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004.All I Want<タッチパネルの悪魔>

 Congohトーキョーのメンバーは、紙媒体の新聞が好きである。

 毎日届けられる新聞は、お約束の『夕刊トーキョースポーツ』を含めると5紙になるが、そのいずれもメンバーによって熟読されて読まずに廃棄される事は決して無い。

 もちろん折込チラシさえ、特定メンバーにはきちんと熟読されているほどなのである。


 朝ドラを見終えたマリーは、毎朝の習慣で分厚い折込チラシを真剣に見ている。

 カラー印刷で食べ物の写真が多い折込チラシは、日本語を勉強中のマリーにとっては読んでいて楽しい教材でもあるのだ。

 その中で回転寿司新規開店の広告を見つけたマリーは、ユウに向かってポツリと言う。


「ひさしぶりに、廻るお寿司が食べたいな……」


 ユウは即答せずに、フウの方をチラリと見る。

 フウは一瞬の躊躇の後に、アイコンタクトで小さく頷く。


 フウとユウはこれから起きる出来事についてかなり細部まで予想できているが、マリーに行っちゃ駄目などとは口が裂けても言えない。

 マリーがCongohトーキョーに留まっているのは、美味しい食事が好きなときに食べられるというその一点が大きな理由なのだから。


 急遽業務をフウに非番にして貰ったユウは、マリーに同行しチラシの回転寿司店の前に来ていた。

 平日の開店時間前なので、花輪が並ぶ店頭にはごく少数のお客のみが整然と並んでいる。

 新装開店で他店舗からのヘルプが多数居るので、店内では多くの従業員が慌しく準備しているのがわかる。


 数分後、簡単なセレモニーが行われ店は開店した。

 廻るレーンの出口付近の席に案内されたマリーは、隣席のユウが二人分の湯呑に緑茶を入れるのを横目で見ながら目の前のタッチパネルを操作していく。

 普段電子機器を操作する機会が無いマリーだが、彼女は決して機械音痴では無い。

 タッチパネルの画面表示が追いつかない程の速度で、迷う事無く次々と注文を重ねていく。

 あっという間に注文済み画面は複数ページに及び、既に注文数の合計は100皿近くになっているかも知れない。


 多分厨房の中は、予想外の大量注文で大慌てになっているだろう。

 開店直後でレーンには何も廻っていないので、他のお客の注文も立て込んでいる筈だ。


 回転レーンには寿司が全く廻っていないのを見たマリーは、疎らに流れ始めたデザートを根こそぎ取って行く。

 開店直前に載せられた冷凍ケーキは、解凍が進んで丁度食べごろになっている筈だ。

 ミルクレープやチョコレートケーキがほぼ二口で皿の上から消え去り、マリーの席には開き皿がどんどん積み上げられていく。


 この時点で、マリーの最初の注文がやっと直通レーンで運ばれてくる。

 好物の納豆巻きやサーモンロール、定番メニューの白身やマグロの数々。

 普段全く食べる機会が無い、ひかりモノの握りの注文もかなり多い。

 レーンから片手で皿を下ろしながらも、マリーは片手を器用に使って飽きる事無く食べ続ける。

 マリーの前に積み上げられる、開き皿はすでに50枚を楽に越えているだろうか。


 彼女の日常の食事は、ユウがCongohトーキョーの厨房で作る場合でも大盛り5~6人前が基本になっているので彼女が満腹になる事は殆ど無い。

 外食でも、普通の定食屋では追加注文は時間がかかるので、ご飯のお代わりはしても追加で注文を入れる事は殆ど無いのである。


 だが近年の回転寿司チェーンで当たり前になっているタッチパネルの注文システムは、マリーの注文に対する遠慮や躊躇を消し去ってしまう恐ろしいシステムであると言える。

 回転寿司チェーンに限らずタッチパネルがある店でマリーが注文を行うと、どんな業種の店であってもマリーの食べるスピードと量に調理が追いついて来ないのである。


 最初の注文がやっと半数程到着した時点で、マリーは次の注文を出し始めた。

 やはりその数は軽く100皿は越える数になっているだろう。

 通常の回転レーンには、やはり何の皿も廻っていない。デザート類の皿はマリーが食べつくしてしまったのでそれすら見当たらないのである。

 

 こうして厨房にはオーダーがどんどんと溜まっていく。

 新規で入店するお客さんが時間の経過と共に増えていくがレーンには何も廻っていないし、タッチパネルで注文をしても注文した品が上がってこない。

 マリーの前には散発的に少数の皿がやってくるが、一瞬にして開き皿になってしまい待ち時間がますます増えていく。

 マリーは焦れてしまって、さらに大量の注文を繰り返しタッチパネルに入力し続ける。


 客席からも注文がぜんぜん来ないと不満の声が出ているが、マリーも出てこない注文に関して頬を膨らませて滅多に見れない不機嫌な表情をしている。

 おそらくパニックになっている厨房から険しい表情で責任者らしき人物が現れてマリーの席にやってくるが、目の前に積み上げられた米粒一つ残っていない開き皿と注文が届かずに不満気な表情の美少女を見て何も言う事ができず早々に厨房に引き下がってしまった。

 食べ放題でも無い普通の回転寿司で、一度に大量注文を入れないで欲しいと懇願する事は流石に非常識だと思い直したのだろう。

 この場合マリーは、大食いタレントやフード・ファイターか何かと勘違いされているのにほぼ間違いは無い。


「マリー、残念だけどこの店の厨房じゃマリーの注文を捌ききれないみたいだね」


「ユウ、こういうお店ってキッチンで機械が握ってるんじゃないの?」


「シャリは機械が作ってると思うけど、その後の作業は人間がやるんだ。その作業が追いつかないんだろうね」


「ふ~ん、待たされた上にユウが握ってくれるお寿司と比べると美味しくないし、変なの」


「マリー、これからは月一回好きなだけ握り寿司を食べれるようにするから、今日はこれで帰ろう」

 ユウはフロアに居る店員さんに会計を頼み、来ていない大量のタッチパネルの注文はキャンセルして貰うようにお願いした。


「えっ、オワフ島みたいにユウが握ってくれるの?」


「うん、約束する」


「……口直しは、フルーツと生クリームがたっぷりのパンケーキが良いな」

 ユウの一言でやっと笑顔を取り戻したマリーは、店を出ると上機嫌で呟く。


「ああ、この時間ならイケブクロのあそこへ行けば並ばずに食べれるかも」

 ユウはオワフに本店があるファーストフードの支店を思い浮かべていた。

 あそこならパンケーキ以外のメニューでも、マリーはボリューム的に満足できるだろう。


「じゃぁ、すぐ行こう!」

     

 月に一度、ユウが握りずしを皆に振舞う『寿司の日』はこのような事情で設けられたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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