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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第五章 新婚生活と魔法学院
102/219

#101.情勢変化

 五月上旬になりました。

 このところ体調が優れません。いえ、身体がダルいわけでもなければ熱があるわけでも頭痛や吐き気がするわけでもないのです。本当に何が悪いわけでもないのですけれど、調子悪い、身体に“淀み”があると言った感じでしょうね。夜の営みを毎晩続けているのは事実ですので、体力が持たなくなって来た、ということでしょうか? でもそうだとしたらもっと早くこうなっても不思議ではないと思いますし……謎です。


 そんな若干の体調不良を気にしながら、魔法学院が休日というわけでもないのに今日は朝から王宮に戻りました。

 あ、魔法学院の休みは六日に一日あります。大半の学院生は寮で寛いだり騒いだりしていますが、許可を取れば外に出られます。貴族令嬢だと社交に出ることが多いようですね。


 話を戻しましょう。授業のある日に学院を出て来た理由は、明日ルギスタンの外務大臣がエルノアに到着するという情報が入っているからです。


「ルギスタン帝国の外務大臣がセルドア王国の王都エルノアに来る」


 これは、セルドアの一般常識がらして天地がひっくり返るような出来事です。詳しい事情を知らない人がこの一報を耳にしたら、先ずは眉間に皺が寄るでしょう。そして言う筈です。「そんなバカな話があるか」と。

 ルギスタン皇帝の名代がエルノアに来ることは冠婚葬祭の度にありますが、外務大臣が来ることはないのです。その理由は単純で「ルギスタンがブローフ平原を諦める筈はない」というのがセルドア国民の極一般的な認識だからです。故に、十年と途絶えることなく小競り合いを繰り返して来たのですから。


 ルギスタンがブローフ平原を諦めない理由は主に二つです。


 一つ目はブローフ平原がルギスタンの主要部の目と鼻の先に在るからです。もっと言えば、ルギスタンの食料生産の中核を担っている平野は、ブローフ平原と同じ平野だからです。詰まりルギスタンにとって、ブローフ平原を敵対国に預けることは国民の生命が常に脅かされている状態に他ならないのです。


 二つ目は、数百年続いた周辺の国際情勢です。

 ルギスタンを中心に説明しますと、東に神聖帝国ゴラ、北東にデイラード教国、北にハイテルダル皇国、北西にルダーツ王国そして西にセルドア王国が存在しているわけです。以前説明した通り、セルドアとルダーツ、ルギスタンとハイテルダル、この二つの同盟が存在します。そしてゴラとデイラード、これは敵対国です。更にデイラードとハイテルダル、これも決して仲が良くありません。

 ゴラとハイテルダルに挟まれたデイラードが生き残っている理由は脇に置いておくとして、問題は、その対立によってルギスタンはブローフ平原に集中出来る状況にあったということです。詰まり、同盟を結んだわけではありませんが、デイラードを攻めたいゴラがルギスタンと敵対することはなかったということです。両国の間には高い山脈が在るので当然と言えば当然なのですけどね。


 そんなルギスタンの状況を常識として知りながら今回のことを受ければ、


 ──今まで第三国でしか交渉して来なかったルギスタンの外務大臣がエルノアに来たということは、両国の関係に決定的な変化が訪れるということか? しかし、ルギスタンがブローフ平原を諦めるというのも現実味がない──


 こう思うのが必然なのです。事実、私もそう思っていました。


 ある情報を耳に入れるまでは――――






 王宮に戻り簡単な報告を受けたクラウド様は今、王の間の近くの小さな会議室でジークフリート様を待っています。


「ガスリン侯爵というと代々外務大臣を勤めている大物だな。ただ、親セルドア派ではなかった筈だ」

「はい。保守的とされる第一皇子派のようです。ただ親ゴラ派の第三皇子派の方に来られるよりはマシですね」


 皇子と言っていますが第三皇子でもジークフリート様より歳上で、第一皇子なんてジークフリート様ではなくクラウディオ様と同世代です。レイフィーラ様と変わらないぐらいの孫が居た筈ですね。

 要するに、70を越える曾祖父ちゃんが退位しないで居座っているということです。……大丈夫ですか?


「派閥関係なしに外務大臣だから来た可能性の方が高そうだな」

「そうですね。もう外交官同士による交渉は始まっていますから今日中には方向性が見える筈です。……私には想像出来ません。どうしてルギスタンが?」


 怖いことが起きたりしませんよね?


「想像することに然程意味はないが、ゴラかハイテルダルに動きがあったと考えるのが自然だろうな」

「……両国が本格的に同盟へと動き始めたということですか?」

「いや、同盟だけならその標的はデイラードだ。これは今までと変わらない。エルノアに外務大臣を出さねばならぬような変化があったとしたら、その矛先がルギスタンへと向いたと考えれば辻褄が合う」


 確かにそうですが、それは流石に大きく動き過ぎです。デイラードに本格侵攻をしようとすると、ハイテルダルにはルダーツとセルドアが、ゴラには大陸東部の複数の敵対国が、それぞれ後顧の憂いとなるのです。だから今の今までデイラードがその国土を維持してきたわけですし……。


「失礼致します。殿下、陛下がお越しです」


 突然会議室に入って来た近衛騎士様がそう言うと、殆ど間を開ける事無くジークフリート様が入って来ました。そしてそれに続いて来たのが、


「ユンバーフ様」


 ユンバーフ・アシュマン様。レイフィーラ様をイブリックに連れて行った外交官で、今はセルドア国民として外交に携わっている方です。

 思わず呼んでしまった私の声を聞いて此方を見たユンバーフ様は、少し驚いた後納得したような表情に成りました。……感心するような事がありましたか?


「知り合いか? いや今は良い。扉をしっかり閉めてくれ」


 ジークフリート様は私達のやり取りを疑問に思ったようですが、本題が重要なのか直ぐ席に着き話を始めました。そして────


「まだ推測の域を出ない話だが、ハイテイダルとデイラードが近付いている。ゴラもそう言う動きを見せつつあるようだ」


 爆弾を投下しました。


「……ハイテルダルは分かりますが、ゴラとデイラードの対立は根深い筈。それこそルギスタンとセルドアとは比較にならない程。なのに近づいていると?」


 ゴラとデイラードの間で大きな戦争があったのは僅か二十年程前の事です。双方に甚大な被害があったと聞きますし、そう簡単に両国間の敵対感情が消えるとは考え難いです。とは言え、王制を布いている国家同士ですから、王同士が合意すれば同盟を結ぶことだってあり得るわけですし……。


「ルギスタンの外交官がそう言う見方をしているのははぼ間違いありません。今日の夜までには更に詳しい話が聞けると思います」


 ……根回し交渉で随分と重要な情報を引き出したのですねユンバーフ様。


「それがルギスタン側の流言という可能性は?」

「無くはありません。しかしそうなるとあの外交官は相当な手練れ、あの容姿ですからエルノアで役者をやった方が下っ端の外交官より実入りが良いでしょうね」


 何故か嬉しそうに話すユンバーフ様です。


「……ルギスタンがそう見ているのは間違いないということか。確かにそれぐらいの事が無ければ突然大臣をエルノアに寄越すなどしないかもしれんな」

「ブローフ平原で最後に小競り合いがあったのが丁度十年前。国境の接していないルダーツを頼るのも不可能となれば、ルギスタンがセルドアを頼るのは必然と言えば必然だ」


 今の話が本当なら最も追い詰められているのは三つの国に囲まれているルギスタンですからね。セルドアと対立している場合ではなくなります。


「しかし外交部の方は何をやっているのでしょう? 確信めいた部分があるからこそルギスタンも動いたわけで、こんな状況になるまで何故気付かない?」

「ビルガー公がそんな事を考えている訳がない。奴が警戒しているのはルギスタンとハイテルダル、それと精々ゴラの動きでデイラードは無警戒だ。秘密裏に動いていたのなら嗅ぎ付けられなくて当然だな」

「……世襲なのも考え物ですね」


 セルドアの外務大臣は代々のビルガー公爵が務めていますからね。官僚は動きがあってもトップがずっと同じ家と言うのも問題が大きいでしょう。と言うか、情勢がここまで動くという事は想定していないのでしょうね。


「平時ならそれ程問題はないがな。有事には確かに大問題だ」






 「西の盟主」の王と王太子の嘆きを聞いた一ヶ月後、セルドア王国とルギスタン帝国の間で二年の停戦協定が結ばれました。


 そしてその二年後。この協定が私の命運を左右したのでした。






2015年11月中は毎日零時と十二時に更新します。

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