#103.お姉様の結婚式
魔法学院の夏至休暇は中等学院と同じ夏至の前後四週、計八週間あります。今日はその初日なのですが、私は休暇をとって王都エルノアの貴族区にある教会に来てます。目的はお兄様とお姉様の結婚式です。大きなその教会の控え室に入り、
「うわぁ綺麗。素敵です」
「本当! 綺麗ですお姉様」
リリと二人ではしゃいでしまったのも仕方がないことです。お姉様に純白のドレスが似合わないわけがないのですから!
「ありがとうクリスちゃん、リリちゃん」
只でさえ綺麗なお姉様がウェディングドレスを着てはにかんで笑ったら破壊力抜群です。お兄様もメロメロです。
「ん? もしかしてそのイヤリングはお兄様のプレゼントですか?」
お姉様が両耳に着けているのは青空色の宝石の付いたイヤリングです。詰まりお兄様の瞳の色の宝石です。
あ、お姉様が顔を真っ赤にしています。これは間違いないでしょう。というがお兄様……私の真似をしました?
「クリスちゃんも貰ったのでしょう? その指輪」
真似したようですね。因みに私とクラウド様は毎晩入浴前に一緒に指輪を外して、毎朝一緒に着けます。何故か儀式化しているのです。新婚夫婦ってバカなことやりますね。
「え? あ! そうか! これはクラっ」
「それ以上は言わないの」
口走りそうになって力技で口を塞がれたリリです。この部屋には今身内しか居ないので知らない人は居ませんが、扉一枚隔てた向こうにはいっぱいいますからね。下手なことは言えません。というか、ありがとうございますお母様。
「あれ? でもお兄様はしていませんでしたよね?」
普段は兎も角今日はしている筈です。
「え?」
お姉様は驚いています。さては贈っていませんね。ダメですよそんなのでは。
「形も大事ですお姉様。確かに騎士であるお兄様には邪魔になるかもしれませんが小さな宝石のネックレスぐらい付けられるのです。それに今日みたいな日なら小さな宝石の一つぐらい堂々と着けられないならば、愛が足りないです」
「でも……」
迷っていますね。
「お兄様だって喜んでくれる筈です。因みに私は最初睨まれましたが、「これを着けるのは相手への想いの証だ」と言って贈ったら毎日着けてくれています」
「ふーん。貴女がそれを着けているのにそんな意味があったのね」
え? 私ですかお母様?
あ、お母様は勿論リリもお姉様もそしてお姉様のご母堂ミリア様も、私の指に在る宝石と私の顔を見てニヤニヤしています。
うぅ。お姉様を誘導しようとして私が暴露してしまいました。
「……いずれにしてもお姉様が想いを込めて贈ればお兄様は喜ぶ筈です」
ああ、なんでこう恥ずかしい方向に話が進んでしまうのでしょう。自分の例を持ち出したのは完全に失敗でしたね。
「……そうかな?」
「そうです。お兄様なら素直にお礼を言って毎日着ける姿が目に浮かびます。あ、でも大きいのはダメですよ普段つけられる大きさが良いと思います」
「そうねぇ。クリスが結婚式でしていたネックレスみたいなあんな大きな宝石だとしたら普段は着けられないものね」
お母様!
「え? その指輪以外も頂いたの?」
「そう。こぉ〜んな大きな赤い宝石が付いたネックレス」
リリ。話を盛りすぎです。それでは私の顔ぐらいの大きさになっています。精々拳大だった筈。
「いいえクリス。貴女の拳よりは大きかったわ」
……心の声がダダモレですか? まあ、あからさまに拳を持ち上げた私が悪いのですけど。
「そんなに大きいの? 流石はク……わたくしも行きたかったわ。クリスちゃんの結婚式」
「ミーティアさんに負けないぐらいお姉様も綺麗だったよぉ。それで村中大騒ぎ。お父様なんかお姉様が帰ったあとボロボロ泣いて大変だったんだから」
お父様がボロボロ泣いた?
「それはクリスには言わない約束ではなかったかしらリリアーナ?」
「え? えーと……お兄様の所に行ってきます!」
鬼の角が出掛かっただけで即座に逃走したリリでした。
「大丈夫よクリス」
え?
「あの人は貴女の決断に反対なんかしてないわ。寧ろ応援してる。ただ寂しかっただけよ。娘を持った親は皆同じ経験をしなくてはならないわ」
両手でそっと私の頬を包み、優しく語ったお母様。あの時の嬉しさがまた込み上げて来ました。
「ありがとうございますお母様。私はお母様の娘に生まれて幸せです」
頬に置かれていた両手が背中に回り、ギュッと抱き締められました。私もギュッとすると、直ぐに私を解放したお母様。私も力を抜くと、
「今日は脇役どころか役のない私達がこんなことをしていても仕方がないわ」
「はい。そうですね」
お母様が悪戯ぽい笑みを作ったのを見て私も笑います。
「ごめんなさいお姉様」
「ううん。クリスちゃんが幸せそうで良かったわ。本当に」
相変わらず優しいお姉様です。
「ふふ。では次はお姉様の番ですよ。残念ながらリシュタリカ様も来れませんでしたけど」
リシュタリカ様は、つい先日正式調印されたルギスタンとの停戦協定の余波で今日は来れなくなりました。また、ケイミー様はある意味予想通りのご懐妊中なので、残念ながらリシュタリカ様もケイミー様も今日はいません。
「そうね。ケイミー様とは全く会えていなかったから会いたかったわ」
一人だけ王都を離れて生活していますからね。会おうとしても簡単には会えないのです。何て言いつつ、私も年に一,二回しかお姉様に会っていませんが。
「さてそろそろ時間よミーティア。あの人がそわそわしながら待っているわ」
ずっと私達のやり取りを見守っていただけのミリア様が初めて声を出しました。やっぱりお姉様と似ていて淑やかで包容力のある方ですね。
「お母様……わたくしもお母様――――」
「まだそれは言わなくて良いわ。今日の最後に残しておいて」
にっこりと笑ったミリア様は、正しく“母親”でした。良いお母様を持ちましたねお姉様。
「あ! あと……クリスちゃんに訊きたいことがあるのだけれど良いかしら?」
訊きたいこと? 妙に訊きにくそうにしていますが、モジモジしたお姉様も可愛らしいです。ん? モジモジ……あ!
「お姉様。私“だけ”に訊きたいことがあるのですか?」
私の質問に応じてお姉様が無言で頷くと、母親二人は黙って扉に向かってくれました。素早いですね。
「お二人ともありがとうございます」
「気にしないでミーティア。でもそれほど時間はないから、手早くね」
再び優しく微笑んだミリア様とお母様が部屋から出て行き扉が閉まると、お姉様が話始め――――
「ええと、クリスちゃん。クリスちゃんははじ――――」
途中で止めました。
「今夜の事が怖いのですかお姉様?」
少し顔を赤らめながら確かに頷いたお姉様。それはそうでしょう。
「大丈夫です。お兄様は優しい方ですから優しく導いて下さいます」
何て言いつつ、初夜だけは決して優しかったとは言えません。貪られましたから。
「……お母様も使用人達も皆そう言うのだけれど、クリスちゃんは本当にそうだった?」
私が嘘を吐けないことを見越して訊いていますねお姉様。さて、どうしましょう。なんて迷っているだけで優しく無かったと認めるようなモノですね。
「夜の営みというのはですねお姉様。相性によって全く違った感覚になるそうですよ」
「え?」
流石に優しく無かったとは言えませんので、最近無駄に耳に入って来る知識をフル活用したいと思います。
「例えば私の知り合いに――――」
ゴバナ村の教会とは比べモノにならない大きさの荘厳な造りの教会の聖堂で、生真面目な雰囲気のダッツマン子爵カーライル様にエスコートされてお兄様の所まで歩くお姉様。その美しい姿に感嘆の吐息が漏れるのがそこかしこから聞こえて来ます。自分の時がどうだったかは記憶にありませんが、ケイミー様の時より数倍多いのは間違いありません。
そして、白いタキシードを纏ったお兄様とのツーショット。眼福です。あ、次の刺繍絵の題材が決まりましたね。ベールを取られて、幸せいっぱいの顔を伴侶に向けるお姉様とそれに優しい笑みを返すお兄様、完璧です。
あ! うーん。画角から言ってどちらか一方の顔しか表情までちゃんとは描けませんね。
……良し決めました!
二つ共描きます!
まあなんにしても、お兄様、お姉様、ご結婚おめでとうございます。
2015年11月中は毎日零時と十二時に更新します。




