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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第七章 マリアと愛妾達
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#119.最上策

 二月も中旬に成りました。


 エルノア湖畔の港から学院に向かうと正門の左側には門と一体となった立派な造りの受付が在ります。その受付の建物の学院側は検閲場になっていて、学院から持ち出す物を厳重に検査しています。学院には最新の研究資料なんかも有りますからね。その検閲場の隣には面会棟が在って、面会棟の反対側、門から見て右側に在るのが院内商店です。院内商店は平民は勿論上位貴族が使う物まで食料品以外なら大半の物が揃った大きなお店です。


 今はその院内商店に来ているのですが……いつもは午前中に来るので知りませんでしたが、お昼休みでもこんなに混むのですね。何故か女生徒ばかりですけど。


「諦めて後でもう一度来ますか?」


 一緒に来たアンリーヌ様が提案して来ました。


「……そうしましょうか。これだけ人が居ると選べませんからね」


 今日は刺繍用の布や糸を買いに来たのですが、刺繍用品の棚に人が沢山いて選ぶことが出来ないのです。……他の商品の所でも沢山生徒達が彷徨いていますが、ここに固まり過ぎではないでしょうか。刺繍は確かに貴族女性のたしなみの一つですが、学院内にこんなに沢山居るのでしょうか?


 と言うより、棚から商品が消えて無くなる勢いなのですけど……刺繍ブーム到来ですか?


「クリスティアーナ様!」


 少し茫然としながら女生徒達による刺繍用品争奪戦を眺めたあと踵を返して寮へ戻ろうとした時、後ろから私を呼ぶ声がしました。溌剌としたその声の主は、


「お久しぶりですサリサ様」


 サリサ様は去年の夏至休暇の時菊殿に軟禁された私と一緒に刺繍をしていた方です。学院では舞踏会の時など何度かお見掛けしましたが、会話はあの時以来初めてですね。


「お久しぶりですクリスティアーナ様。お元気ですか?」

「はい元気です。サリサ様もお元気そうでなによりです」


 サリサ様の凛々しい表情と溌剌とした雰囲気は去年と同じですか、僅か半年で、いえ、ここ一ヶ月ほどで凄くお綺麗になった気がします。恋でもしましたか?


「売り切れてしまうと思って刺繍糸を買いに来たのですけど遅かったですね。クリスティアーナ様も噂を聞いてここに?」


 刺繍糸が売り切れると思う噂?


「私は確かに刺繍用品を買いに来ましたが、噂とはなんのことですか?」

「え? ご存知ないですか? クラウド様の制服の刺繍」


 え? クラウド様の?


「ああ。もしかしてクリスティアーナ様が縫われたのですか? だとしたら納得です。

 昨夜女子寮で、クラウド様の制服の左胸に王家の紋が刺繍してあると話題になったんです。それが凄く丁寧で綺麗な刺繍だから、絶対女の子からの贈り物だろうって噂が広まって。それで今日はこの有り様です。

 暫く家紋を入れた贈り物が流行ると思うから、刺繍糸の売り切れが続くかもしれませんね」


 完全に私のせいですね。……有名人の旦那様に下手な贈り物は禁止のようです。自業自得ですが、刺繍糸を手に入れる為に一度外出する必要がありそうですね。


「クリス様の刺繍技術は凄いですからね。専門の職人さんが縫った物が粗悪品に見えるぐらいですし、それと比べられたら皆惨めになるだけでしょうに」


 アンリーヌ様。ニヤニヤしながら私を見るのは止めて下さい。バレます。


「ですよねぇ。皆クリスティアーナ様の刺繍を見てないから俄かにやってみようとか思うのですよね」


 アンリーヌ様もサリサ様も私を持ち上げても何も出ませんよ。


「……話しは変わるのですがクリスティアーナ様」


 少し言い難そうな口調のサリサ様です。姿勢を正しましたし、どうやらこちらが本題のようですね。


「ルンバート様とは親しいご関係なのでしょうか?」

「ルンバート様ですか? ルンバート様とは、というか、ベイト家は私のお母様の養家ですから、ルンバート様とは小さい頃良く遊びましたよ。今でもうちは正月にベイト家に滞在しますから、私もそれなりに親戚付き合いをしています」


 この流れだとサリサ様の次の発言はとっても予測し易いです。


「なら、えーと……ルンバート様をご紹介頂けないでしょうか?」


 ですよねぇ。ん?


「ルンバート様とサリサ様は同じクラスではありませんか?」


 魔法学院の一年生のクラスは入試の総合成績で別けられますから、魔才値の高いルンバート様とウィリアム様、サリサ様そしてマリア様は同じA組です。因みにマリア様の筆記試験の結果は三百人以上居る受験者全体で下から四番目という酷い有り様でしたが、魔技能値が135もありますからね。


「ええ、まあ…そうなのですけれど、やっぱり上位貴族の方にこちらから声を掛けるのは……」


 学院に身分は適応されないのは知っているでしょうけど、アンリーヌ様がそうだったように上位貴族を意識しないのは流石に難しいようですね。


「ご紹介するのは構いませんが、そのあとはご自分で努力するしかありませんよ?」

「はい勿論です。お願いします」


 切っ掛けが欲しいだけなのかもしれませんね。


「分かりました。今度ルンバート様にお尋ねしてみます。あ! もしかしたらルンバート様の方からサリサ様に声を掛けるかもしれません」

「え?」


 そんなに驚くことですか?


「ルンバート様はクラスメイトの顔ぐらい憶えておいででしょうから、サリサ様に興味があれば私が話を持って行った時点でそういうこともあり得ますよ?」


 想像していなかった。そんな顔をして驚いているサリサ様です。


「マリア様に何を言われるか……ああでも紹介して貰っても一緒かな?」


 マリア様? ……ボソボソ呟くサリサ様が何を言っているのかは聞き取れませんが、マリア様、と最初言ったのだけは分かりました。


「そう言えば、サリサ様はマリア様とも同じクラスですよね?」

「え? あ、はい」

「マリア様のこと今度詳しく教えて欲しいのです」


 人伝の情報より生の情報の方が遥かに信頼度が高いですからね。


「マリア様ですか?」

「はい。あの方も正妃候補なのは知っていますよね? 後宮官僚としてあの方がどういう方なのか興味があるのです」


 ちょっと強引ですが嘘ではありません。下手をすれば一年後には上司になる可能性がある方がどういう方なのか興味が湧くのは決して不自然なことではないですからね。


「分かりました。代わりと言うのもおかしいですが――――」

「分かっています。ルンバート様ですね。早ければ今日中に連絡が取れると思います。その後の連絡は手紙で」

「はい。ありがとうございます」

「こちらこそ。ありがとうございます。これからもっと仲良くしましょう」


 思わぬ形で思わぬ協力者を得られそうですね。






「「湖畔の友」がですか?」

「ああ。どう思う」


 この状況では珍しく普通の話題を振って来た旦那様です。


 え? どういう状況?


 ……夜。私が何度か意識を飛ばしたあと、私が旦那様の腕の中に居る状況です。いつもならデレデレに甘やかされるか、敢えて私が言わされたりするタイミングですが、今日は普段の口調で普通の話を振って来ました。


「良いと思います。「湖畔の友」は格式ある劇団の一つですし、警備を厳重にすれば問題ないかと。それに、学院の劇場以上の舞台なんてエルノアには在りませんからそこで二百周年の記念公演をやりたいというのは極自然な発想です。他意があるとも思えません」


 そもそも、あれだけ立派な劇場で行われる公演が「魔劇祭」だけなんて勿体ないです。


「確かに他意はないだろうな。だが警備を厳重にするというのも大変だな」

「「湖畔の友」の公演なら貴族がいっぱい来るわけですし、劇場提供金を上乗せしても客は集まると思います。場合によっては魔法学院との共催にしてこちらにも利益が出るようにすれば警備を増やすことも出来ると思います。その代わり色々協力する必要があると思いますけど」


 エルノアに古くから在る劇団「湖畔の友」は、庶民向けの公演も行うこともあるのですが、彼らが普段使っている劇場の収容人数は最大六百です。対して魔法学院の劇場には三千人が収容出来ます。「湖畔の友」と学院の取り分が仮に2:1になったとしても普段の三倍以上の収益を上げられるのです。ま、満員御礼になればの話ですけどね。


「共催か。そうだな色々条件を詰める必要がありそうだが提案するだけしてみるか」

「はい。なんだか楽しみです」


 え?


「私は今ティアと楽しみたい」


 突然唇が塞がれたあと、怒涛の攻めが始まってしまいました。……自分で話題にして来たのに。


「だん、な、さま?」

「何だ?」


 あっという間に息も絶え絶えの私がなんとか呼び掛けると直ぐに応答があり、旦那様は私を攻める手を止めました。……一年経って慣れると思いきや逆に感覚が鋭く成っている気がします。


「私もう一つ提案したいのですけど」

「ん? さっきの話か?」

「こちら側から役者を一人出せませんか?」

「役者? 幾ら魔劇祭で舞台の経験が有っても向こうは玄人だ。院生では通用しないだろう」


 はい。間違いなく通用しないと思います。通用するとしたら――――


「エリアス様に頼んで、イリーナ様を役者として入れて貰えないでしょうか?」

「……ティア。少し妾達に肩入れし過ぎではないか?」

「旦那様に愛して頂いてる上に側妃の地位が約束されている私と違って、イリーナ様達はマリア様の存在が凄く不安なのです。何か出来るならしたいと思ってしまいます」


 ちょっと困った顔をしたクラウド様ですが、やがて、


「ティアらしいな」


 優しい笑顔を見せてくれました。


「ありがとうございます」

「礼はいいから、私に集中してくれティア」

「私には旦那様以外の男性なんて目に入りません」


 本当に、クラウド様が居ない生活なんて考えられなくなってしまいました。


「私が言って欲しい言葉がそんな言葉ではないことぐらい分かっているだろう?」


 今日は意地悪モードだったようです。さっきの話題振りもその一環だったのかもしれません。


「旦那様が欲しいです。旦那様を下さい」


 何度言わされても顔が、いえ、全身が真っ赤になる台詞です。言うまで意地悪し続けられるので言うしかないのですけど、落ち込まないから嘘ではないのがなんともまあ……。






 その一週間後、劇団「湖畔の友」の二百周年公演が魔法学院との共同開催されることが決まりました。







2015年11月中は毎日零時と十二時に更新します。

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