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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第六章 ゲームの開始
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#113.三つの派閥と三人の正妃候補

 只今新入生歓迎舞踏会の最中です。毎度の如く椅子に腰掛けたクラウド様の後ろに控えている私ですが、今日舞踏会は去年と雰囲気が異なります。

 いえ、院生会会長のエリアス様の挨拶が終わった直後、上級生の男子生徒が目を付けた新入生の女子生徒に殺到したのは去年と同じですよ。ただ――――


「ずっとこうなら楽なのだがな」

「普段ならシルヴィアンナ様と最初に踊ったあとどちらかと踊ることになるでしょうから、静かに舞踏会を過ごせるのは暫くの間だけかと」


 結局、二日連続のお茶会、しかも二日目にはクラウド様の使っている第一棟でお茶会が行われたという話が広まってしまったのです。当然のようにシルヴィアンナ様正妃説が再燃してしまいましたから、そのほとぼりが冷めるまでシルヴィアンナ様とは踊らないことになるでしょう。


「どうせなら暫くではなくずっとシルヴィアンナに自重して貰うか」

「そんなことをしたらシルヴィアンナ様が正妃候補から下ろされたと思われてもっと大変なことになることぐらい分かっていますよね?」

「だろうな」


 魔法学院では生徒間の社交を深める為の催しが多いですからね。そこでシルヴィアンナ様を蔑ろにするようなことをすれば、それは直ぐに学院外に影響するでしょう。


「それにしても、こんなことになるとは想像していませんでした」

「マリアは飛び抜けた魔才値を持っているが平民出身の養子。ヴァネッサは生粋の侯爵令嬢だが魔才値ではマリアに遠く及ばない。二人は正妃候補として拮抗した立場にある。こうなるのも無理はない」


 いえ、論理的には確かにそうなりますが、


「まさかお互いに取り巻きを含めた睨み合いみたいになるなんて。それに、マリア様は入学したばかりですからいつ取り巻きが?」


 まあシルヴィアンナ様の陣営が全部で四十人超居ることを考えるとお互いに十人弱でささやかなのですけどね。


「知らなかったのか? マリア嬢は入寮して直ぐに平民を含めた大きなお茶会を何度か開いて自分の支持者をかき集めていた。外征派と繋がりのある連中が直ぐに集ったようだな」


 全く知りませんでした。


 ん? 考えてみるとこの一週間で、後宮官僚としてウィリアム様の入寮を手伝い、ルンバート様が上位貴族令息の間で受け入れて貰えるよう義理の従姉として挨拶回りをして、妾の集いにも顔を出し、昨日と今日は杏奈さんに時間を取られた。……どれだけ忙しかったのでしょう。


「知りませんでした。でもまた何故そんなことを?」

「シルヴィアンナみたいに目立つ容姿というわけでも無いからな。学院で注目を集めるには良い方法だろう。まあ本人が思い付くとも思えんからビルガーの指導だろうが」


 杏奈さんの話を聞いたあとだと本人の意思のようにも思えてしまいます。考え過ぎは良くないですが、警戒が必要なのは間違いないですし、学院がゲームの舞台だなんて流石にクラウド様にも話せません。基本的には杏奈さんと二人でどうにかするしかないのです。


「いずれにせよ。ヴァネッサは選民意識が強いから譲れんし、マリア嬢の方も公爵家の指導があるなら中々引けない。恐らくは「クラウドを落とせ」ぐらい言われているだろうしな」


 ビルガー公爵家としては昨年の停戦協定云々で失った影響力を取り戻したいでしょうから当然ですが、頼りが平民から養子にして一年の15才女の子というのが……。


 ダンスホールから見ると、クラウド様の椅子の手前で行われているビルガー公爵家とベルノッティ侯爵家の意地の張り合いのような対峙。舞踏会開始直後から始まったそれに萎縮し、他の生徒達はクラウド様に一切近づいて来ない状況が生まれたわけです。

 15人以上の着飾った女の子達が双手に別れて対峙していたら近付きたくないのも当然ですが、このまま舞踏会が終わり、というわけには行きません。しかし、王太子から声を掛けるわけには行かないのです。


 そんな膠着状況を崩したのは意外な人物でした。


「ベルノッティ侯爵家のヴァネッサ嬢とお見受け致しました。わたくしウィリアム・デュラ・セルドアスと申します。もし宜しければ一曲お相手願います」


 ウィリアム様が跪いて差し出した手に、


「……ご一緒出来て光栄に存じますウィリアム様」


 ヴァネッサ様が淑やかに手を添えると、二人はホールの中央に消えて行きました。


「貸しを作った積もりかあいつは」

「最近のウィリアム様のことは良く存じ上げませんが、王太子弟として王太子を補助するのは当たり前のことではないでしょうか?」


 それこそ私が後宮に入った頃のウィリアム様ならばクラウド様を助けようとは考えないと思いますが、今のウィリアム様はそういう意識も多少あるように見えますよ?


「ご機嫌麗しゅうクラウド様」


 すかさずクラウド様に挨拶に来たマリア様です。挨拶が若干拙いのは仕方がありませんが、その愛らしい笑顔が作り物に見えるのは杏奈さんのお話のせいでしょうか?


「マリア嬢。寮生活はどうだ? 何か不自由はないか?」

「お気遣いありがとうございます。大丈夫です。

 つかぬことをお伺いしますが、第二王子様とヴァネッサ様は深い仲にあるのでしょうか?」


 第二?


「……セルドアスの範では直系が優先される。年齢はウィリアムが上でも第二王子はキーセ。ウィリアムは第三王子だ。学院なら問題にならないが、普通の社交では養子だとしても甘くは見て貰えない。公爵令嬢としてその程度は覚えておけ」

「キーセ? 生きてるの? ……また違う――――申し訳ございませんクラウド様」


 驚いて何やら呟いたマリア様ですが、そのあとは丁寧に頭を下げました。一応挨拶は一通り指導を受けているようですね。まだだいぶ拙いですけど。


「私に粗相をしたわけではないから謝ることはないが、本人にそれを言ってしまうと侮辱してるとも取られ兼ねん」

「ご忠告ありがとうございます。気を付けます」

「では一曲ご一緒願おうマリア嬢」

「光栄に存じますクラウド様」


 クラウド様の誘いに微笑み返したマリアですが……ウィリアム様ほどではありませんが、どうにも作り物の笑顔に見えて仕方がないですね。ウィリアム様を第二王子様と呼んでヴァネッサ様との仲を疑っていたようですし……杏奈さんの言っていた通りゲームの知識がある方なのでしょうか?


 マリア様と踊った後、当然のようにヴァネッサ様とも踊ったクラウド様ですが、予定通り終盤近くになって挨拶に来たシルヴィアンナ様とは踊りませんでした。その意味には当然皆気付いています。踊らなかったのは二日連続のお茶会で俄然盛り上がったシルヴィアンナ様正妃説を打ち消す為。正妃争いはまだ横一線であると示す為にシルヴィアンナ様とは踊らなかった。そう皆解釈した筈です。


 そしてこれは合図になってしまうのです。


 エリントン公爵家を中心とした堅実内政派のシルヴィアンナ・エリントン様。

 ビルガー公爵家を中心とした積極外征派のマリア・ビルガー様。

 ベルノッティ侯爵家を中心とした革新派のヴァネッサ・ベルノッティ様。


 セルドア王国の三つの貴族派閥の長。その娘による正妃争奪戦が開幕してしまったのです。


 ゲームの開始時期とほぼ時を同じくして始まった全くストーリーに無い正妃争奪戦。転生者である私と杏奈さんが関わった影響でゲームの設定とは全く違う状況が生まれているということです。まあそもそも、ゲームの舞台だなんて杏奈さんの話でなければ確実に信じていない話ではありますけど、シルヴィアンナ様が杏奈さんなのは疑いようがないですし……。


 この先どうなるかは分かりませんが、今年一年学院がこの争いを中心に回るのは疑いようがないのです。


 なんて言いつつ、肝心のクラウド様はまだ私を正妃にしたがっているわけですし、シルヴィアンナ様にはレイノルド様がいるのです。本当に争っているのが別の人間とは殆どの人が知らないで話が進むのでしょうかね……。


 部外者なのに中に居た前世と、当事者なのに外に居る今世。不思議な巡り合わせですね。いえ、そんな気楽には居られないのです。


 何しろ、前世の私はそれで死んでいるのですから。







2015年11月中は毎日零時と十二時に更新します。

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