#112.折られたフラグ
シルヴィアンナ様が杏奈さんだという驚愕の事実が発覚した翌日。
三日連続でクラウド様とシルヴィアンナ様がお茶をしたなんて事実が広まると大変ですので、今日は私がシルヴィアンナ様の部屋まで足を運びました。そうです。反対するクラウド様が杏奈さんに言い負かされたわけです。ここ数日クラウド様は杏奈さんに振り回されていますね。
ということで、午前十時過ぎ、シルヴィアンナ様が使っている棟の応接間ではなく居間に案内された私です。
「あんまり時間がないから早速本題に入るわよ」
今日は午後二時から入学式。それからそのまま歓迎舞踏会になりますから確かに時間はありません。
「本題?」
「昨日言った乙女ゲームの話よ」
私は前世で小説、マンガ、アニメは好きでしたが、ゲームは殆どしたことがありません。子供の頃友達のお家でマリ○カートとかをやって覚えはありますが、自分の家にゲーム機はありませんでした。だから、
「乙女ゲームってどんなゲームですか?」
「やっぱり知らないのね」
はい。ご免なさい。
関係ないですが、シルヴィアンナ様の顔と雰囲気で杏奈さんみたいに話されると違和感が並みではありません。どちらも長身の迫力美人なのは間違いありませんが、杏奈さんは姉御肌の美人で、シルヴィアンナ様は女王然とした雰囲気をもつ九頭身の超絶美女ですからね。
加えてシルヴィアンナ様は鮮やかな青い髪を縦ロールにしているのです。上位貴族女性の象徴のような外見でジョアンナ様のように明け透けに話すのですから……。
「恋愛シミュレーションゲームの一種よ。女の子を操作して、イベントを起こし、選択肢を選んで男を落とすゲーム。選択次第で複数のエンディングに別れるの。普通に男と結ばれたり、逆に別れてしまったり、場合によっては殺されたり、沢山男を囲いこむ逆ハーレムエンドなんかもあったりするわ」
沢山の男性を囲いこむ?
「……積極的な女の子なのですね」
私は絶対に嫌ですけど。旦那様に飽きられても旦那様を想い続けると思います。……ソアラ様に何も言えませんね。
「複数の男に言い寄られるのも乙女ゲームだからそうでもなかったりするけどね。まあでも、言い寄られて受け入れてしまうのだからその子にも問題があるか。
って、そんなのは良いの。問題は藍菜が乙女ゲームを理解出来たかということ」
……理解は出来ますけど何故そんな話を?
「詰まり女の子を操作して疑似恋愛を楽しむテレビゲームですよね。エンディングが幾つもある」
「まあテレビゲームとは限らないけどそういうことね。で、問題なのは――――」
え? なんですか?
「この世界が乙女ゲームの世界だってこと」
はい!?
「乙女、ゲームの、世界?」
なんでそんなハチャメチャなことを言い出したのですか?
「そう。乙女ゲームの世界」
「私達はゲームの中に転生したということですか? その割りに現実味があり過ぎると思います。私達以外も皆感情のある人間ですし、魔法以外は物理法則だって働いていますよ?」
魔法や魔力も現実として存在する感覚がちゃんとあるモノです。私より知ってますよね杏奈さん。
「この世界がバーチャルだとかそういう意味ではないわよ。ゲームの舞台になっていた世界という意味。戦国時代に迷い込んだ現代人とか、マンガでもあったでしょう? 私達はゲーム中に入り込んだのではなくて、ゲームにそっくりな世界に転生したの」
……ということは、
「ここがゲームの舞台でゲームの登場人物が存在するということですか?」
「そう。そういうこと。そしてゲームの舞台の中心は他でもないこの学院」
魔法学院を舞台にした物語ですか。確かにありがちな気がしますが、ここまで行くともっと凄いことを言われそうです。
「もしかして、クラウド様もシルヴィアンナ様もそのゲームに出て来るのですか?」
「良く分かったわね。所謂メインヒーローがクラウド様よ。そして、“第一王子”クラウド様の婚約者として登場するのが私、シルヴィアンナ・エリントン。主人公の邪魔をするライバル役の一人ね」
ライバル役。そういうのも出て来るのですね。まあそうでないとストーリーが盛り上がらないから当然ですけど。ん?
「第一王子ですか? しかも婚約者?」
現実では王太子の婚約者候補です。決して婚約者ではありませんし、第一王子と言う呼び方は若干失礼に当たります。
「そうそれが、私が八歳の時にぶち折ったフラグ。第一王子との婚約」
「フラグ……杏奈さんの意志で運命を変えたということですか?」
フラグって旗ですよね? なんでそんな言い方をするのですか?
「運命って言い過ぎだけど、要は現実は設定通りには進まないってことね」
だとしたらゲームの世界でも何でもない気がしますけど……。
「そこまで踏まえて重要なのは、主人公の存在」
主人公の女の子ですか? ん?
「もしかして、主人公が私とか言いませんよね?」
複数の男性に言い寄られるとか嫌なんですけど。アントニウス様の時なんか決闘まで発展してドギマギした嫌な思い出がありますし、勘弁願いたいです。
「いいえ。主人公は別の子よ」
ああ良かった。これ以上クラウド様に心配掛けたくないですからね。クラウド様の心労もありますが、相変わらず加減が下手な旦那様のお陰で今日も此所に来れないかと思いましたし……。まあ夢中になってしまう私にも充分原因があるので文句は言えないのですけど。
「なら私は登場しない人なのですか?」
ゲームの登場人物なんてこの世界の人の極一部でしょうからそういう人もいっぱい居ますよね?
「いいえ、登場するわ。端役だけど一部の攻略キャラには割と重要な役ね」
端役だけど重要ですか? そういう役は一応元舞台人だった人間として心ときめくモノがあります。遣り甲斐のある役です。
「何せ、クラウド様の死んだ初恋の人の役だから」
死んだ初恋の人ですか。それはそれは、それを乗り越えて結ばれるベタですがキュンと来る恋愛話ですね。そんな小説ばかり読んでいたから現実の恋愛で頓珍漢なことばかりしていたのですけど……。
「ん! 死んだ?」
「そ。それが藍菜がへし折った筈のフラグ。第一王子の初恋の人と妹と弟の死。藍菜。病気のレイフィーラ王女を助けたりした?」
フラグという言い回しどうにもピンと来ないのですけど……。
「助けました。八歳の時。クラウド様と初めて会った時に」
「その時貴女も死んでいた筈だったの」
……クラウド様にもそんなことを言われましたね。
「まあ気にすることはないわ。もう十年近く前の話なんだから。私が言いたいのは、藍菜が生きていたことで色々変わったってこと。例えば藍菜のお兄さんは――――」
「結局ゲームとは全然違う状況で何が起こるかは分からないということですよね?」
クラウド様が王太子になった理由が謎ですが、クラウド様やお兄様等何人かの状況は、私が関わったことで大きく変化したようです。シルヴィアンナ様も少なからず攻略キャラに関わっていたようですし、杏奈さんの記憶にない部分で大きく状況が変わっている可能性があります。
「そうね。そもそも私の記憶は最強騎士様中心で、他は「こんなキャラがいたなぁ」って程度しか覚えてないから、個別のイベントがどんなだったか覚えてないけどね」
「だとしたら何でこんな急いでお話を?」
「言ったでしょう。大事なのは主人公よ」
そう言えば途中から誰が主人公かという話が抜けていましたね。
「主人公……私の知っている方ですか?」
「知ってる。主人公はマリア・ビルガー。そして、ゲームの開始はこの間の「年越しの夜会」だったの。もう動き出しているのよ」
「マリア・ビルガー様……確かに可愛らしい方でしたね。物語の主人公と言われても納得出来ます」
「見た目はね。でもあれは私と藍菜の苦手な人種よ。あれはブリッ娘。もっと言えば男に媚びる尻軽女ね」
杏奈さん。二人しかいないからと言ってもう少し言葉を選びませんか?
「それから推測の域は全く出ない話だけれど――――」
真剣な表情になったシルヴィアンナ様の顔は、ソフィア様に匹敵する迫力を宿していました。……ゲームのキャラクターというのも納得です。
「マリア・ビルガーにはゲームの知識がある可能性があるわ」
え!
「詰まり転生者?」
「それは分からないけれど、彼女がゲームの登場人物や攻略キャラばかりに強い興味を持っているのは明らかね。それから私をクラウド様の婚約者だと思い込んでいた節もあるわ」
……主人公がゲームの知識を持っている。それってとっても、
「怖いです。ゲーム通り物事が進んで行くのもですが、そう思い込んでしまっている方かもしれないと思うと、もっと怖いです」
思い込みというのは恐ろしいモノです。実際前世の私はそれで……。そしてそうではないと気付いた時怒りの矛先が向くのも……。
「だから、出来るだけ早く話して置きたかったのよ」
「杏奈さん……ありがとうございました」
「礼は要らないわ。巻き込んでしまったのは私なのだから」
「そんなことはありません。確かにあの人が思い込んでいたのは事実ですけれど、私と玲君がお付き合いしていたのも事実なのです。ですからあの人が思い込んだとしても不思議ではありません。
それに、あの時は杏奈さんも巻き込まれたのですよ? 仮に、もうお付き合いしていないと知っていたとしても私が巻き込まれた可能性は充分にあります」
可能性の話はちょっと狡いですけれど、私と杏奈さんとは反りが合わない人でしたからね。暴走してしまった時点で標的になる可能性は有り得たと思います。
「……藍菜……」
「杏奈さん。私は今幸せなのです。だから私のことでそんな哀しそうな顔はしないで下さい。それから、今度こそ玲君と、レイノルド様と幸せになって下さい」
まだ二人で居るところを一度も見た事がないのですが、お兄様とお姉様の時と似たような感覚を二人からは受けるのです。恐らくこの直感は正しいでしょう。
「ふう。……分かった。藍菜には敵わないわねぇ。転生してまで同じことを言われると思わなかったわ」
「それは言います。絶対結ばれるべきなのです。玲君と杏奈さん。シルヴィアンナ様とレイノルド様は。前世からの運命なのですから」
一緒に転生してまた幼馴染として生まれるなんて、神様がそう言っているみたいではないですか。
「……何にしても、マリア・ビルガーには注意しなさい」
「はい杏奈さん」
2015年11月中は毎日零時と十二時に更新します。




