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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第七章 マリアと愛妾達
124/219

#123.共催公演

「何故? 何故レイブスなどに嫁がねばならぬのです」


 普段はおさげにしている髪を結い上げ、淡い桃色のドレスを着て振る舞う可憐なその姿は、誰がどう見ても望まない結婚を強いられる悲劇のお姫様です。


「何故と申されましても、それが陛下のご判断ですから」


 鎧を纏った騎士がお姫様の問いかけに答えます。お城の中で鎧を纏っていることはまずないと思いますが、それは演劇ですから仕方がないでしょう。


「アレイスまでそんなことを言わないで。お父様ではない。シャバナ様よ。

 皆解っているのでしょう? お父様はシャバナ様に骨抜きにされてしまったの。もう以前の優しく頼り甲斐があったお父様とは別人だわ」

「イリナ様……」


 両手を胸の前で組みながら嘆くイリナ姫を慰めようと、その手を伸ばす騎士のアレイス。


「あら? こんなところで会うとは思いませんでしたわイリナ。こんな物陰で騎士と二人で何をやっていたのかしら? 若い男と女が肌が触れる程近くに居る。誰もが密通を想起しますわね」


 アレイスが伸ばしたその手がイリナ姫に届く寸前、舞台に現れた黒い豪奢なドレスを纏った長身の女性。その声によってアレイスは伸ばした手を引き戻します。


「シャバナ様……」

「そう言えば、あの人がアレイスを探していたわ。早く行きなさい」


 イリナ姫とアレイスを引き離そうとする継母のシャバナ。その顔には黒い笑みが浮かんでいます。


「イリナ様をお守りするのが騎士である私の勤め。城内と言えどもお傍を離れるわけにはいきません」

「イリナ。あなたの騎士は反逆の罪で投獄されるのが望みのようね。それとも、あなたの命令なのかしら?」

「そんなこと!」

「なら今すぐアレイスに陛下のところへ向かうよう命令なさい。でなければ、アレイスは断頭台の露と消えると思いなさい」


 シャバナの強引な論調に押されイリナ姫の顔は青くなって行きます。


「イリナ様。幾らシャバナ様でもまったくの無実の私にそんなことは出来ません。シャバナ様の脅しなんぞに――――」

「お黙りなさいアレイス! 誰が、いつ、誰を脅しなどしたのです。あなたのその言葉こそわたくしを貶める為の脅しのようなものではなくて? それこそ反逆罪に問えるわ」

「……失礼致しました」

「イリナ。アレイスに命令なさい。陛下のところに向かうように。でなければ、あなたが罪に問われると思いなさい」


 シャバナとアレイスを見比べるような仕草を見せたイリナ姫は、暫く迷ったのち悔しそうに申し訳なさそう口を開きます。


「アレイス。お父様のところへ行きなさい」


 心配そうにしながら舞台袖へと退いて行くアレイス。それを名残惜しそうに、寂しそうにしながら見送るイリナ姫。


「イリナ。レイブスで騎士を誑し込んだりしたらあなたは全てを失うわ。精々あの豚に可愛がって――――」


 今は学院の生徒向きリハーサル公演の最中です。リハーサルですが全て通しでやりますから大きな問題がない限り本公演と変わりません。

 そして、悲劇のお姫様、イリナ姫を演じているのは当然イリーナ様です。イリナ姫は難しい役ではありません。良くある話の良くいる純粋で優しいお姫様です。ただ、こういうある意味普通の役で観客を惹き付ける演技の出来る女優さんを、「一流」と呼ぶのだと思います。当然、今現在十二分に観客を魅力し話に引き込んでいるイリーナ様もそれに該当している事は語るまでもないでしょう。


 さて、イリナ姫が小国レイブスに嫁いだあとシャバナは国王にこう囁きます。


「レイド王子はレイブスと組んで王位を奪う気かもしれれませんわ」


 レイド王子とは物語の中心の国エルドア王国の第一王子でイリナ姫の実の兄です。シャバナに処刑されそうになり逃亡したレイド王子は市井で暮らし始めた。というのが舞台の冒頭なのです。

 そして、シャバナに唆された国王は、レイブスへの武力侵攻を計画してしまいます。それに反対した騎士アレイスは、準備の最中に抜け出してレイド王子を探しました。

 やっとのことでレイド王子を探し出したアレイスは、王子と共にレイブスに駆け付けました。しかし時既に遅く、レイブス王城は陥落、イリナ姫はシャバナの手の者によって致死相当の傷を負っていたのです。


「ア、レイス」

「イリナ様!」


 アレイスの腕の中で息絶えようとしているイリナ姫が、どうにか口を開きます。イリーナ様の見せ場です。


「ゴッホ、ゴッホ。ずっとずっと、貴方の事が好きでした」

「イリナ様。もう良いです。あなたが苦しむところは見たくない」


 アレイスは必死に首を横に振りますが、イリナ姫は続けます。


「決して結ばれることのない貴方を本気で愛してしまったわたしを許して下さい」


 客席を意識し過ぎですイリーナ様。視線がアレイスの方を向いていませんよ。まあそれが狙いでこの台詞を変えて貰ったのですけどね。色々とご協力感謝しています杏奈さん。


「イリナ様! 私も私も貴女を――――」


 力の入っていないその手でアレイスの頬に触れたイリナ姫。その仕草でアレイスは言葉を遮られました。そしてイリナ姫は最期の言葉を口にします。


「ありがとうアレイス」

「イリナ様! イリナぁー」


 生気を失ったイリナ姫はアレイスの腕の中でその短い生を閉じたのでした。


 イリナ姫の死に憤慨したレイド王子は、エルドア王国の敵対国、ルイーデル王国に支援を求めます。シャバナによる妨害など様々な苦難を経たレイド王子は、到頭シャバナを廃すことに成功し父王を退位へと追い込むのでした。

 その間に、レイド王子が初恋の相手だったルイーデルの王女様と再会したり、アレイスがイリナと似た少女を見初めるなど色恋の話もあるのですが、基本的には童話みたいな簡単な物語でしたね。


 いえ、劇団「湖畔の友」と魔法学院の共催公演の演目は、「銀の王子様」という本物の童話をアレンジした「紅き魔女」という有名な脚本なのです。

 まあ「銀の王子様」にはイリナ姫もアレイスも出て来ないのですけどね。童話「銀の王子様」は、シャバナに追い出されたレイド王子が、ルイーデルに協力を求めて継母を追い出し王子に返り咲くという非常にシンプルな幼児向けの物語です。


 もっと言えば、レイド王子は五百年以上前に実在したセルドアの王子様です。正妃を亡くした父王が側妃に傾倒し、政務を疎かにしたのを見たレイド王子は、ビルガー家の協力を得て当時敵対していたルダーツのお姫様を娶る事に成功したのです。ルギスタンとも敵対していた当時のセルドアには非常に重要な同盟を成立させたその功績。それを重く見た貴族達は、直ぐレイド王子に王位を譲るよう国王に迫ったのです。


 まあ歴史がどこまで正しいかは分かりませんが、レイド国王が「セルドア中興の祖」と称される方なのは事実です。騎士学校を作ったり、魔法学院を身分不問にしたのも彼だそうですね。院生会が出来たのも同時期のようですし、もしかしたら……考えても意味のないことですね。


 歴史の話は兎も角、現実の恋の行方がどうなるのか、上手く行きましたかね?




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 魔法学院。上位貴族男子寮第四棟。その寝室。

 特殊な性癖を持つこの部屋の主の為に、妙な道具が、主に人間を拘束する為の道具が並んでいるその部屋に、黒髪をおさげにした小柄で華奢な少女が入って来た。いつものようにはだけ易い夜着を纏って。


「エリアス様!」


 少女が嬉しそうな声を上げながらソファーに腰掛ける部屋の主に駆け寄る。今日舞台上では見せなかった幸せそうな笑顔を浮かべながらだ。

 もう三年近く寝室を共にしている相手なのに強くなる想いを正直に乗せたその笑顔を見て、部屋の主はその普段の強気な態度とは真逆の申し訳なさそうな顔をその少女に向ける。

 いつもと違う雰囲気に戸惑いながらも少女は主の目の前に立ち。いつものように命令されるのを待った。


「エリアス様?」


 寝室に入ることは許したのに何もしない赤い髪の長身の美丈夫。女性としては屈辱的とも言える時間は数十秒続いた。そして――――


「済まないイリーナ」


 その言葉を聞いた瞬間、少女は床に崩れんばかりの脱力感に襲われた。この五年は何だったのか、王都エルノアでも有名な歴史ある劇団「湖畔の友」のトップ女優の一人として名が売れつつあった自分を見初め、強引に公爵邸まで連れて行き侍女とした目の前のこの男。三つも年下と聞いて初めは驚いたけれど、猛烈なアプローチに気持ちが傾くまで時間は掛からなかった。だから三年前、正式に妻になることは出来ないと分かっているこの男に身を捧げる覚悟をした。

 そして、想いはそれからずっと続いている。いや、戸惑いを覚えるほど強い想いを抱くようになった。


 ――正妻に成りたいなんて言いません。どうか、どうか貴方のお傍に居させて下さい――


 そんな想いを口に出そうとした次の瞬間、


「俺はイリーナに与えられるだけだった。俺はイリーナに何をしたら良い?」


 告げられた予想外の言葉。そしてそれは、理解出来ない言葉だった。


「……美味しい食べ物に、綺麗なドレス、安心して快適に過ごせる家。全部エリアス様がわたしにくれたものですよぉ」


 これ以上何を望めと言うのか? そう言外に告げた少女。


「イリーナの演技は素晴らしい。今日の舞台で一番光っていた。イリーナは劇団に戻りたいとは思わないのか?」

「ありがとうございます。エリアス様に誉めて貰えて嬉しいですぅ。でも劇団復帰は考えてませぇん。誘われましたが断りましたぁ」


 驚き目を見開く男。その反応は当然である。彼はここ数日活き活きと劇場に向かう少女を見ていたのだから。


「……与えられるものはない。復帰も望まない。なら俺はイリーナに何をすれば良い」

「何も要らないですよぉ」


 少女のその言葉に大きく落胆する男。


「愛でて頂けるだけで充分です」


 ハッとして顔を上げた男の目の前には少女の無邪気な笑顔が在った。


「今まで通りいっぱい命令して下さいねぇ」


 男は当然知っている。自分の性癖が特殊だということぐらい。

 全て受け入れられるのが少女ぐらいしか居ないというぐらい理解しているのだ。だからこそ、彼女を大事にしていたのは打算の部分も大きかった。しかし、その大切に思う心は元々あった恋心に上乗せされた。男はいつしか本気で少女を愛するようになっていた。


「……今日の舞台でのあの台詞。俺に対して言ったように見えたのは間違いではないということか?」

「はい。ずっとお傍に置いて下さいねぇエリアス様」


 偽りのない少女のその言葉は今確かに男を捉えた。


「妻になれなくていいなら俺に付いて来るがいい」


 不遜に言い放ったその言葉は想いを告げるモノ。それは、少女にもはっきりと伝わっていた。


「はぁい」





2015年11月中は毎日零時と十二時に更新します。

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