#111.再会
シルヴィアンナ視点です
クリスティアーナ・ボトフを調べて分かったのは、彼女が頭抜けたハイスペックだということ。ただし、魔技能値を除いて。
経緯は良く分からなかったけれど、クリスティアーナは九歳で侍女見習いになったそうね。そして十二歳で首席で修了した。詰まり、三歳上の侍女見習いの中でトップの学力を誇ったということ。
同期に「辺境の才女」リシュタリカ・ヘイブス様と「桃の憐花」ミーティア・ダッツマン様がいたことを考えたらこれはとんでもないことだわ。偶然にもゲームの登場キャラの二人は、お父様が「部下に欲しい」という程優秀で、王宮でも評判の逸材なのだから。
そして、この二人とクリスティアーナは親友同士で、侍女見習い修了から五年経つ今でも頻繁に手紙のやり取りをする仲らしいわ。だとしたら、パラ上げに大活躍する妖艶な美人教師の運命に大きな影響を与えても不思議ではないでしょうね。リシュタリカ様が学院に居ないのも彼女の影響と考えられるわ。
これ以外にもクリスティアーナの頭抜けた優秀さは枚挙に暇がないわ。そもそも、九歳で侍女見習いが勤まるか? と問われれば、大半の人が「無理」と答える。エリントン公爵家に産まれてなければわたくしも考えた進路だけれども、話を聞くだけでも過酷な仕事なのは間違いないわ。それを実際に勤め上げたというのだから精神的に大人であった転生者である可能性は充分にあるわ。
まあ一番の根拠は単純に、わたくしと玲と同じ日に産まれているという点なのだけど。
「一条藍菜をご存知かしら?」
クリスティアーナを注視していたわたくしは、その後の表情の変化で確信致しましたわ。この娘は藍菜。間違いないですわね。何せ、彼女は顔は驚きに歪んだあと戸惑いの色を浮かべたのですから。
そして、わたくしの顔をじっくり覗き込んだクリスティアーナは、その直後隣に立つクラウド様に向かって驚きの一言を放った。
「クラウド様。お二人に下がって頂きたいのですが」
近衛二人に下がって欲しいと言ったの? わたくしと二人キリになりたいではなくて?
「何故だ?」
「お二人がいる限りお話出来ません。お願いします」
……クラウド様に下がって欲しいとは言わない。これは思っていた以上に二人の仲が深いということかしらね。
「……悪いが二人共下がってくれ」
「御意に」
暫く見詰め合った二人。折れたのはクラウド様だった。護衛を下がらせるだけで此処まで迷うなんて、二人キリで会うなんて無理かしらね。
「どういうことだ?」
「話すと長くなります。お茶を煎れますからお席に」
クラウド様には話す気なのね。……まあ良いわ。悪くとも下らない妄想と思われるだけだものね。
「イチジョウアイナとは何だ?」
わたくしがソファーに腰掛けた途端、お茶の準備をしている彼女を放置して正面に腰掛けた王太子様がわたくしに怒気を向けた。そんなに怒るようなことはしていませんわよクラウド様。
「人の名前ですわ。セルドアの人間ではありませんけれど」
「人捜しが貴女の目的だったのか?」
「ええ」
だから何故そこまで怒るのですの? ここまでの流れは人捜しで居場所を知っていそうなクリスティアーナに訊きに来た。というだけではないですか。
「失礼致します」
音も無く手早くテーブルへと置かれたティーカップ。完璧な侍女ね。ちゃんと見れば超絶美少女なのにその気配が消えているわ。最速で副侍女に昇進したと言うのも頷けるわね。
ただ……完璧なのは良いけど立ったままクラウド様の後ろに控えられたら話し難いじゃない。わざとやっているのかしら?
「貴女に会いに来たのだから貴女にも座って欲しいのだけど?」
「……クラウド様」
「座れ」
「はい」
クラウド様の言うことは素直に聞くのね。まあ主なんだから当たり前だけれど……。
「それでクリスティアーナさん。一条藍菜という名前に心当たりはごさいますか?」
「…………有ります」
ん? クリスティアーナに迷いがあるのは当然だけれど、何をそんなに心配していらっしゃるのでしょうかクラウド様。
「では二見杏奈は?」
「え?」
最大限に驚いた顔を見せたクリスティアーナ。まあ当然ね。
「それも人の名前か?」
「そうですわ殿下。他でもないわたくしの名前。前世のわたくしの名前ですから」
「えええええ!!?」
「前世?」
そんなに眼を見開いていたら綺麗な瞳が落っこちてしまうわよ藍菜。
「……杏奈さん?」
「そうよ。藍菜」
半信半疑の藍菜に笑顔で返す。敢えて前世の名を呼んで、
「……杏奈さんも転生したのですね。小説みたい」
「ええ。玲も転生しているわ」
「玲君も? どんな人ですか? 元気にしていますか?」
玲にはあまり驚かないのね。まあ、あの状況で死んだ私達が転生しているなら玲も転生していると思って当然だけれど。
「どんな人も何もレイノルドよ。あまり話したことは無いだろうけど、知っているでしょう?」
「レイノルド様ですか?
あ! ということはまた二人は幼なじみということですね! 素敵です。生まれ変わっても惹かれ合う二人。本当に小説みたいです」
身内すらレイノルドとわたくしの仲を知っているのは極一部なのにこの子……。
「興奮しているところ悪いがティア。まったく話が見えないのだが……」
ティア? クリスティアーナでティア? 普通クリスではないの?
あ!
「藍菜。貴女クラウド様と結婚しているの? 婚約?」
「え? あ!」
今更隠しても遅いわよ。ご丁寧に赤い宝石の指輪なんかしちゃって。クラウド様も青い指輪をしているし。……藍菜は兎も角、クラウド様の指輪は何度も視界に入っていたのに左手の薬指だったことには今気付いたわ。我ながら甘いわね。
「結局貴女はそれを探りに来たのか?」
え? また随分とキツイ眼で睨まれてしまったわね。そんなに警戒することかしら? まあ側妃であることを隠して学院に連れて来ているのだとしたら問題と言えば問題だけれど、側妃だって王と正妃の許可さえあれば外に出られるのだから制度上問題はない筈よね。
「違いますクラウド様。シルヴィアンナ様と私は――――」
「詰まり前世の世界ではこれは結婚の証ということか」
「はい。ですからシルヴィアンナ様が私達のことを探りに来たということはないと思います」
「成る程な。合点が行った」
……信じるの? 前世のことまで全部話した藍菜にも驚きだけれど、それを素直に信じるクラウド様にも驚きだわ。
「信じるのですか?」
わたくしがクラウド様に問うと、
「本当なのだろう?」
クラウド様は藍菜に向けて尋ねた。
「はい。嘘は吐いていません。今まで黙っていてごめんなさい」
わたくしが切っ掛けとは言え、藍菜は躊躇無く前世のことをクラウド様に話した。信じて貰えるかどうか不安だった筈なのに……心底クラウド様を信頼しているのね藍菜。貴女が幸せそうで良かったわ。
「いや、良い。私だってティアの話でなければ信じはしない。そんな話を良くしてくれたなティア」
「旦那様……」
潤んだ瞳で申し訳なさそうにクラウド様を見る藍菜。優しい目でそれを受け、片手で藍菜の頭を撫でるクラウド様。
絵になるわねぇ。こんなスチル無かったけどドラマのワンシーンを眺めているみたいだわ。それにしても、旦那様かぁ。コイバナは楽しめそうにないわね。どんな爆笑エピソードが聞けるか楽しみにしていたのだけど。
「その感じだと、もう契りを結んだ仲なのかしら?」
「結局知りたいのはそれか?」
当たり前と言えば当たり前だけれど、わたくしに対する警戒心は解いて下さらないのねクラウド様。
「ただの好奇心ですわ。女の子が政治向きの話より恋の話の方が遥かに好きなことぐらいご存知でしょう? ましてやわたくし達は前世で親友同士だったのですからそれぐらい知りたいと思って当然ですわ」
「可愛がって貰っているから心配しないで杏奈さん。それより、レイノルド様とはどうなのですか? 密かに婚約してらっしゃるとか?」
うっ。……この子は何で昔からこうまで鋭いのかしらね。
「玲がそこまで出来ないことぐらい知っているでしょう? 前世だって結局許可を出すまで貴女には手は出さなかったじゃない」
「杏奈さん!」
え? あ〜怒っているわねぇ。御免ね藍菜。
「ほお〜許可を出したのかレイノルドに」
肩をがっちり掴まれて、ソファーに押し付けられ迫られている藍菜。不幸なことに三人掛けのソファーだからやりたい放題ね。
「前世の話ですから……」
「だとしても、あの時君が私に疑念を抱いたのは前世の記憶があったからだろう?」
あらあら、その体勢は押し倒しているのと変わりませんよクラウド様。
「この身体と前世の身体は全くの別物です。この身体がクラウド様以外知らないのは間違いありません」
「でも比べたから疑念を持ったのだろう? 前世のレイノルドと私を」
疑念を持った? どういうことかしらね?
「それはだって……クラウド様が上手過ぎるからプレイボーイだった前世のレイノルド様より上手なのはおかしいと思って」
へ? 上手?
「はははははははは。はっはっはっ」
流石は藍菜。恋愛に関しては思考がぶっ飛んでるわ。
「藍菜。玲は別にベッドテクがあったからプレイボーイだったわけではないわよ。単純に顔が良くて移り気が激しかっただけ。
それからクラウド様。前世でこの子は黒髪で黒目。背も低かったし、胸もそこまで大きく無かったわ。その身体がクラウド様だけのモノなのは間違いないですわ。それともその子の言うことが信じられませんか?」
突然爆笑し始めたわたくしをキョトンとした目で見ていた二人は、お互い照れたのか少し顔が赤くなった。
「……ごめんなさいクラウド様」
「いいや、許さない。比べたのは間違いないないのだから罰が必要だ」
これまた珍しい黒い笑みを浮かべたクラウド様。こんなに表情が豊かな人だったのね。
「罰ですか?」
「ああ。あれをやる」
「え? あれってあれですか?」
……なんのこと?
根掘り葉掘り聞き出したその罰は前世では普通に行われている体勢のことだった。それを藍菜に告げたら驚いていたけどね。まあクラウド様がそれを見て嬉しそうにしていたから良いのではないかしらね。お幸せに。
そんな下世話な話もしつつ、前世の話で盛り上がっているとあっという間に夕飯の時間になっていた。
「もう良い時間だ。帰らなくて良いのかシルヴィアンナ」
「あ!」
一番大事な話を忘れていたわ。
「近いうちにまた時間を頂けるかしらクラウド様。というか、藍菜と二人の時間が欲しいのだけど」
「……まあ良いだろう」
「出来れば明日の午前中」
この話は早ければ早い程良いわ。
「明日ですか?」
「そう。藍菜、貴女乙女ゲームって知ってる?」
2015年11月中は毎日零時と十二時に更新します。




