009.Any Way You Want It<大人買い>
お盆が終わり中華まんの販売が始まると、その几帳面なコンビニの店長はとても不安な気持ちになる。
販売終了まで、クレームを受けずに無事に済むだろうかと。
その常連さんは、ショートカットの金髪が可憐な美少女だ。
一日に複数回来店しカゴ一杯に調理パンやスナック菓子を詰め込んで、いつも黒いクレジットカードで会計を済ませる。
そして中華まん専用のスチームマシンが店頭に並ぶ様になると、彼女はぽつりと一言注文をつけ加える。
「ケースの中の中華まん、全部ちょうだい」
ああ、今年もか……。
満杯にスチームマシンに詰め込んである場合20個以上になるが、その常連さんは大きな包みを嬉々として持ち帰る。
客単価がいつも高くとても大事なお得意様なのだが、一旦スチームマシンが空になってしまうと中華まんは補充するまで売り切れだ。
あらかじめ解凍してある中華まんをスチーマーにいれても、蒸すのに30分ほど時間がかかるからだ。
店内の空きスペースに余裕があればもう一台スチームマシンを導入したい所だが、残念ながら先日導入したコーヒーマシンのお陰でそのスペースが無い。
新規にバイトを始めた女の子が不思議な表情で私に聞いてくる
「店長、こんなに中華まん大量に解凍しちゃって大丈夫なんですか?」
「ああ、これでも足りないくらいなんだよ。常連さんでケースに入っている分を毎日全部買う人が居るから」
「全部ですか?」
「ああ、日によっては2回、3回来る時もあるから」
中華まんが売り切れと聞いて、上目遣いでとても悲しそうな表情を浮かべるのは本当に止めて欲しい。
POSデータで表示されている数より、余分に解凍したくなるじゃないか……。
☆
中華まんはレギュラーメニューが数種あるが、それに加えて奇抜な味のメニューも多い。
特に甘味系にその傾向が強いのだが、常連のその子は分け隔て無くどのメニューであっても買っていってくれる。
地区担当のスーパーバイザーは、ウチの店の中華まんの売り上げの数値がおかしいと言う。
こんなに満遍なく全ての商品が売れる訳ないでしょ?という意見もご尤もです。はい。
ある日、あの常連さんの同僚というやはりモデルのように綺麗な女性がやってきた。
「いつもうちのマリーがお世話になっております。特に中華まんではご迷惑をおかけしているのではないかと……」
「いえ、常連さんで沢山ご購入いただいてますので、迷惑などという事はありません。
ですが、他のお客さまからいつ来ても中華まんが売り切れというのはどういう事かとクレームも多いですが……」
「やっぱり……。それでご相談なんですが、御社の本部の仕入れ担当の方の連絡先を教えていただきたいのですが」
「はぁっ?」
「私ども大使館のメンバー全員がここの中華まんのファンでして。できれば冷凍状態のまま直接購入させていただけないかと」
☆
それ以来Congohトーキョーのリビングルームには、エスプレッソマシンの横に業務用の肉まんスチーマーが置かれるようになった。
ちなみに冷凍状態のままの業務用中華まんは、Congohの定期配送便で週2回数百個単位で配送されている。
当初スチーマーに入れるのはアイザックにやって貰おうと思っていたユウだが、柔らかい中華まんを綺麗に棚に並べるのは意外と難しく、結局は手の開いたメンバーの仕事になってしまった。
愚連隊のメンバーが遊びに来た時に、夏場におかれるようになったソフトクリームマシンも含めてなんか段々とお店みたいになってきてるねという一言に反論出来なかったユウなのであった。
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