#99.院生会
クラウド様が魔法学院に入って早くも三ヶ月が経ちました。
魔法学院在学中の王太子は、学院で授業を受けながら王太子の公務、事務処理を熟し、必要な社交会には出て行かなければなりません。しかも、重要書類を学院に持ち込むわけにはいきませんので度々王宮に戻る必要があるのです。そんなわけでクラウド様は非常に忙しい日々を過ごしています。事務処理を夜に回せばそこまで忙しなく働く必要はないのですけどね。
え? 夜は何を?
その質問は黙秘権を行使させて頂きます。まあ……仲良く成りましたよ。結婚する前より。私は相変わらず受け身ですが、二人の仲は深まる一方だと思います。どう変化したか敢えて言うなれば、お互い求めるモノが何となく分かるように成った、という感じでしょうか? いえ、夜の私は受け身のままですよ?
話を戻しましょう。私も基本的に授業以外はクラウド様に同行します。これは今まで通りですが、王宮までの往復移動時間と例の妾の集いで、自由なる時間が更に減ってしまいました。というよりは、夜時間がなくなってしまったので刺繍をする時間がなくなりました。昼間時間が出来てもクラウド様の仕事を補助するための勉強に時間が取られますからね。そう言えば、結婚してから一度も刺繍をしていないですね。老後まで続けられる趣味なのに……。
因みに、お妾さん達とは結構仲良く成れました。秘密を共有している感覚で親近感が湧くのでしょうね。まあ、私はあの方々にも側妃の事は秘密にしていますが、流石にこれは話せませんからね。
幸い、今のところ私の噂は特にありません。正妃争いも再び膠着状態にありますし、一時期王宮で燻っていた「クラウド様が侍女を愛でている」という噂は、デビュタントのシルヴィアンナ様をエスコートしたことで消えていたのです。その後、「仲の良い二人」が劇的な進展を遂げたことを知っているのは一部のみですね。
さて、話は変わりますがこの間学院内で選挙がありました。セルドアで選挙? とも思いましたが、上位貴族令息がたくさん居る今の学院では殆ど形式的なモノでした。何しろ五人中四人が記名信任投票でしたから。
当選したのは、ビルガー公爵令息のエリアス様他三名の上位貴族令息と子爵令息のレイノルド・ルアン様の計五名の方で、複数の候補者の中から選ばれたのはレイノルド様だけです。
そして何に選ばれたかですが、「院生会」に選ばれたのです。
院生会とは学院内の自治組織。要は生徒会です。但し、一部予算の執行から院生規則の変更、問題のあった学院生の処分まで、実質的に決定権が有りますから生徒会より遥かに権限が大きいですけどね。
ただそれは飽くまで――――
只今私は結構な量の書類を抱えてアンリーヌ様と一緒に学院のある場所を目指しているのですが、その場所までもう少しという所でとある集団に遭遇しました。私達の目指す方向へとゆっくり動くその集団の中心人物は、
「オルトラン様! 是非とも私をお傍に!」
「橙色の貴公子様。貴方以上に美しい生き物は存在しません」
「今度お部屋に呼んで頂きたいですオルトラン様」
オルトラン・ヘイブス伯爵令息様です。オルトラン様は、長身ではありませんがスラッとした体型の美少年で、確かに綺麗なお顔をした方です。魔技能値も70を越える伯爵家の跡取りですから、引く手あまたなのは当然ですが……既にカマラ様とソアラ様のお二人を囲っていたにも関わらず、今年入学して三ヶ月でハーレムを築いたのです。親元から離れて好き勝手やり始めたということでしょうね。
まあ実際に手を出しているのはその中の一部らしいですし、意外と相手を選んでいるようなので今のところ大きな問題には至っていませんが、そのうち必ず……だと思います。何より当人が、
「マーガレットは今日美しいな。私と共に在りたいのなら皆もマーガレットぐらい美しくあってくれ」
「「「はい」」」
こんな調子ですから。いえ、今の言葉が「美しい者以外近付くな」という意味ならまだましなのですが、「美しさを競え」という意味なのです。来る者拒まずでハーレムに引き入れて、美しさを競わせる。問題が起こらないとは思えません。
「行くぞマーガレット」
「ええオルトラン様」
「「「キャー」」」
黄色い声が上がる中、オルトラン様が優雅にマーガレット様をエスコートして入った部屋は、私達の目的地だったりします。
「確かにオルトラン様は綺麗な方だけど、私はやっぱりエリアス様。男らしい身体が素敵だわ」
「男らしい身体なら筋肉でしょう。ヨーゼフ様の方が逞しいじゃない」
「あんなゴリゴリのどこが良いの? スラッとした長身のカイザール様の方が素敵よ」
「カイザール様はひ弱に見えるわ。当然クラウド様でしょう」
「私も断然クラウド様。普段無愛想だけど自分にだけは笑ってくれるとかだったら最高」
「望みの全くない妄想は良いとして、オルトラン様だけは――――」
「「「絶対嫌」」」
ハーレム要員以外の一般的な女生徒はこんな感じで遠巻きに嫌悪しているようですね。
ハーレムが立ち去ったのを見て目的の部屋の前まで来た私はその豪奢な扉をノック――――
「クリスティアーナ様」
しようとして後ろから声が掛かりました。
「アンリーヌさん?」
振り向くと小柄なその身体を更に小さくし、不安気に瞳を揺らすアンリーヌ様の姿がありました。
「とても不安そうですね。どうしたのですか?」
そんなに不安なことがありますか? ……あ!
「大丈夫です。ハドニウス様みたいなことをする方はいませんよ。中にはクラウド様もいますし」
ジョアンナ様達には悪いですが、一部を除き決して信用出来る方々ではありませんけどね。
「いえ。そうではなくて……中に居るのは上位貴族のご令息ばかりですよね?」
「はい。そうですが……」
「何か粗相があったら大変です」
……今更?
「何かあったとしてもクラウド様は守って下さると思いますよ。上位貴族令息より王太子の方が遥かに立場は上ですから」
何しろ、令息が付かない上位貴族より上の身分の王族の中でも二番目の地位ですから。
「それはそうなのですけど……クラウド様が身内に優しいのは良く知っていますが……」
人見知りですか?
「これからクラウド様がこの部屋に居ることは増えると思いますし、アンリーヌ様一人で来る事もあるかもしれません。私と一緒の時に入れないとしたら王太子付きを辞するしかなくなりますよ」
クラウド様には私一人で出歩くなと言われていますし、アンリーヌ様一人という可能性はかなり高くなるでしょう。……過保護な旦那様です。王国騎士が警備している学院内で事件なんて滅多に起こらないのですよ?
「……分かりました。行きます」
豪奢な扉をノックし返事を受けて入ったその部屋は……初めて来た時から思いましたが、応接をする為の部屋ではありませんよね? カード用のテーブルだとかロッキングチェアなんかがあって、どう見てもサロンです。
「よおクリス。良く来たな」
私に声を掛けたのは、上位貴族が使うに相応しい上質なソファーに腰を下ろして目の前の低いテーブルを使って事務仕事をしている紫色の髪の美少年、グレイ・ベイト様です。ベイトです。お母様の実家と言えるベイト伯爵家です。私の一個上ですから小さい頃は良く一緒に遊びました。所謂幼馴染です。
「もう退位なされたのにお忙しそうですねグレイ様」
……何故奥の部屋でやらないかが疑問です。その低い机ではサインもし難い筈です。まあグレイ様は良心的な方なのですけどね。仕事をしているのですから。
「クラウド様に頼まれてなぁ。エリアスとヨーゼフはちゃんと出来るのを連れて来るから良いが、カイザールとオルトランは、特にオルトランは……」
本人が仕事をしないことが前提というのが凄いですね。まあクラウド様が居るから大丈夫でしょうけど。
「クリスも手伝ってくれよ。太子の仕事を手伝ってこれぐらいはやっているんだろう?」
「学院生ではない私がそれをやるのは問題かと」
逆に結局の所学院生であれば誰でも良いのですよねぇ。手伝いを自由に一人連れて来れるのですから。
「誰がやっても同じ雑用なんだけどなぁ……」
「相変わらずだなグレイは。そんな侍女なんぞに話掛けて」
突然割って入ったのは真っ赤な髪の長身の美丈夫。エリアス・ビルガー様です。
「大した話はしていないのだけど?」
「お前は上位貴族の自覚が足りない。学院生でもない人間と気安く話すな」
7年前のリシュタリカ様並に選民意識が強い人ですね。この方がビルガー公爵家の嫡子なのです。まあ上位貴族の選民意識はこれぐらいで常識なんですけどね。ベイト家の方が変わり者ですから。
「彼女は「金髪の魔女」と「王国最強の男」の娘なんだよ? 話す価値は充分にあるさ」
「……侍女。お前も少し自重しろ」
「承知致しました。しかし、声を掛けられて答えないのは失礼に当たりますので、自重するのは私ではなくグレイ様かと」
私は声を掛けてませんからね?
「だねぇ。まあ僕は自重する気ないけどねぇ」
「……下らない話をしていたら叩き出すからなグレイ」
「ああ、程ほどにしとくよぉ」
威圧感バリバリのエリアス様を飄々と躱すグレイ様。相変わらずです。前会長は一応自由に出入りする権限があるのに一切それに触れませんし……。
因みにこの部屋の入退室の権限を今持っているのはエリアス様です。何故なら彼は、先日院生会会長に成ったわけですから。まあクラウド様が簡単に覆せるのですけどね。
そうこの部屋は、「院生会室」の応接間。
学院自治の中心部という名のサロンです。
2015年11月中は毎日零時と十二時に更新します。




