#120.進む攻略と妾達の動静
一ヶ月程時が経ちまして三月中旬です。学院内は院生会選挙期間中で大騒ぎをしていますが、私は別のことで忙しいです。それは他ならぬ、二ヶ月後にせまった劇団「湖畔の友」の二百周年記念公演の調整です。
エリアス様はイリーナ様の役者入りを快諾して下さったので、少し渋ったイリーナ様を妾の集いの面々と一緒にもり立てて引っ張りだすことに成功しました。公演に際してはイリーナ様が最前線で動くことになるでしょう。
それから、劇団運営側との細々した調整を引き受けてくれたのは杏奈さんです。シルヴィアンナ様の演劇好きは有名ですからね。学院に入ってからも許可を得ては劇場に足を運んでいますので、魔法学院との共催ともなればシルヴィアンナ様が動くことを不思議に思う人はいません。まあ本当は私がお願いしたのですけどね。玲君も積極的に動いてくれて助かっています。
そして私が何をやっているかと言うと、今後同じように魔法学院の劇場を使いたいと言い出した劇団があった時の為に、学院規範として条件を定めてしまおうと、諸々の書類作成や根回しに奔走しました。
そうです。もう終わったのです。
一昨日院生会を通った規則案は、昨日教職員会を通ってスムーズに可決成立しました。根回しの甲斐がありましたね。まあ根回しに付き合ってくれたお兄様に感謝です。アンドレアス・ボトフと言えば魔法学院の名をより一層高めた人間として有名ですからね。非常にスムーズにことが進みました。いえ、強引に頼み込んだりしていませんよ。お兄様とお姉様の結婚式の姿を描いた刺繍絵のお返しだそうです。こっちはただの趣味なのですけどね。
そんな感じで一段落した私は今度、度々学院を訪れる劇団の脚本家や演出家との間で演目に関する具体的な調整に入っています。と言っても、脚本が学院の劇場で演じるものとして問題ないかどうか確認するだけですが。
院生会側で表に立ったのは玲君で、契約の細かな調整をしているのが杏奈さん。そして学院の総責任者であるクラウド様の名代となって動いている侍女の私。……本当に不思議な縁ですね。
転生者の三人が「湖畔の友」来訪の為に動いていた一ヶ月の間に、もう一人の転生者の可能性が高いマリア様は院生会室に出入りするようになっていました。
最初は事務仕事をしようとしていたようですが、クラウド様曰く「全く使えない奴」だそうです。本当に忙しい時はクラウド様がエリアス様に命令してガリス様が補助に来るようですが、それ以外の時はマリア様が院生会室に出入りしているようですね。
サリサ様からの情報も合わせてマリア様の現状をお話しすると、マリア様はエリアス様とオルトラン様のお二人とは随分と親しくなられたようで、院生会室の応接間は今マリア様を中心に動いているようです。
なんて言っても、応接間でしていることと言ったらお喋りしたりカードで遊んだり程度ですけれど、ヴァネッサ様が院生会室に寄り付かなくなったと言いますから驚きです。まあヴァネッサ様はある意味クラウド様一筋な方ですから、そもそも院生会室に入り浸る理由はないのですけどね。こんな感じでエリアス様とオルトラン様はマリア様に強く惹かれていると言って良いと思います。
それからカイザール様ですが、「興味はあるけれど惹かれては居ない」という状態のままのようですね。ジョアンナ様との仲も大きな変化は見られないようですから、「自らの婚約者候補として興味を抱いてるに過ぎないだろう」というクラウド様の見解が正しいのかもしれません。
そしてウィリアム様なのですが、クラウド様の見解とサリサ様からの情報が大きく異なるのです。クラウド様は「興味は持っているが好意はないだろう」と仰っていたのですが、サリサ様からの手紙には「教室で仲睦まじくお話していました」と書いてあったのです。真っ向から対立している二人の見解のどちらが正しいのでしょうか?
教室と院生会室でマリア様への態度が違うのでしょうかね? 残念ながら私は劇団の方が忙しく、この一ヶ月院生会室に足を運んでいないのです。直接マリア様と接触するウィリアム様を見れば分かると思うのですが……公演までは何かと忙しそうですし、暫く院生会室には行かないと思います。
状況が全く掴めていないウィリアム様とは真逆で、はっきり状況が掴めているのがルンバート様です。サリサ様が自分に興味を抱いてると私から聞いたルンバート様は、自らサリサ様に声を掛けたそうです。女装という壁を考えたら自ら女性に声を掛け難いルンバート様ですが、相手が興味を抱いてると分かったら躊躇するような方ではありませんからね。急速に近づいた二人はあと少しで正式にお付き合いする段階まで来ているようです。
サリサ様は平民で、ルンバート様は上位貴族令息です。これだけだとと吊り合わないようにも聞こえますが、ルンバート様は五男でサリサ様は魔技能値が68あります。充分結婚を認められる相手でしょう。お幸せに。
因みに、二人が仲良くするようになって直ぐ、ルンバート様には全く接触しなくなっていたマリア様がサリサ様に因縁を付けて来たそうです。その時はウィリアム様がマリア様に声を掛けて事なきを得たそうですが……逃した魚は大きい。でしょうか? マリア様と仲良く成れる気が全くしないですね。
最後の一人、の前にクラウド様ですが……諦めたのだと思います。この一ヶ月でマリア様からクラウド様に声を掛けたのは皆無のようですからね。杏奈さんは「設定と変わり過ぎてて攻略法が分からないから諦めたのでしょうね」と言っていました。
マリア様自身のお話をすると、サリサ様が言うにマリア様は男性に媚びる裏で女性には厳しいそうです。具体的には、ルンバート様やウィリアム様と少し仲良くお話した女の子を、まるで「二人はわたしの物」と言わんばかりな目付きで睨み付けたりするそうです。
最近だとルンバート様に関してはだいぶ妥協が見られるようで、余程ではない限りそんな振る舞いはしないそうですが、ウィリアム様に関しては「女子の接触は一切許さない」といった様相だそうで、クラスの女生徒からは完全に孤立状態にあるようです。最初にかき集めていた取り巻き達も徐々にマリア様から離れつつあるようですし、女生徒全体から孤立してしまうのも時間の問題でしょう。……折角集めた味方を手放してどうするのでしょうかね。
そして七人目の攻略対象者のお話をしましょう。七人目の方はルンバート様と同じようにとある女の子と最近仲良くしています。それは他でもない――――
「潮時が来たようねシャーナ。後生大事に取って置いた処女を散らす前祝いをしなくちゃね」
いえ、ジョアンナ様。まだ頬に触れられたというだけで想いを告げられてもいないのに、流石にそれは気が早いかと。
「初夜なんて期待するほどのモンじゃないよぉ。痛いだけだし」
明け透け過ぎますイリーナ様。というか、痛いだけですか? 二度共確かに痛かったですが、“だけ”というわけでもありませんでしたよ?
「怖がらせてはいけないと思います。ヨーゼフ様ならば優しく導いて頂けますよ」
ソアラ様の言った「なら」の部分がはっきり聞こえてしまったのは気のせいでしょうか?
「分家の庶子では確かに少し遠いですけど、シャーナ様は一応貴族の家の出身なのですから結婚するまで生娘でいるのが常識なのではないでしょうか?」
法律上は直系以外全て平民ですけどね。
「男爵令嬢で毎晩王子様に抱かれてるあんたが言っても全く説得力がないわよ」
いえ、常識の話なので私は関係ないかと。そして絶対口に出来ませんが一応側妃なので結婚するまで生娘でしたよ?
「そうだねぇ。まあどっちにしても、がっちり掴んで離しちゃダメだよシャーナ」
「……はい」
イリーナ様がそれを言うと深刻です。いえ、イリーナ様とエリアス様の間に既に溝が出来ているというわけではなくて、どうやらマリア様がイリーナ様の存在に、厳密には妾の存在に気付き始めたらしく、エリアス様に探りを入れているようですね。エリアス様の気持ちが分からないのでなんとも言えませんが、イリーナ様とは少しだけ距離を取っている節があるようです。……間に合ってくれれば良いのですが。
「兎に角、頑張って下さい。皆応援していますから」
ソアラ様の目は真剣です。ソアラ様とオルトラン様の関係は平行線で、相変わらず「相手をさせられている」状況だそうですが、オルトラン様はマリア様に対してかなり真剣なようですからね。ある意味イリーナ様より深刻かもしれません。ソアラ様も見限りたいのだと思うのですが……。
「私も応援しています。幸せになって下さいシャーナさん」
「勿論わたしも応援してるよぉ」
「あんた以外正妻に成れる女はいないんだから頑張りな」
正妻……他の正妃候補の状況を聞いていると私が正妃に成らなければいけない状況に成って来ている気がするのですよね。クラウド様は私を正妃にする気満々のようですし……。
「はい。皆さんありがとうございます。頑張ります」
はっきり返事をしたシャーナさんの瞳は長く続いた片想いの時間の分だけ一層強く輝いているように見えました。
2015年11月中は毎日零時と十二時に更新します。




