#102.二人の幸せ
「クラウド様?」
「どうした?」
ルギスタンの外務大臣がエルノアに着いて四日後、外交交渉は継続中ですがクラウド様は学院に帰って来ました。
ユンバーフ様がルギスタンの外交官から得た情報がほぼ間違いではなく、交渉の方向性が定まったからです。期間がどうなるかは全く分かりませんが、一ヶ月もすれば停戦合意に至るでしょう。本当の交渉はそのあとじっくりやるモノですからね。
「ずっとこの罰を続けるのですか?」
落差が非常に激しいですが、私は今クラウド様の上、いえ、太股の上に座っています。しかも、
「暫く一緒に風呂に入れと言っただけだ。期間は決めていない」
とっても密着している状態にあるのです。クラウド様の右手は当然のようにお胸に伸びていますし、左手は太股に伸びています。この罰が始まって直ぐの頃はとっても恥ずかしくて、嫌がる私にクラウド様もここまでして来ませんでしたが、完全に慣らされてしまいました。いえ、本当に慣れたなら問題はないのですが、恥ずかしさが薄れても……そもそも、それに慣れるのなら毎晩ベッドの上であんなに意識を飛ばしたりはしないのですけどね。
「ではいつまで?」
「私が満足するまでだ」
それズルいですクラウド様。
「満足するまでいつまででも続けるということではないですか!」
「そうだな」
うわぁ。黒い笑みです。ずっと続ける気満々です。クラウド様はエッチなことになると度々この笑みを見せるのです。まあ私を本気で拒絶させるようなことはしませんし、要求もして来ないので嫌いには成れない顔です。勿論普段の優しい笑顔の方が断然好きですが。
「本当に嫌なのか?」
「きゃっ」
身体の向きを変えられ、対面して座る形になりました。そして、少し心配そうな赤い瞳が私を覗き込んでいます。
こうなると私は一切拒否出来ないのです。きっとクラウド様の要求はもっと沢山あるのだと思います。それを抑えた上で要求されていると思うと受け入れる以外ありません。いえ、嫌ではないのです。ただ恥ずかしいだけで、いざ始まってしまうと――――なのですから。
「いいえ。ただ少し怖いのかもしれません。幾ら愛して貰えても、例え正妃になったとしても、ずっとこういう生活が続けられる筈はありませんから」
「……クリス」
少し安心したように、でも少し寂しそうに穏やかに私を見るクラウド様。ゆっくり伸びて来たその手が、私の頭を優しく撫でました。これは何度されても落ち着きます。
「でも考えてみたら、側妃でなくとも子供が出来たら皆生活が変わるのです」
「それはそうだが……」
「そうです。今楽しまないのは損なのです」
クラウド様はキョトンとしてしまいました。
「もしかしたら拒否してしまうこともあるかもしれませんし、嫌なことは嫌と言います。でも二人キリの時間を楽しめるのは今しかありません。我慢しないで思い切り楽しめる時間は今しかないのです。だから――――」
綺麗な赤いおめめをぱちくりさせているクラウド様です。
「いっぱい愛して下さいクラウド様」
初めて自分から求めた気がします。側妃だってこれぐらい言っても良いですよね?
クラウド様と私が今まで以上の熱い熱い夜を過ごした次の日の朝。
「おはようクリス」
微睡みからゆっくりて覚醒して行くぼやけた視界に映ったのは、朝の柔らかな日差しを受けた優しい笑顔の旦那様です。
「大丈夫だったか?」
この整った綺麗な顔の蕩けるような笑みと深く強い愛情を、私が独占しているのですね。王太子様であることを考えなければ本当にただただ嬉しいことなのですが、先を考えてしまうとやはり気が重いです。
「大丈夫です。クラウド様の想いをいっぱい感じられて良かったです」
因みに要求されたことは幾つかありますが、嫌なこともなければ変なこともありませんでした。クラウド様に変な性癖が無くて良かったです。まあ……
「無理しなくて良い。どう見ても疲れてるぞ。クリスは小さいのだから私の方が体力があって当然だ」
物凄い体力、精力の持ち主でしたけど。そういう意味で加減していたのですね。
「それはそうですが、だから言って休むわけにはいきま――――」
私が起き上がろうとするとクラウド様は肩に手を添えて止めました。そして少し真剣な表情になって、私の目を覗き込んで来ました。
「ここでクリスに無理をされるのは私が心配なのだ。だから、今日は一日休め」
「え? 流石に一日というのは……今日は元々休みの予定ではありませんでしたし」
侍女としてそこは譲れません。
「これはクリスに無理をさせた私の責任だ。だから休め。いいな」
うっ。そう言われてしまうと返しようがないですね。でも、
「分かりました。でもクラウド様。私は昨夜凄く嬉しかったですし、とっても楽しかったです。そして、クラウド様と二人の時間をもっともっと楽しみたいです。だからクラウド様が望むなら……またして下さい」
言い終わったと同時に恥ずかしさから布団を被った私です。
また要求してしまいました。いえ、断固として主張しておきますが、決して快楽が欲しいわけではありません。クラウド様が私に要求するモノが他のモノなら私はそれに全力で応えるでしょう。
あれ? 結局受け身ですね。私の望み…………「傍に居たい」これしかありませんね。
暫くすると、大きな手が優しく私の頭を撫で、
「ありがとうクリス」
同時に優しい言葉が降りて来ました。
「クラウド様?」
ちょこっと顔を出した私に優しい笑顔をくれたクラウド様が続けます。
「いつもそうやって私の望みを叶えようとしてくれて」
バレバレですか? まあ理解してくれているならそれはそれで嬉しいですけどね。
「クラウド様の望みを叶えることが私の望みです。クラウド様が幸せになることが私の幸せです」
だから余計にどうすれば良いのか分からなくなる時があります。
「私もだ。君が不幸になったら私も不幸になる。それを忘れないでくれ。愛しているクリスティアーナ」
名前を呼ぶ声と同時に愛情溢れたキスが降りて来ました。
勿論その日はそのまま休まされ、それ以降数日に一回、大抵は半日、酷い時は丸一日、休む羽目になった私です。元々侍女の人数は余っている部分もあったので、過剰状態がら適切な人数に切り替わっただけでしたけどね。というか、これを見越して侍女になって二年目のアンリーヌ様という人選だったようです。
そして、休みの時私が何をしているかと言うと、暫くやっていなかった刺繍です。後宮のドレス用の刺繍でも良いのですが持ち運びが大変なので断念しまして、また刺繍絵を描くことにしました。イブリックの時は風景画でしたので今度は人物画に挑戦中です。
え? まあ最初は……旦那様です。元々絵になる方ですから題材にはぴったりなのです。
あと、何度か飛ばしながら参加していた妾の集いにも良く出席するように成りました。相変わらず下世話、赤裸々な話ばかりですが、あれはあれで楽しいです。妾と言ってもそれぞれパートナーに想いがある方々ばかりですし、少し変わったコイバナだと思えば女の子同士盛り上がるのは当然です。お互いがお互いに秘密を守っていますしね。まあ当然の様に準正妃のことは秘密ですが、クラウド様の夜の顔は皆にバレています。勿論、エリアス様他、院生会員達の話も聞いていますけど……。というわけで、ジョアンナ様逹とはだいぶ仲良くなれたと思います。
そんな生活を送って数週間経ったある晩。
「淀み?」
「はい。それ以外言いようが無いのでお話出来なかったのですけど――――」
「解消されたと?」
本当に何だったのでしょう? 夜の営みの影響だとしたら悪化して当然の状況なのですが、逆に解消するとは思いませんでした。
「はい。本当にスッキリ解消してしまったので、逆に謎が大きくなってしまいました」
「……具体的にはどんな感覚だったのだ?」
「うーん。血の巡りが悪いと言うか、なんとなく息苦しいと言うか、最初は赤ちゃんが出来たのかとも思いましたけど、それも違いましたし……」
クラウド様が首を傾げています。……何故?
「妊娠は殆どしないぞ。水魔法で避妊していれば」
何ですと?
結論から言えば、クラウド様は最初から“私との”寮生活を楽しむ満々だったということです。




