思議なぐらいだったのだから」
確かにそうですけど、皆冷たくありませんか? カマラ様の時はあんなにも落ち込んでいたのに。
「原因はマリア様ですか?」
「尻軽女はどうだか知らないけど、オルトラン様はどうやら本気みたいだわ。流石にまだ寝室には入れてないみたいだけど深夜に約束して会っているらしいわ」
深夜ですか。魔法学院は機密保持の為に敷地内にも騎士を配置していますから、下手にコソコソしていると捕縛されますよ?
「学院内なら犯罪に巻き込まれたりしないだろうけど、深夜に密会なんて大胆なことするよねぇ」
「でも、秘めた恋ってやっぱり気持ちが盛り上がりますよね」
……ジョアンナ様はそうでもないですが、イリーナ様もシャーナ様も表情が明るいです。何故?
「秘めた恋? 養子だとしても公爵令嬢と伯爵令息の恋のどこに秘めなくてはいけない要素があるのよ。バレたら王宮と学院で離れて暮らさなければならないクリスと王子様なら解るけど、公然と付き合っても問題ないんじゃないの?」
「あれぇ? そう言えばそうだねぇ何でだろう?」
「考えてみたら、クリスさんとクラウド様はお付き合いを秘密にしているだけで、側妃として輿入れ出来るのですから秘めた恋にはなりませんよね」
皆知らないのですね。
「マリア様はビルガー家からクラウド様に取り入るように厳命されているそうです。それを破ってオルトラン様に近付いているなら間違いなく秘めた恋ですよ」
「……全く妬ましく思っているようには見えないけど、正妃に成りたいとは思わないわけ?」
「成りたくないとは言えませんけど、成ったらなったで大変だと思います。私なんか「側妃で充分」と言われるのが目に見えていますから」
それに、クラウド様はマリア様に一切興味がないですから、今のところマリア様が正妃になる可能性は皆無に等しいと思いますよ?
「相手が王子様で良かったわねあんたは。どんなに想いを告げられてもあたいとイリーナは結局曖昧な立場にしかならないんだから」
「そうだねぇ」
しんみりしてしまう話題の筈なのにイリーナ様は明るいままです。謎が深まっていますね。
「でも、エリアス様は「俺に付いて来い」と言って下さったのですよね?」
え?
「うん。最近良く傍に居ろって言って来るよぉ。エリアス様はマリア様とも少し距離を置き始めてるしぃ。全部クリスのお陰だよぉ」
「全部と言うのは言い過ぎですが、エリアス様がイリーナ様に想いを告げられた切っ掛けになったなら本当に良かったです」
「嬉し泣きしてたんですよイリーナさん。クリスさんにも見て欲しかったです」
そうですか、イリーナ様が明るい理由はエリアス様と幸せに成れたからですね。
「そんなこと言って、あんたもついさっきまで嬉し泣きしてたじゃないの」
ええ?
「もしかしてヨーゼフ様に?」
「そう。昨夜「一魔法師団員にしかなれない私で良かったら、生涯を共に」って言われたんだって」
「本当ですか!?」
ああ、思わずテンションが上がって身を乗り出してしまいました。頬が緩むのが止められません。
「はい」
私の勢いに少し後退りしたシャーナ様ですが、その小さく丸い顔を赤く染めて頷きました。可愛いです。
「おめでとうございます。お祝いしなくてはいけませんね!ワインを持って来ましょうか?」
「気持ちは解るけれど、ソアラを無視してそれは無理よクリス」
あ!
「ごめんなさい」
嬉しくなってソアラ様のことが頭から消し飛んでいました。反省します。
「それさっきあたしがジョアンナに言った台詞じゃない」
同罪ですねジョアンナ様。
「クリスさん。いえ、皆さんありがとうございます。皆のお陰でヨーゼフ様に想いを告げられたからこうなったんです」
「おめでとうございますシャーナさん」
「おめでとうぉ」
「おめでとうシャーナ」
その日の四人の頭からソアラ様のことが度々抜け落ちたのは仕方のないことでしょう。
2015年11月中は毎日零時と十二時に更新します。




