#125.見限られた主人公
クラウド視点です
リハーサル公演から三日。授業後いつものように院生会室で作業をしていると、任期満了後は殆ど此所には来ないエリアスが訪ねて来た。
「エリアス様。昨夜随分とマリア嬢に冷たくなさったようですね。朝から文句ばかり言われましたよ」
部屋に入って直ぐウィリアムに愚痴られているがな。……珍しくイラついているな。笑顔のまま。
「約束もないのに授業終わりに魔撃科まで突撃してオルトランの寮まで押し寄せる勢いだったと聞いている。きつく言うのも当然だ」
ティアは入学式から随分と警戒していたが、ウィリアムの話ではエリアスから忠告もされたようだしもう然程気を割く必要はないだろうな。
「僕には何を考えているのか理解出来ない方です。養女ですからエリアス様に取り入るのは解りますが、どう考えてもヘイブスよりはベルノッティを優先すべきですし、最初に取り入るべきシルヴィアンナ嬢を無視してる。クラウド様に袖にされたあとの行動がハチャメチャです」
確かにな。しかしルンバートが理路整然と男のように話すとやはり違和感がある。普段は口数が少ないから余計に。
「ウィリアム様を懐柔しようとしてるのは正解だけど、それ以外は確かに滅茶苦茶。姉上のことも避けてるみたい。偶に言い争うみたいだけど」
「ヴァネッサを避けたいのはなんとなく理解出来るが、シルヴィアンナとハンナまで避けているのは確かに不思議だ。最初は平民出身だからかと思ったが、我々に気後れした様子が無いのに女達にはそうということもないだろう」
実はどちらも癖のある女だが、表面上は穏やかに振る舞う。最初から避けているというし、どうにも理解出来ない女だ。
「先月からしか此処にいない私は良く知りませんが、二年の女性の間でも評判は最悪ですね。マリア様は」
「クラスでは疾うに孤立していますよ。少し私に話掛けただけで睨みつけますからねあの女は」
「……マリアはウィリアム王子とは仲が良いような事を言っているが、やはり違うのですか?」
気持ち悪いから中途半端な敬語は止めろエリアス。
「先輩であるエリアス様が学院内で私に敬語を使う必要ありません。
あの女にはそう思わせておいた方が教室が平和なんですよ。袖にされた兄上に対するあの女の態度を見れば分かるでしょう? アイツを制御するには私にその気があると思わせた方が楽なんですよ。一時期サリサ嬢に対して随分ときつく当たっていましたからね」
……強かになったな。これもクリスの影響か?
「ん? サリサ嬢というとルンバート様の噂のお相手ですか?」
「そうです。マリア様は何故か最初からサリサを目の敵にしていました。本人に聞いても特に何かしたわけでは無かったようです。寧ろ平民から上位貴族の養子となったマリア様を気遣っていたのに……」
コイツはまったく隠そうとしないな。ある意味男らしい……。
「侍女見習いの修了生はクラスの女の子に一目置かれる。マリア嬢はそれに嫉妬したのかも」
「いえ、クラスの他の修了生は然程気にしてませんよ」
「やはり理解出来ない行動ばかりしてます。自分の置かれている状況が理解出来ているのかいないのか、それすら良く解らない。
クラウド様やウィリアム様、エリアス様に取り入るのは正解ですけれど、シルヴィアンナ嬢やベルノッティ家の優先順位が低いのは理解出来ません。オルトラン様に傾倒しているならしているで、未だにウィリアム様やエリアス様に取り入っていることの説明が着きませんし……行動に一貫性がない」
確かに謎の行動が多い女だ。
「話を聞く限り中間試験でAクラスに残れるとは思えん。サリサ嬢やお前達二人とは別のクラスになるだろう」
「魔技能値135ですよね? 学力は兎も角魔法技能で残れる可能性が高いんじゃ……」
「ところがあの女、生活魔法しか使えないんですよ。<水弾>や<弾石>一つまともに使えない。クラスでは断トツの最下位です。学力も並み以下なのは間違いないですし、中間試験でAクラスに残るのは難しいでしょう」
中間試験でのクラス変更は総合評価だ。専科の別れていない一年のAクラスに残るには、一種類はまともに普通魔法が使えて学力試験でも上位に入る必要がある。あと二週間しかないのだからマリア嬢がAクラスに残るのは難しい。
「それだけ聞くと数字が間違いのようにも聞こえるなぁ」
「学院の試験の時にも一度測っているし数字に間違いはない。本人の努力の問題だろう? 135あったとしても鍛練無しに魔法が使えるわけではない」
と言っても、鍛練を始めてから初めて普通魔法が使えるまで半年掛かった覚えはない。正直苦労せずに出来たんだがな。
「……本人があまり努力していないのは否定出来んが、五歳の時の魔技能値は一桁しか無かったらしいからな。魔力暴走から考えて二年足らずで普通魔法を使いこなすのは難しいのかもしれん」
「魔技能値80台の私ですら鍛練を始めてから一年あればそこそこ普通魔法が使えましたが?」
ウィリアムはマリア嬢に厳しいな。
「それはなんとも言えんだろう。幼い頃に鍛練を積んだ我々と、14になってから始めたマリア嬢では感覚的に大きな隔たりがある可能性も否定出来ない」
とは言うものの、魔技能値1しかないティアがあれだけ生活魔法を使えるのだ。本人は魔力量のお陰と言っているが、魔技能値が低くとも魔法が使える可能性は充分にあるということだ。
「どちらにせよ、本人の努力が足りないのは授業態度を見ていても明らかです」
……クラスでは随分嫌われているようだな。
「関係ないけど、エリアス様は何をしに来たのですか? 雑談?」
こいつに限ってそれはない。用が無ければ此所には来ない。
とは言え、以前はもっと選民主義的で他人を寄せ付けない空気のあったエリアスだが、この一年で随分態度が柔らかくなったがな。何が切っ掛けかは分からないが、平民や下位貴族の人間とも普通に会話するようになった。マリア嬢の影響ということも考えられるが、去年はそれほど接触は無かった筈だ。だとしたら、何がエリアスを変えた?
「いや、マリアに忠告したことを伝えに来ただけだ。アイツは本当に何をするか分からないからな」
義理とは言え兄は大変だなエリアス。
「具体的には何を?」
「父上はマリアにクラウド様に取り入るよう厳命していた。それを無視して好き勝手やる積もりなら次は弁護しないと伝えた。最悪の場合縁を切られるとな」
「それはそれでビルガー家の都合を押し付けているだけだが、本人の態度を見ているとそれを弁護する気にもならないな」
強引に養子にして、勝手に結婚相手を決めて、相手が興味を示さなかったら切り捨てる。マリア嬢の態度を考えずにビルガーだけ見るとこうなるが、如何せん……。
「どうやら母上には上手く取り入ったようだからな。マリアに同情的なのだ。俺も最初は懐柔されたがクラウド様を見限った辺りからどうにも雲行きが怪しくなった。何度シルヴィアンナとは仲良くしろと言っても聞かんしな」
シルヴィアンナには隠れ信者も多い。表の取り巻きだけを見て動いているとトンでもない目に合う。
「エリアス様以外にも警告する方が居ると思いますけどね。シルヴィアンナ様のことは」
「クラウド様並みに無視してはいけないのがシルヴィアンナ嬢だってことぐらい姉上でも知ってる」
……この学院にはティアぐらいしか居ないだろうな。シルヴィアンナに対等にモノを言えるのは。
「だからこそ仲良くしたくないのかもしれんがな」
それにしてもマリア嬢の行動は理解出来ない。
ビルガー公から私の正妃と成るよう厳命されていたようだから私に近づく為に院生会室に入り浸るのも当然と言えば当然だ。しかし、入り浸った割に私のことはそっちのけでエリアスとオルトランを懐柔しようとしていた。まあそれは、私や他の院生会員が応接室に寄り付かないせいもあるだろうが、どう見ていても、ウィリアムとカイザールには媚びを売り、私とヨーゼフ、レイノルドに対しては……。
エリアスがわざわざそんな嘘を吐くとも思えんから正妃に成れと厳命されていたのは間違いないだろう。だが、私がマリア嬢に興味がないと伝わった途端に彼女も一切私に寄り付かなくなった。そこで諦めて他の院生会員達に摺り寄って行くのは理解出来るが、何故ヨーゼフとレイノルドをそのリストから外した? 二人共三年だからか?
いや、レイノルドには最初から興味を示していなかった。そこから既に異常なのだ。レイノルドは子爵令息だが子供の頃は「神童」と呼ばれたほどの男だ。まあ今はそれほどではないが、有力子爵家の嫡子で優秀な人材なのは間違いない。
しかし、上位貴族令息には全員興味を示しておきながら、レイノルドには一切の興味を示さなかったマリア嬢。……やはり理解出来ん。
「まったく話は変わりますがエリアス様。この間第三棟、オルトラン様の棟からドレスを着た黒髪の女性が出て来たのですが何かご存知ですか?」
ドレス? ……あ!
「腹違いとは言え弟にはちゃんと伝えておいて貰わねば困りますぞ王太子殿下」
皮肉を言うことがあるのだなエリアス。
「悪かったエリアス」
「……兄上?」
ウィリアムはまったく状況を理解出来ていないようだな。居ないから居ないで済ましてしまったから仕方がないが、
「ウィリアム。後で話す」
兄弟でする話ではない。
2015年11月中は毎日零時と十二時に更新します。




