005.Hot House Ball<お冷に入ったスプーンの店>
ニホン式カツカレーを非常に気に入ったマリーは、金曜のカレーの日以外にも食べたいとユウに頻繁にリクエストするようになった。
ユウの作るカレーはまかない料理として長年かけて完成されたもので、辛さの中にもほんのりとした甘みを感じられる複雑な味がマリー以外のメンバーにも好評なのである。
ユウは金曜日のカレーの仕込みを増やして出来上がりを一部冷凍する事で対応していたが、それでも他のメンバーがマリーの食べる姿に食欲を刺激され在庫を切らしてしまうのは仕方がない事である。
もちろんマリーが常連である須田食堂でもカツカレーは食べられるのだが、小麦粉とカレー粉を使ったレトロな昔風のカレーは、マリーには違うジャンルの料理として認識されている様である。
ちょっと離れた商店街には黒いカレーソースが特徴の●沢カレーの店もあるのだが、こちらは「載っている揚げ物が不味くて、カレーソースもなんか後味が悪い」との事でマリーの口には合わなかった様だ。
生憎とCongohトーキョーの最寄りの商店街には、他にマリーの口に合いそうなカレー店は存在していない。カレーがメニューにある牛丼店については肝心の牛丼がマリーの口には合わないので足を踏み入れることは無いし、数件のファミレスのカツカレーはマリーの舌を満足させる事が出来なかったのである。
そんな時にマリーはユウが教えてくれた(もちろん店主には根回し済みの)、Congohトーキョーからかなり離れた場所にあるカレー店に向かう。
大通りからちょっと奥まった路地にあるその店は、木製ガラス戸の慎ましい外見のカウンターだけのカレー専門店だ。
マリーの姿を見かけると、カウンター中央に居た店員が冷蔵庫から揚げていないパン粉のついたカツをかなりの枚数フライヤーに続けて投入する。
わざわざ聞くまでも無く、マリーの注文がわかっている様だ。
マリーは入店と同時に目の前に置かれたエスプレッソカップに入ったアイス・コーヒーに手を付けずに、スプーンを片手にカレーが配膳されるのを今か今かと目を輝かせて待っている。
マリーの目の前に置かれたのは、白いジャンボ用カレー皿に大きく盛られたカツカレーだ。
挽肉の粒が目立つ濃度の高いカレーソースの上には常に揚げ置きされている厚みが薄めのカツが均等にスライスされて乗っていて、ご丁寧にカレーソースがしっかりとカツの上にも重ねがけされている。
マリーは小さくいただきますと呟くと、ボリューム満点のカツカレーをすごい勢いで食べ始める。
ユウの作るカレーには挽肉は入っていないが、カレーソースの濃厚さとカツの衣の風味はとても良く似ている。
濃い目のドロドロのルーだが不思議と喉越しも良く、口の中には爽やかなカレーの風味だけが残るバランスの取れた味なのである。
この店には全てのトッピングをジャンボカレーにのせた『全部のせ』というメニューも存在するが、マリーがそれを注文することは無い。
薄いカツとルーの組み合わせが気に入っているというのが大きいが、他のトッピングのコロッケやシューマイを食べるならば常連である須田食堂の方が遥かに美味しいからであろう。
都合5杯のカレー皿が空になると、マリーは小さなエスプレッソカップを一息で飲み干し席を立った。
店員に輝くような笑顔で「おいしかった。また来るね」と店を後にする。
デレた男性店員の笑顔はこの店では滅多に見られないレアな光景だが、フードファイター以外の女性客が来ることは滅多に無いので多少気味が悪くても大目に見て欲しいものである。
お読みいただきありがとうございます。