#116.動き出した主人公
「クリス。院生会室に行くの? ご苦労様」
リーレイヌ様と一緒に院生会室まで行く途中、本校舎内で美少女が私に声を掛けて来ました。相変わらず美人ですねこの方は。
「はい。お元気そうでなによりですルンバート様。四月からは毎日のように行くことになられるでしょうから、一度顔をお出しになった方が良いのでは?」
「あとで毎日行く場所に今行く必要があるの?」
小首を傾げる仕草も完璧な少女です。流石に体格は多少良いですけれど、背丈は私と変わりませんし着ているのはセーラー服です。紫の綺麗なストレート髪を背中まで伸ばしていますし、これで少しでも胸があったら少しガッチリした体格の正統派美少女です。女生徒から羨望の眼差しを向けられるこの方を見た目だけで男性だと見抜ける人はまず居ないでしょう。
「挨拶しに行くぐらいはするモノだと思いますよ? 去年もカイザール様は挨拶に来たようですし」
オルトラン様は来なかったみたいですけどね。ヘイブスらしいと言えばヘイブスらしいですが……貴族として挨拶回りなんかは常識なのですが、オルトラン様の周りにそういう事を言う人は居ないのでしょうかね? ソアラ様は微妙ですが、カマラ様ならそう言うことを言ってくれる気がしますけど……。
「そう。なら近いうちに顔を出すよ。クラウド様に伝えといて」
「はい。それにしても良く決断しましたね。普段から女性の服を着るなんて」
私は家の中で認めて貰えるよう働きかけただけですから、これは意外でした。
「自分が気に入らない服を着るなんて気分が悪いだけだからね。クリスが家族との間を取り持ってくれたからヤル気になったんだ。自分でどうにかしなくちゃいけないことをクリスがやってくれた。感謝している」
「大したことはしていませんよ。伯爵もグレイ様達もあのままではダメだと分かっていたから認めてくれたのです。私は切っ掛けを作ったに過ぎません」
本当に大したことはしていないのです。「私は良いと思う」と公言しただけで。
「何度言ってもそれしか言わないねクリスは。まあ良いけど。忙しいんでしょ? あんまり引き止めるのも悪いから僕はこれで失礼するよ」
「お気遣いありがとうございますルンバート様」
「それではお暇させて頂きますわクリスティアーナ様」
男性としてはかなり高い声と優雅な淑女の仕草で別れを告げ、淑やかな身のこなしで去って行ったルンバート様です。……誰がどう見ても女性ですね。
「ベイト家の五男は確かに美人だって有名だったけれど、あそこまで美人だとは思わなかったわ」
院生会室に向けて歩き始めて直ぐ黙っていたリーレイヌ様が感想を漏らしました。誰だってそう思いますよね。
「昔は服装だけで女性的な身振りまではしていなかったのでが、外でも女性の服を着るようになってからは意識してやるようになったようですね。最近増々研きが掛かっていますからこれからもっと綺麗になるかもしれません」
「貴女のお陰だと言っていたわね」
「大した事はしていません。家族の間で認めて貰えるように訴えただけです」
結局は本人が努力したから今があるのだと思いますよ?
「細やかな言葉でもそれが相手の人生を変えるぐらい影響を与えることはあるわ。ましてや貴女みたいに真っ直ぐに話しをする人の言葉は心に響く。後ろを向いた気持ちがそれだけで前を向く事もあるわ」
リーレイヌ様も私を買い被っている節のある方ですが、これは極端です。
「デイラード教の聖女みたいな話を私に当て嵌めないで下さい」
神話を現実みたいに言わないで欲しいです。
「私がそうなった一人だから言っているのよ」
私がリーレイヌ様に? ……何か言いましたか?
「牢獄棟での会話なんて貴女は憶えていないでしょうけどね」
牢獄棟? あの時は、メリザント様に命令されたどうのこうのの話はしましたが……それがどんな影響を?
そのまま院生会室に向かった私とリーレイヌ様。手前の応接間では見慣れた面々、エリアス様とヴァネッサ様、オルトラン様とそのパートナーのマーガレット様の四人が寛いで居たわけですが、
「ウィリアム様?」
執務室にウィリアム様がいらっしゃいました。思わず声に出してしまった私を睨んだウィリアム様は、手前の大きなテーブルでなにやら事務作業をしていたようです。
昔からですが、ウィリアム様とは妙な距離感がありますからね。いえ、挨拶はしても普通にお喋りするような場面が数える程しかありませんから距離感も何もないのですが、知り合ってから結構な時間が経っているのに決して仲が良いと言えないのです。私は侍女なのですから当たり前ですけど。
「私が此所にいることがおかしいですか? クリスティアーナ嬢」
ウィリアム様に対して失言することが妙に多い私は、そういう人間だと思われている節があります。
「いいえ。どなたの補助として来られたのか不思議だっただけです」
「……どなたの補助? 敢えて言うならば兄上の補助だな。というよりは、挨拶に来たら仕事をするよう言われただけだ」
猫の手も借りたいみたいな状況ではない筈ですが……。
「自分で手伝うと言い出したくせして、さも私が押し付けたように言うな」
扉の近くの私達からクラウド様の席までは結構離れているのに聞いていたのですね。
「……社交辞令で手伝うことが有るかと聞いただけです」
「なら今すぐ寮に帰るか?」
挑発するようそのクラウド様の問い掛けに対するウィリアム様の応えは、沈黙と事務作業の再開でした。……クラウド様とウィリアム様は決して仲が良いわけではないのに、一応信頼関係が築かれているようですね。後宮の片隅で言い争っていたあの頃なら考えられない状況ですが、不思議な関係に成りましたね。
杏奈さんはゲームでクラウド様とウィリアム様が太子を争うことがあると言っていましたけど、今のウィリアム様にそう言った野心は見えません。恐らくこの先も争うことはないでしょう。
私が奥まで来ると、クラウド様とヨーゼフ様が小さめの声で会話をしていました。
「そんな挑発するような言い方をして良いのかいクラウド様。僕も弟だから分かるけれど、兄には反発したくなるモノだよ?」
「捻くれているあいつにはこういう言い方が効果的なだけだ。事実作業に集中し始めた」
……案外計算ずくなのですね。
「しかしクラウド様。どうもエリアス様は、私ではなくマリア様を連れて来たいようですからウィリアム様の助けは今後更に必要になるかと」
話に割り込んだのはエリアス様の補助として来ているガリス・マーダソン子爵令息様です。マーダソン子爵家はビルガー公爵を筆頭とする積極外征派に属する歴史ある家ですね。貴族は家の繋がりが学院の人間関係に大いに影響しているのです。
「女でも仕事をしてくれるなら構わないが……」
「期待出来ないでしょう。晩餐をエリアス様と共にする為ワザワザ男子寮まで毎日通っているようですから……」
「義理とは言え兄妹だから晩餐を共にするのは理解出来るけど、血が繋がっていないとなると勘繰ってしまうなぁ。いや、血が繋がっていてもそういう関係ってあるかもしれないね」
……貴方がそれを言うと本当に犯罪の匂いがしてしまうので止めて下さいヨーゼフ様。
「マリアにはオルトランも興味を持ってた」
良くご存知ですねカイザール様。
「マリアとはビルガーの養子のことでしょうか?」
話に割り込んだのはウィリアム様です。いつの間にこちらへ?
「そうだけど、ウィリアム様も声を掛けられたの?」
「も? マリア嬢はカイザール様にも声を掛けているのでしょうか?」
「うん。オルトランにもだいぶ積極的みたいだよ」
オルトラン様に積極的に声を掛ける理由が有るのでしょうか? マリア様程の容姿ならオルトラン様の方から……あ! マリア様は公爵令嬢でしたね。オルトラン様は問題に成るような相手には自分から声を掛けない人でした。
「僕にも声を掛けて来たよ。かなり積極的に。ミラの話を向こうから振って来たね。まあシルヴィアンナみたいに脅したりしないから良いけれど、ミラとは距離を取った方が良いなんて言ってた。これ以上距離を取ったら僕は死んでしまうよ」
……授業開始からたったの二週間で何人の男性に声を掛けているのでしょう?
「レイノルド様は?」
質問したのはウィリアム様です。マリア様に興味津々ですか?
「私ですか? 私には何も。上位貴族にしか興味はないのでは?」
玲君。驚いたのは解りますけど、演技が下手に成りましたね。
「ルアン子爵家は近年ヘイブスを上回るぐらいの影響力がある家だ。主家のエリントンに勢いがある今なら尚更お前にも声を掛けそうなものだがな」
……攻略キャラではないからだと思いますよ?
「そう言われましても……」
マリア様の攻略が始まっているのは間違いなさそうですね。
2015年11月中は毎日零時と十二時に更新します。




