#11.初めての夏至休暇
侍女見習いには夏至の前後二週間休業期間があります。四週間の夏休みですね。亜熱帯ですので夏という言い方は微妙ですけどね。
夏至は上位貴族でも領地で過ごす習慣がありますので、大半の侍女見習いが地方にある本邸まで帰ります。一年生だとそのまま後宮に戻らなかったりすることがあるそうですね。
それは兎も角、夏至は祭りで忙しい時期です。子爵家以上の貴族令嬢ならば迎えが来てくれるので問題はないのですが、男爵家と士爵家、貴族の遠戚の家などでは王都まで迎えを出す余裕が無いことが多いのです。下手をすれば一週間掛かる道のりを令嬢一人で帰すわけには行きません。当然そういった状況を把握している後宮は、地方のある程度大きい都市まで馬車を出してくれます。王国騎士の護衛付きで。
いいえ、流石に後宮もそこまでお金を掛けてはくれません。地方都市には王国騎士の詰所があります。夏至は人事異動の時期でもありますからその序でということですね。全ての都市で人事異動がある訳ではありませんが、その辺は王国騎士団の方が融通を利かせているようです。男爵家令嬢と国王騎士なら家格はつり合いますので、時たまロマンスも有るようですよ。
ただ、その馬車には同時に休暇に入る騎士学校の方も同乗します。そちらの方がロマンスが多いようですね。しかし騎士学校の生徒は飽くまで学生です。出世するとは限りません。お付き合いとなると国王騎士の方が確実ですね。いえ、出世する男性を選ぶべきという話ではなくて、騎士学校は身分を問わない学校です。貴族令嬢には障害があるかもしれないという話です。
単騎駆けなら一昼夜で来られるの道のりを王国騎士団の馬車で四日ちょっと掛けてゴルゼア要塞の手前の町まで来た私。今馬車に同乗しているのは、今度要塞勤務になった国王騎士さん2人と、お兄様だけです。
「やっと解放された」
思わず、と言った呟きを放ったお兄様。お兄様はつい先程まで同乗していた侍女見習い三年生の令嬢に引っ付かれていたのです。ご苦労様です。
「顔が良いのも大変ですねお兄様。クラウド様みたいに無愛想にしていたら女の子も寄って来ないですよ?」
いえ、これはきっと嘘です。クラウド様は無愛想ですが、紳士は紳士ですし何よりイケメンです。女の子は寄って行くと思います。まあ子供同士の交流会はまだ見た事がないので実際のところはよく知りません。子供だとウィリアム様辺りに寄って行ってしまうのでしょうかね?
「顔もそうだがボトフ家が騎士として優秀なのは俺達の間では常識だからな。それを知っていたんだろ?」
壮年の国王騎士さんが話に混ざり、うんざりしているお兄様を宥めています。
「知っていたとしても限度があります。妹が居る前でしなだれてくるなんて非常識でしょう」
「まあ、ボトフに産まれた者として諦めろ。妹の方は然程気にしていないようだしな」
はい。お兄様が目の前で女性とイチャイチャしていても気にしませんよ。寧ろ美形のお兄様と美人さんが並ぶのは目の保養です。ただあの方は今一つですね。内面も。
後宮に入ってから分かったことですが、お母様もお父様もかなりの有名人です。知り合いだと言う方に何人もお会いしました。勿論お母様の侍女見習い時代とお父様の近衛騎士時代の知り合いが中心ですが、それ以外、どう繋がりがあるのか分からない壮齢や老齢の方々が私にワザワザ挨拶したりします。その都度驚かされるのですが、大抵は侍女のお仕事中なので詳しい話を聞く事が出来ないのです。
この休みの間に二人に一度訊いて置いた方がいいですね。
「ん? あれはルダーツの馬車だな」
もう1人の騎士さんが馬車の小さな窓から外を眺めたまま呟きました。
「ああ、もう見えないよ」
私が身を乗り出したのを見て騎士さんが制止しました。外国の馬車なんて殆ど見たことがないので見られなくて残念です。それにしても、ルダーツですか?
「こんな忙しい時期にルダーツからって王太子妃に何か用でもあるのか?」
「俺が分かるわけがないでしょう。ただあれはルダーツ王家の紋だと思う」
「別にお前に聞いたわけじゃない。ってか、王家ってまたいい加減なことを言うな」
「思うって言ってるじゃないですか」
ルダーツ王家の紋なら勉強したばかりだから判ります。どうせなら本物を見てみたかったですね。
「あれがルダーツ王家の馬車というのは不自然ではないでしょうか? 妃殿下に小用ならば手紙を書けば良いだけですし、政治的問題が起きたとしても小さいモノならばエルノアの駐在文官が解決する筈です」
2人の会話にお兄様が割り込みました。
「馬車で人を寄越すような大きな問題が起きたってことか? だとしてもそれは不自然でもなんでもないぞ」
「いえ。不自然なのは馬車ではなく、馬車の周りです。護衛が一騎もいなかった」
お兄様カッコイイです! 名探偵みたいですね!
お兄様は、お父様もですが、剣と魔法は国で一番と言って良いぐらい優れた才能の持ち主だそうです。加えて学校の成績も相当良い方で、今みたいに頭の回転も早いのですが、書類仕事は苦手だそうです。なんでですかね?
「護衛……確かに居なかったがそれがどうしたんだ?」
「お前は少し頭を働かせろ。護衛がいないってことは馬車に乗ってるのは大した要人じゃないってことだろ? でも小さな問題が起きただけならルダーツ王家が人を寄越すのは不自然。だとしたら、馬車に乗っているのはいったい誰でその目的は何なのか? そういうことだろ?」
「はい。そうは言っても私達に出来ることは報告以外ありませんが」
もし本当にルダーツ王家の馬車だったら王国騎士といえどもなにも出来ないですしね。下手をしたら国際問題ですから慎重に行動しなくてはなりません。お兄様の言う通り、大して出来ることないです。
「そうだな。コイツの見間違いってこともあるし。本当にルダーツ王家の馬車なら追い掛けるのもちょっとな」
……何事も無ければよいのですが。
侍女見習い一年目の夏至休暇は家族と、特に妹のリリアーナと一緒にマッタリ過ごしました。移動に往復二週間掛かるので実質休みは二週間だけですけどね。
リリはお母様の目論見通り脱シスコンが進んでいるようで、半年前より多少私に甘えないようになりました。まあ私が少し甘え気味だった為か実感としては少しですが。
ただ魔法に興味が出て来たようで私が小さい頃――今でも小さいですけど――読んでいた魔導書が彼女の部屋に在りました。興味のある分野を見付けてくれたのは姉として嬉しい限りです。
家族と過ごす以外は、近くの町の夏至祭りに参加したり村のお友達とお喋りしたりしていましたが、特筆してなにもありませんでした。王都土産にレースのハンカチを配ったのには驚かれましたけど。
王都エルノアとゴバナ村では物価がまったく違うので、王都で生活出来る給料を貰っている侍女見習いはゴバナ村では高給取りなのです。だから無理もしていませんし見栄も張っていません。
と、説明したのですが、同世代の村の一部の女の子には通じなかったようです。まあ一部ですけどね。正直あまり仲が良くなかった一部、というか1人です。
ああ、あのタイプの女の子とは前世でも上手くいかなかった記憶があります。俗に言うブリッ子です。自分が相手に評価されようと振る舞うのは理解出来るのですが、何故ワザワザ他人を貶めようとするのでしょうか? 自分が“皆の”一番でないと気が済まないのでしょうかね? その感覚が理解出来ないです。
……止めましょう。相手の良い所を見る努力をすれば好きには成れなくても嫌いにはなりませんからね。ポジティブシンキングは重要です。
お兄様はお兄様で、お父様から騎士学校の“癖”を逆矯正する指導を受けていました。お父様曰く「型は極めれば強いが極められなければ弱点にしかならない」そうです。半分以上意味が解りません。ボトフ家流のようですね。
それから、お父様お母様有名人疑惑について訊いてみたのですが、
「わたくしは伯爵家の養子だったのよ?」
「私は近衛騎士だったのだよ?」
と、2人に揃って誤魔化されました。私に声を掛けたの侯爵様とかその夫人とかですよ? それがワザワザ……。
こんな感じでほのぼのと和やかにゴバナ村で過ごした二週間はあっという間に過ぎ去って、今はゴルゼア要塞に来ています。他ならぬ、王国騎士団の王都行きの馬車に乗る為です。そこで何故か、
「クラウド様?」
キラキラ王子様にお会いしました。
次回 2015/09/16 12時更新予定です。