007.Baby, I Love Your Way<かえしの後悔>
Congohトーキョーのメンバーは、何故か蕎麦が大好きだ。
綺麗な箸使いでメンバー全員がズルズルと音を立てて蕎麦をすする様子は、もはや外国人とは思えないシュールな光景である。
ユウもCongohトーキョーのキッチンで蕎麦打ちをする事があるが、マリーが居る場合かなりの大事になってしまう。
手打ちで大量に蕎麦を打つのも難儀するが、それに加えてマリーを満足させる量の蕎麦を食べ頃に茹でるのはかなり大変だからだ。
茹で置きをすると味が極端に落ちるし、大量に美味しく茹でるにはキッチンで一番大きな巨大寸胴にお湯を貼らないといけないので兎に角手間と時間がかかるのである。
よってメンバー全員で蕎麦を食べる場合には、フウの提案で近所の蕎麦屋へ連れ立って行くのが恒例になっている。
その蕎麦屋は木枠のガラス引き戸とモルタル床のかなり年季が入った店で、壁には昔ながらの短冊に書かれたメニューがずらりと並んでいる。
この店は蕎麦以外にも常連のリクエストで出来たツマミのメニューが豊富で、夕方からは食事が出来る飲み屋としてもかなり繁盛している様だ。
「はい親子丼大盛りです」
……
「はい鰻玉丼大盛りです」
……
「チャーハン大盛りです」
……
「はいオムライス大盛りです」
……
マリーのアペタイザーとして注文したご飯ものが次から次へと席に届く。
丼は蓋が完全に閉まらない本当の大盛りだし、チャーハンやオムライスも平皿からはみ出しそうなボリュームだ。
これらはマリーの注文だからかさ増ししているのでは無く、昔気質のこの店では当たり前の分量なのである。
この店にもカツ・カレーはしっかりとメニューに存在するのであるが、カレーの香辛料でそばつゆの味が判らなくなるという理由からマリーが注文する事は無い。
わざわざカレーを注文しなくても、彼女は甘じょっぱい醤油の味付けも大好きだし、オムライスのシンプルなケチャップの味付けも結構気に入っているようなのである。
「おばちゃん、盛り蕎麦大盛りで5枚頂戴!」
前菜を瞬く間に食べ終えたマリーは、やっと厨房に蕎麦を注文した。
卵焼きを肴に日本酒を静かに飲んでいたフウも、マリーの後に天ざるを注文する。
アンは既に鴨南蛮を食べ終えて、デザートの葛切りを日本茶と一緒に味わっている。
アンはジェラートショップを経営しているので、日頃からニホンの甘味の研究に余念が無い。
今日は調理から開放されているユウは手持ち無沙汰かというとそうでは無く、生ビールのグラスを片手に蕎麦掻をじっくりと味わっている。
ユウは手打ち蕎麦に関してはそれなりの技術を身につけているが、専門の職人さんには到底かなわない自覚はあるのでじっくりと研究する良い機会なのである。
「カツ丼大盛りでお願いします。あとビールのお代わりを下さい」
味の研鑽の為にまず盛り蕎麦に行きたいユウであったが、空腹に耐えきれなくなったようで先に丼物を注文する事にしたようだ。
フウの天ざるが来た後に、ユウのカツ丼がやっと運ばれて来た。
ダシの香りがふんわりと漂い、フタの隙間からのぞくカツの衣と卵とじの黄色。
甘さだけでは無く深みがあるツユでとじられた脂身のある薄いロースカツは、あふれる肉汁とツユが混ざり合いしっとりと柔らかく、口の中で豚肉の旨みを強く感じさせる。
衣は濃いキツネ色だが揚げすぎの苦味も無く、しっかりと盛られた白米はツユの旨みが染み込んでいてカツが無くても美味しく食べられてしまう。
(ああ、この『蕎麦つゆ』を使ったカツとのバランスはやっぱり真似できない!)
トンカツは、カツサンドやカツカレー用に研究しているのでユウも自信を持って作っているが、カツをとじるツユに関しては到底真似が出来ない。
もちろんかなり昔に師匠から『かえし』の作り方や『蕎麦つゆ』の仕込み全般を習ってはいるが、少量を作るのは難しく味もなかなか納得できるものが出来ないのである。
(火を通しすぎないロースカツと、ツユで煮るタイミング……ああ、もっと師匠にちゃんと教わっておくんだった!
カツ丼すら未だに満足の行く味に出来ないなんて、料理に限って言ってもまだまだ先は本当に長いなぁ……)
街の蕎麦屋で、ちょっと哲学的な思いを吐露するユウなのであった。
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