008.Fee Fi Fo Fun<七輪の威力>
Congohトーキョーではメンバーが当番制で作る夕食を食べる場合、前日迄に電子掲示板にチェックを入れる事になっている。
チェックを入れたメンバーは夕食担当のメンバーに対して、当日のキャンセルをしないように配慮しなければならない。これはメンバー間の信頼関係というよりも家族に対する約束であり、また食材を無駄にしない為の措置でもある。
その日の夕食はユウの担当だったが、前日までのキャンセルが重なり希望者が誰も居ないという珍しい事態になっていた。
夕食については滅多に外食しないマリーも、常連のビストロにディナーメニューの試食に招待されているので珍しく不在になっている。
前日には料理の仕込みが必要無いのが解っていたユウだが、この日の当番をキャンセルして外食する切っ掛けが掴めなかった。
何故なら冷蔵庫には程良くエイジングされたランクの高い牛肉がだぶつき気味になっていて、これらを賞味期限切れとして無駄にするのはあまりにも勿体無いからだ。
(先週にでも愚連隊にステーキの差し入れでもするべきだったなぁ……。
まぁ折角の機会だから、自分の好きなメニューだけで『一人焼肉』って奴をやってみようかな)
普段Congohトーキョーでは使わない新品の七輪を倉庫から取り出し、ガス台で真っ赤に焼いた備長炭を七輪にスタンバイする。
これをリビングで使うのはあまりにも無謀なので、キッチンのコールドテーブルで吸排気フードの真下に七輪をスタンバイする。
牛肉は普段は使わないスライサーを使って、部位毎に厚みを変えて全部で5kgほど用意した。
米帝では5ポンドのステーキを楽々と完食した経験があるので、5Kgなら(夕食のボリュームが足りなかったマリーの乱入も計算して)食べきれるとの判断である。
一人焼肉の気分を出すために、ロースやサーロインは部位毎に分けて皿に盛り、市販の評判の良いミルクカートンに入ったタレで漬け込んである。
焼肉屋のようにタンやホルモンが無いのが残念だが、次回は絶対に用意する事にしようとユウは決心する。
ユウ好みの水菜のサラダもボウルに大量に作り、ワカメスープと炊きあがった炊飯ジャーもセット完了。
まず網目の上に脂が適度に入ったロースから並べていく。
炭火にはぜる脂から煙が立ち上るが、大容量の空調が勢い良く吸い込んでいるので煙たくは無い。
キッチンにあるドリンク・サーバーから冷やしておいたジョッキにビールを注ぐと、ユウは豪快にジョッキを傾ける。
「ぷはーっ!」
居酒屋に居る親父のような声を上げたが、誰に聞かれる訳は無い……という目論見はいきなり外れてしまった。
いきなりキッチンに来訪者があったからだ。
「ユウ、何か食べる物……おいおい、なんか旨そうな物を喰ってるじゃないか!」
「あれっ、フウさん?夕食は不要だって言ってませんでしたっけ?」
「ああ、予約していた酒席のツマミが不味くてさ。頭に来て帰ってきたんだ」
フウは自分でドリンクサーバーからビールを注ぎ、ユウから受け取った小皿のロース肉を頬張る。
「おおっ、これは旨い!エイジングしてるから、肉の風味が強いな」
フウはビールを飲みながら、七輪に豪快に肉を並べていく。
「ユウさん、何か食べる物って……あれっ、フウさんまで!それにしてもこの肉の香りは……」
今度はアンがキッチンに顔を見せた。Congohトーキョーでは良くある事だが、キッチンにいつの間にか人が集まり予定外のパーティが始まってしまう。
そろそろマリーが登場しそうな予感がしたユウはビールジョッキを片手に、残っている牛肉を冷蔵庫から取り出しスライスしてタレに漬け込んでゆく。
数分後……
「ユウ、おなかすいた!」
「マリー、ビストロの試食はどうだったの?」
巨大なドンブリにご飯を盛って、焼肉をびっしりと敷き詰めた焼肉丼をマリーの前に置きながらユウは尋ねる。
「美味しかった!だけど量が少なすぎ。全然足りない!」
レンゲを使ってタレが染みたご飯をかきこみながら、ようやくマリーが笑顔になる。
こうして七輪を使った焼肉パーティが、Congohトーキョーのキッチンで延々と続いていくのであった。炭火焼きの牛肉の旨さに気が付いてしまったメンバーのおかげで、冷蔵庫の牛肉のストックはあっという間に無くなったのは言うまでも無いだろう。
お読みいただきありがとうございます。