#106.乙女心
九月上旬。
相変わらず加減の下手なクラウド様のお陰で、まあ私が全く制止しないのが問題なのですが、今日は妾の集いに来ています。ただ、いつもは赤裸々な下世話な話ばかりですが、今日は珍しく方向性が違いました。
当たり前ですが、妾である彼女達が正妻と成れる可能性はかなり低いのです。特に、ジョアンナ様、イリーナ様、カマラ様の平民の三人は、上位貴族の嫡子が相手なのですからその可能性は皆無であると考えなければならないのです。そんな同じような悩みを抱えた方々だからこそここまで仲良く成れたのですけどね。
「エリアス様は絶対にないかなぁ。ただ公爵に妾が居ることぐらい当然と考えてるから、飽きられなければ可愛がって貰えると思うよぉ」
「昔ビリガー公爵家は側室が認められていたぐらいですがら、その習慣が根付いていても不思議はないと思います」
「良く知っているわねクリス」
これは歴史的にビリガー家が強かった事実の象徴みたいに語られる話ですよジョアンナ様。
因みにエリントン公爵家には側室が認められないどころか侯爵家と変わらない扱いだった時代がありました。今のバランスが取れた状況はソフィア様の影響が大きいのです。いえ、近年はエリントン家の方が勢いがありますね。
「イリーナの話だと、エリアス様相手で正妻さんの体力が持つと思えません」
カマラ様の言う通り、イリーナ様のお話だとエリアス様の体力に華奢な貴族令嬢が付いて行けるとは思えませんね。いえ、イリーナ様は小柄華奢ですが、見かけに寄らずかなりの体力の持ち主のようですよ?
まあエリアス様よりクラウド様の方が────みたいですけどね。
「うーん。それよりエリアス様はだいぶ偏った趣味の持ち主だから、そっちの方が付いて行けないと思うよぉ」
エリアス様は嗜虐趣味の方ですからね。中々趣味の合う方はいないでしょう。
「そうなるとカイザール様も平気なのではないでしょうか?」
「確かにカイザール様の要求に応えられる女はそういないわね。だからってベルノッティ家があたいを受け入れるかと言えばそうではないわよ」
当主なら兎も角、嫡子が我が儘を通せるとは限りませんからね。ベルノッティ家は筆頭侯爵家と呼ばれる大きな家ですし、そう簡単ではないでしょう。
「でもカイザール様は優しくして下さるのでしょう?」
「まあそうね。元々気の強い方ではないけど、他の使用人に対してよりは優しいかな」
少し照れたように話したジョアンナ様は妖艶な雰囲気に似合わず可愛いです。ジョアンナ様とカイザール様が知り合ったのは去年の十一月だという話ですから六人の中では知り合ってからの期間が飛び抜けて短いのですが、ちゃんと想いは育っているようですね。
「とするとぉ、安泰なのはやっぱりクリスでしょう?」
え? まあ確かにこの中では一番楽ですね。なんと言っても、
「側妃制度があるのですから当然です。というか、その為の側妃ですものね」
「側妃で良いんだったら何人だって抱えられる王太子様。確かにクリスは安泰だわ」
そうなのです。私は運が良かったのです。
「そうですね。恋したのが王子様で良かったと思わなければなりませんね」
そう言いながら左手の薬指を眺めると――――皆がニヤニヤしながらこちらを見ていました。当然のように指輪の意味も暴露させられているので、それに気付いた私はただただ赤面させられました。……からかわれたりしないだけ優しいのですよね。
「こんなに綺麗だし、頭も良いし愛されてそうだし、クリスさんなら正妃になっても不思議ではないと思うのですけど」
「クリスさんは確かにお美しくて優秀な方ですけど、男爵令嬢が正妃になるのはかなり難しいですよシャーナさん」
流石に士爵令嬢のソアラ様は知っているようですね。
「それに贅沢言わないで側妃になっておいた方が幸せかもしれないわ。「下位貴族の女など側妃にしておけば良い」そう言われて正妃やっているよりね」
大人ですねジョアンナ様は。
「夢の無いこと言うわねぇジョアンナは」
「貴女も現実を見ているから正妻にはならないと言ったのでしょうが」
イリーナ様も決して妾で居続けることを望んではいないようですね。
「うーん。でも憧れてしまいます。下位貴族の女の子が王子様に見初められてお妃様になる話」
シンデレラストーリーですね。あ、一応私はそういう立場ですか?
「本当に下位貴族令嬢が正妃になるとしたら公務をこなして行くだけで四苦八苦するでしょうし、それこそクリスさんのように侍女に任官されているような方でない限り務まらないでしょう」
「カマラはカマラでツマラナイこと言わないでよぉ。乙女心はないわけぇ」
まあカマラ様の言うことも間違いではありません。セルドアでシンデレラのお話は正妃では無く側妃でしか成立しないでしょう。「シンデレラは側妃だった」あまり考えたくありませんがそれが現実かもしれません。
「そうですよ。乙女の夢を壊さないで下さい」
「シャーナは兎も角イリーナが乙女って気色悪いから止めなさいよ」
いえいえジョアンナ様。気色悪いなんてこと言ったら……。
「そうですか?」
「そうって何が?」
「イリーナさんは勿論、ここに居る皆少なからず乙女心は持っていると思いますよ」
何を言っているのだお前は。そんな目でジョアンナ様に見られてしまいました。
「だって、女の子が小さい頃描く夢は「いつか素敵な王子様が迎えに来てくれる」だけではないですよね。「愛しいあの人と結ばれたい」そう思った人もこの中でも居るのではないですか?
セルドアでは平民でもお見合い結婚が多いわけですし、下位貴族同士だって派閥や何かで引き裂かれることがある。「愛しい人と結ばれたい」これも立派な乙女心ですよ?」
妾の集いなんて呼び方をしていると泥々した印象を受けますが、ここに居る五人は皆乙女なのです。程度の違いはあれ皆それぞれのパートナーと結ばれたいと思っているのですから。
「……シャーナは最近ど、なの? ヨーゼフ様と進展があったわけ?」
照れたジョアンナ様が強引に話題を変えました。ちょっと噛んだりして可愛らしいです。
「何もないです。ただ最近やっと「ミラ様病」が治まって来たみたいです」
シスコンが解消傾向にあるなら、チャンスですよシャーナ様。
「良かったじゃない」
「はい。でもまたいつ再発するか分かりませんけど」
シャーナ様は小柄で少しぽっちゃりした可愛らしい方ですからね。好みが分かれるタイプだと思いますが、好きな人は凄く好きなタイプだと思います。あとはヨーゼフ様がシャーナ様をタイプかどうかで。性格はとっても良い娘なので問題があるとすればそこだけでしょう。
「この中で一番正妻になる可能性が高いシャーナ様には頑張って貰いたいです」
「本当です。六人いて六人共報われないのでは救いがありませんから。何か出来ることがあったら仰って下さいね」
「ソアラ様、カマラ様……」
ソアラ様とカマラ様。他の四人がこの二人に対して持っている感情は今とても複雑です。というのも、残念ながらこの二人、今愛されているとは言えない状況になってしまったからです。
お二人のお相手オルトラン様は、以前お話した通り魔法学院に入って以降ハーレムを形成して好き放題やっているのです。それこそ、学院の外、社交界で噂が広がるほど。そうなればヘイブス伯爵家も動いて多少ことが収まるかとも思っていたのですが……。
夏至休暇中にリシュタリカ様にもその話をしたのですが現在実家には殆ど関わっていないそうで、仮にリシュタリカ様が出て来ても「あのバカな弟が止まるとは思えないわ」だそうです。それでもいざという時は「始末を着けるわ」と仰っていたのは頼もしい限りですけどね。
そんな手に負えない状態のオルトラン様の「相手をさせられている」お二人に対しては正直なんと言って良いか分からないのです。いえ、今状況だけを見れば、「諦めて他の男性を見付けた方が良い」と言えるのです。しかし、以前に「懐に入れた女性には優しい方」とか「自己陶酔が酷いだけで分別のある方」とか「孤独な彼を放って置けない」とか「私達以外に信じられる人がいない方」とか聞かされていると、どうにもお二人の想いを否定出来ないのです。
「大したことは出来ないと思いますけれど、お二人も私が出来ることがあったら仰って下さい」
「リシュタリカ様もいざという時は動いてくれると仰っていました。私も出来る限りのことをしますから何でも仰って下さい」
「そうだねぇ。ここまで仲良くなったら放って置くなんて出来ないもんねぇ」
「あたいも力になるわ」
四人がそう言って、
「ありがとうございます。でも大丈夫です。オルトラン様が我が儘なのは今始まったことではありませんから」
応えを返したのがソアラ様だけだったという事実には気付いていたのに、何もしなかったことを後悔したのは僅か一ヶ月後のことでした。
2015年11月中は毎日零時と十二時に更新します。




