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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第五章 新婚生活と魔法学院
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#100.個性的な院生会員

 院生会室の応接間の奥に位置する扉は執務室と呼ぶべき部屋への扉です。それを開けると見えたのは、手前の大きな長方形のテーブルとその奥に扉に向いて並ぶ五つの二人掛けの大きな執務机。そして更にその奥にはもう一回り大きな執務机が在り、今そこでは銀髪の美少年が作業中です。いえ、部屋の中にクラウド様以外が誰もいないとかいう話ではなくて、単純に私の視界に映っているだけです。

 五つの執務机は、それぞれ会長、副会長、書記、会計、監査が座る場所で、会長の机は一段高くなっているのですが、それより更に高くなっているのがクラウド様の執務机です。その代わり他の院生会員からは少し離れて奥まった場所に机が在りますけどね。


 ……王太子が在学中でない時はどうなるのでしょうか? まあなんにしても、一段高く大きな執務机を使っているクラウド様の権限は、他の院生会員とは比較になりません。何しろ、魔法学院の全権がクラウド様にあるのですから。


「こちらが学院規則の変遷表です。それからアンリーヌさんのところにあるのがその議事録です」

「議事録の整理は?」

「粗方終わっていますが、私の見たところ参考になるものは見当たりませんでした。そもそも慣例化したモノに議事録がある筈はありませんので」


 上位貴族令息ならばほぼ自動的に院生会員に成れるのは規則にはない只の慣例なのですが、それを覆すのは並大抵の努力では足りないでしょう。無茶なことを考える方ですね。


「まあそうだろうな……三年では無理かもな」


 少し嘆くような口調になったクラウド様です。まあそれを変えたくなった気持ちは良く解るのです。何故なら、


「もう四時ですわ。お茶をする時間が無くなってしまいますわよクラウド様」


 ずっとこんな調子の方に出入りして欲しいとは誰も思わないでしょう。

 部屋に入って来るなり、クラウド様にお茶の催促をしたのはヴァネッサ・ベルノッティ侯爵令嬢です。クラウド様の王太子就任前の一年間、何度となくクラウド様に言い寄り、その度に冷たくあしらわれても全くへこたれないある意味称賛に価する方です。個人的にはハンナ様辺りを見習ってへこたれて欲しい方です。


「ヴァネッサ。君はカイザールの手伝いでここに来ているのだから少しは弟を手伝ったらどうだ?」

「それは殿方のお仕事ですわクラウド様。それに不肖な弟とは言え我が家の嫡子。院生会の書記ぐらい熟してみせましてよ」


 まあ確かにベルノッティ姉弟はまだマシなのです。本人も手伝いの方も何もしていないオルトラン様に比べれば。


「手伝う気がないなら出て行け。誰も君とお茶を共にするとは言っていない」

「ならばここにお茶をお持ちいたしましょう」

「大事な書類もあるからこの部屋で茶は禁止だ。邪魔をしないでくれ」


 そもそも、強い権限を持った役職の手伝いが誰でも出来るという慣例がおかしいのですけどね。残念ながらこういう慣例を作ってしまったのは大半が王族なのでクラウド様もそう簡単に覆すことは出来ないでしょう。


「あ!」


 入口に近い大きな机で大量にある議事録を種類別に纏めていたアンリーヌ様が声を上げて固まりました。彼女が持ち上げた書類がするりとその手を離れ、ヴァネッサ様のスカートの裾を掠めて床に落ちたからです。


「申し訳ございません」


 数瞬後、平謝りしたアンリーヌ様に、


「わたくしの服を汚した上に自分から口を利くなどなんて非常識なのかしら?」


 ヴァネッサ様はリシュタリカ様とすら比較にならない高飛車な物言いをしました。因みに着ているのはセーラー服に似た学院の制服です。妙に可愛いデザインなのですよねぇ。


「学院生なら基本的な規則ぐらい覚えておけヴァネッサ。学院内で身分は適応されん。それにその程度で服は汚れない」

「何故そんな規則があるのか甚だ疑問でしたの。クラウド様は慣例に囚われるなと仰いましたね。そんな規則廃止いたしませんこと?」


 ……逆の提案をされてしまいましたねクラウド様。


「はあ〜。バカげたことを言うな。学院の教師の半数が平民だから出来た規則だ。それとも、上位貴族が教師をやってくれるのか? もしくは魔法学院自体を小規模とするのか? いずれにしても国の損失が大き過ぎるだろう。これ以上下らないことを言い続けるようだったら出入り禁止にする。それが嫌なら今すぐこの部屋を出ていけ」


 全く隠さずにため息を吐いたあと、とても冷たく言い放ったクラウド様です。


「なんにしてもクラウド様。わたくしが貴方様の伴侶となるのは云わば運命。そのことを忘れないで下さいませ」


 へこたれないですねぇこの方は。まあ踵を返して出ていっただけでも良かったですけど。


「ありがとうございましたクラウド様」


 ヴァネッサ様が出ていった後、アンリーヌ様がその場で頭を下げました。


「気にすることはない。あの程度でいきり立ったヴァネッサがおかしい」

「相変わらず愛想がないなぁクラウド様は。もう少し優しくしてやればヴァネッサ嬢も少しは大人しくしているだろうに」


 爽やかな笑顔を見せながらクラウド様に提案したのは、鮮やかな緑髪でガタイ良い中背の少年、院生会副会長ヨーゼフ・クライフアン侯爵令息様です。因みに次男です。


「逆だ。甘やかしたら間違いなく付け上がる。一度やってどれだけ後悔したか。いや、そのせいでああいう態度になったのだ。あの程度で引き下がるようになったのも最近のことだな」


 クラウド様がヴァネッサ様に優しくしたのは私と出会う前のことだそうです。その経験が未だに彼女の中でクラウド様がヴァネッサ様を想っているという根拠のようですね。

 ただ、ヴァネッサ様がクラウド様に本気で恋をしているように見えないのです。彼女も身分社会の犠牲者の一人なのかもしれませんね。高飛車な性格なのは間違いありませんが……。


「だってよカイザール。クラウド様に変なことをしないように姉上をちゃんと見張っておけよ?」

「ぼくが言って聞くような姉上ならここには連れて来ない。姉上を止められるのは父上とクラウド様だけ」


 ヨーゼフ様と問いかけに答えたのは、綺麗な黄色い髪でなよっとした話し方のヒョロ長の少年、カイザール・ベルノッティ侯爵令息様です。この方は嫡子です。


「そもそも正妃候補として一番に名が挙がるのはシルヴィアンナ。それが何故然も自分以外あり得ないと言いたげな態度をとれるのかが疑問だ」

「子供の頃、父上は姉上を「正妃にする」と断言した。姉上はまだ信じてる」


 只の親バカですか? いえ、ヴァネッサ様にも充分に問題が有りそうですね。


「ふーん。というか、姉に引っ付いて歩いていたカイザールが学院に入ってからは別々にいるところを良く見るけど、何があったんだい?」

「他人の事情に踏み込み過ぎだ。ヨーゼフは部外者だろう?」


 ヨーゼフ様、それは恐らく……。


「そうだな。悪いカイザール。気にしないでくれ」

「ぼくは特定の誰かに命令されるのが好きなんだ。その対象が姉上ではなくなった。それだけ」


 今はジョアンナ様ですね。


「……変わった趣味だなぁ。でも良いのかい? その言い方だと今もそうだってことだろう?」

「だとしてもあのまま姉に付いて回っているよりずっと良い。何が切っ掛けかは知らんが一度変われたならまた変われるかもしれない」


 ジョアンナ様が、元娼婦が上位貴族の運命を変えたならこの国では凄いことでしょうね。


「切っ掛けはシルヴィアンナ嬢に言われたこと」


 え? シルヴィアンナ様? ジョアンナ様ではないのですか?


「そう言えば去年縁談が持ち上がっていたな。何を言われた?」


 シルヴィアンナ様とカイザール様に縁談が持ち上がったのは去年の10月ぐらいでした。カイザール様は嫡子ですから、クラウド様のことがなければ、シルヴィアンナ様とカイザール様の縁談が持ち上がっても何ら不思議ではないのです。この動きは恐らく、シルヴィアンナ様とカイザール様の縁談を固めてヴァネッサ様を正妃にしようというベルノッティ侯爵家の思惑が働いていたのだと思います。


「姉に付いてばっかりで自分で歩いていない人を相手に出来ないと怒られた」


 怒られた?


「シルヴィアンナらしいな」


 怒ることがシルヴィアンナ様らしいのですね。普段はどんな方なのでしょう? 社交会で顔を見るだけなので全く想像が着きませんね。


「彼女は私を直ぐ「ミラに嫌われる」と脅して来るからなぁ」

「お前は少し自重しろ。幾ら実の妹でも可愛がり過ぎだ」

「可愛いものは可愛い。ああ、我が愛しき天使よ。後二年の辛抱だよ」


 シスコン?


「考えたら会いたくなった。クラウド様次の休日に外出許可を出してくれ」

「外出許可ぐらいエリアスに頼め。それに妹に嫌われても知らんぞ」


 まともな方かと思っていましたが、ヨーゼフ様も変な性癖の持ち主のようですね。


 今季の院生会は本当に変な方ばかりのようです。会長のエリアス様は毎晩イリーナ様を縛って……な方ですし、副会長のヨーゼフ様は筋金入りの妹好きの方のようです。そして書記のカイザール様はジョアンナ様に縛られて……な方ですし、会計のオルトラン様は論外です。加えて、上位貴族令息四人中三人が嫡子です。

 監査のレイノルド様は良く知りませんが、


 ご苦労様ですクラウド様。






2015年11月中は毎日零時と十二時に更新します。

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