#117.揺らぐ愛妾
玲君と杏奈さんとは手紙でやり取りをしながらマリア・ビルガー様の動きを観察していると、彼女がゲームの知識を持っていることは程なくして確信が持てました。
理由は幾つか有りますが、一番はゲームの攻略対象の男性ばかりに執着しているからです。
確かに彼らは皆上位貴族令息で軒並み群を抜くイケメンばかりですが、レイノルド様始め、ビルガー公爵家としても無視出来ない子爵令息は少なくありません。なのにクラウド様達には媚びを売りそれ以外の男性には一切興味を示さないのは、ゲームの知識を持っているからに違いありません。いえ、今は学院に居ませんが、マリア様が興味を持っている男性が、男爵令息が一人居ましたね。
マリア様がエリアス様にその居場所を尋ねたという男爵令息。それは――――お兄様です。マリア様がお兄様に興味を持った理由は、お兄様が攻略対象だからに他なりません。というよりは、三ヶ月に一度二週間しか学院に居ない、年明けからは一度も学院に来ていないお兄様に興味を持っているということが、マリア様がゲームの知識を持っている一番の根拠と言えるでしょう。
そして、シルヴィアンナ様とヴァネッサ様、ハンナ様の上位貴族令嬢三人に対する警戒心が異様に強いのもその根拠です。シルヴィアンナ様とハンナ様のお茶の誘いを断わったり、挨拶が必要な時は必ず取り巻きと一緒だったりするそうですね。一人でお茶に行ったところで、養子とは言え公爵令嬢には何が出来るわけでもありません。対して上位貴族令息には平気で声を掛けるのですから、どう考えても異常です。
ビルガー公爵家から怒られたりしないのでしょうかね? ハンナ様は兎も角シルヴィアンナ様とヴァネッサ様は派閥の長の実の娘ですよ?
少し話が逸れましたが、上記の通りマリア様にゲームの知識があるのは間違いありません。
そんな結論を出ている今日は、二月一日。授業開始から三週間が経ったわけですが、やはりゲームの知識というのは有効なようで、エリアス様とオルトラン様が惹かれ始めているようです。それから、カイザール様とウィリアム様は少し興味を持っていて、ヨーゼフ様とルンバート様は美貌は認めるけれど女性として興味はない。こんな感じです。
え? クラウド様?
クラウド様は……一切興味を示していません。寝室でその話題を振ると「あんな尻軽女どうでも良い。ヴァネッサ以上に正妃には相応しくない」とバッサリ切り捨てていました。クラウド様は身持ちの悪い女性が嫌いなようですね。いえ、攻略対象者の誰もそこまでは至っていないと思いますけど、複数の男性に媚びを売っているのは間違いないですからね。
そんな振る舞いをする方が正妃に相応しいとは私も思いませんが、杏奈さんと玲君には今度こそ結ばれて欲しいですし、ヴァネッサ様というのも……私が正妃という選択肢が一番に思えてしまっている今日この頃です。
という塩梅ですので、変な方向で心配をしていますが最低限側妃の地位は確保されたままなわけです。まあ、クラウド様が私を捨てるとは思えないので最初からそんな心配はしていないのですが、妾の集いの方々は当然そうは行きません。
オルトラン様は今更な気がするのでソアラ様にそれほど変化はありませんが――――
「夜一緒に居られるだけじゃダメに決まっているじゃない。そのうち飽きられて捨てられるわ。あんまり言いたくないけど結局そんなモンなのよ妾なんて。お貴族様のお屋敷で暮らせるなんて夢物語。別宅を用意して貰えれば万々歳だわ」
ジョアンナ様はちょっと自棄になっていますね。カイザール様はそこまでマリア様に傾いていないと思いますから、エリアス様の心変わりにお怒りのようです。とは言うものの、夜はまだイリーナ様と共にしているようなのでイリーナ様に飽きたというわけでもないようですね。
「ジョアンナさんやイリーナさんみたいに相手の要求に応えられる人なら、傍に置いて貰えるんじゃ」
なんとかして落ち込んでいるイリーナ様を励まそうとしているのはシャーナ様です。
シャーナ様は最近ヨーゼフ様と良い感じだそうです。具体的には進展していないようですが、ヨーゼフ様にも想いが育ちつつあるようですね。
「シャーナさんその言い方では……」
ソアラ様も居ますから。
「あ! 御免なさい」
「オルトラン様は特殊な嗜好の持ち主ではないので仕方がありません。オルトラン様の我が儘を止められる方はいませんし」
いえ、ソアラ様。オルトラン様も充分変わった性癖の持ち主だと思いますよ。だって男性なのに何もしないという話ではないですか。それがソアラ様とカマラ様相手の時だけなのか、誰に対してもそうなのかは知りませんが……。
「お聞きし辛いですが、マリア様と関わり始めてもオルトラン様は今までとあまりお変わりないのではありませんか?」
「そうですね。私に対する扱いに大きな差はありません。ただ、マリア様に惹かれていらっしゃるのは間違いないと思います」
正直私にはマリア様がそこまで魅力的な女性だとは思えません。一ヶ月足らずで惹かれているというオルトラン様とエリアス様の感覚が理解出来ないのです。まあ、私は直接お話しているわけではありませんから、話を聞いているだけですけど……。
「エリアス様も間違いなくマリア様に惹かれてるよぉ。毎日晩餐まで一緒にしてるし。はぁ。どうしよう」
「暗すぎるわよイリーナ。どうするも何もこっち受け身。どうしようもないでしょう?」
受け身……本当に出来ることがないのでしょうか?
「でもエリアス様のお相手だってそう簡単には勤まらないのではないですか?」
話を聞く限り、確かにエリアス様の相手は並みの体力の方では持たないでしょう。ただそういうやり方ではダメだと思うのです。なんかこう、心に響くことは出来ないでしょうか?
「それはダメよ。最悪女が複数居れば解決してしまうもの。それでイリーナがエリアス様を繋ぎ止めるのは難しいわ」
「そういう意味ではジョアンナは良いよねぇ」
「あたいの話は良いの。今はイリーナが問題なんでしょうが」
イリーナさんのことでジョアンナさんが本気で悩み憤りを覚えているのは何も自分に降り掛かる可能性の話だからではないでしょう。此所に居る四人はお互いにお互いを支え合おうと努力しているのです。皆同じ悩みを抱える女性として。
「飽くまで受け身なのは間違いないですけど、受け身にも取り方があると思います。私達は元々上位貴族を相手にしているわけですから、現状でも充分凄いことなのではないでしょうか?」
それはただの諦めですよソアラ様。慰めている積もりだと思いますが、慰めになっていません。やっぱり受け身でいちゃいけないと思います。
皆はそのまま暫く考え込むように沈黙してしまいました。そして、
「やっぱり。義理とは言え兄と妹っていうのは燃え上がるのかなぁ。越えてはならない一線。越えられない壁があるとそれを乗り越えると二人の気持ちはより強くなって結ばれる。
神様。何故わたくし達を引き剥がすのです。何故私達を兄と妹として作りたもうたのです。結ばれぬ二人なら、出逢わぬ方がどんなに良いか。ああ、エリアス様。今宵もわたくしは枕を濡らして眠るですね」
何故か舞台のように声を張り、小さな身体を大きく見せる身振りで話したイリーナ様です。
「イリーナ。舞台女優時代が忘れられないのは解るけど。いきなり声を張んないでくれない? 耳が痛いわ」
ん? そう言えば……イリーナ様が「湖畔の友」という劇団で女優をやっていたのは私も知っていましたが、考えてみたら――――
「でも、イリーナさんの身体はこんなに小さいのに、あんなに大きな声が出せるのですね。びっくりしました」
「舞台で重要なのは大きな声じゃなくて通る声だよぉ。魔法で拡声するとどうしても声の質が変わってしまうから、劇場の一番遠い席まで響く声が大事なのぉ」
私も前世で散々練習しましたね。なんて、高性能のマイクを使えば意味はないのですけど。あ、それより、
「イリーナさんとエリアス様はどこで出逢ったのですか?」
二人の馴れ初めを知りませんでした。ソアラ様もカマラ様もシャーナ様も侍女ですし、ジョアンナ様は例の“手解き”をする為ベルノッティ家に招かれた講師です。しかし、イリーナ様だけは……二人の接点が見えないのです。
「観劇に来たエリアス様に見初められただけだよぉ。その場で連れて帰られそうになって流石に断わったけど、後日もう一回迎えが来て私が折れた」
え?
「エリアス様に観劇の趣味があったのですか?」
物凄く意外です。ビルガー家は積極外征を唱っている、云わば武断派の家ですから、文化的なことには興味がないと思っていました。
「無いよぉ。あの時は縁談が浮上していたシルヴィアンナ様が一緒の観劇会だったんだよ。12歳でも超美人だったなぁ」
ああ、そういうことなら納得です。観劇会は社交の一種ですからね。というか、杏奈さんには色々な方と縁談が浮上しているのですね。
ん?
クラウド様とシルヴィアンナ様の婚約が成立していたら、エリアス様とイリーナ様の出逢いも無かったのでは? カイザール様が変化があったのもシルヴィアンナ様の影響で、手解きもその余波だと言う話ですし……この方達はゲームに出て来ないのでしょうか?
2015年11月中は毎日零時と十二時に更新します。




