033.Brand New Day<羊羹>
深夜、寮のリビングダイニング。
「シン、何か甘いものはありませんか?」
空腹というよりも、脳が活動するようにハナは甘味を欲しているようである。
「えっと、夜食じゃなくて甘いものが欲しいの?」
「はい。脳が糖分を求めている感じなんで」
「チョコレートバーはまだ配送で来てないから、あるのは羊羹くらいかな。
パンケーキかフレンチトーストなら材料があるから、すぐに出来るけど?」
羊羹が常備されているのは、不意にニホン人の来客が合った時のお茶請け用である。
定期配送便の注文可能一覧には有名店の和菓子も多くラインナップされているが、これはアラスカに滞在中の和菓子好きなトーコの母親の要望が大きいのだろう。
「羊羹ってなんですか?」
「小豆を使ったニホン伝統のお菓子。
じゃぁ煎茶と一緒に用意するから、ちょっと待っててね」
ニホン生まれでは無いシンの和菓子の知識は、すべて他人から教わったものである。
高すぎない温度で煎茶を入れて、デザート皿にカットした数種類の羊羹を並べる。
この高級羊羹の詰め合わせは、味が違う小さいサイズの羊羹6棹のセットになっている。
「色がそれぞれ違うのは、味が違うんですか?」
「これはお試し商品みたいなもので、色が濃くて黒っぽいのが小豆と砂糖、寒天だけのプレーンなやつかな。
明るい色合いなのは紅茶とか抹茶とかの味が付いてると思うけど、砂糖以外の甘味が入ってる蜂蜜とか黒糖もあるね。
どれも油分が少ないし自然素材だけで作られているから、チョコレートバーよりは毎日の夜食に向いてるって意見も多いみたい」
「これは和菓子っていう分類になるんですか?」
「うん。和菓子についてはユウさんとか、アンが詳しいけどね。
近くの商店街には、行きつけのお店も何軒かあるみたいだし」
「甘い!なんか砂糖の固まりを食べてるみたいですね」
「まず煎茶で口をリフレッシュして、少しづつ口に入れるんだよ」
「ああ、そんなにキツイ甘みじゃないんですね」
「もともと高級なお菓子だから、小豆と貴重だった砂糖を少量ずつ味わうものなんだろうね」
羊羹の味を気に入ってしまったハナは、カットしていない残りもあっという間に食べてしまった。
それ以来、冷蔵庫にはハナ用としてミニ羊羹の詰め合わせが常備されることになったのであった。
☆
Tokyoオフィスでは、最近は和菓子に凝っているアンがハナとお茶を飲みながら雑談をしている。
お茶といってもここではエスプレッソと和菓子の組み合わせが、ごく日常の光景なのであるが。
「シンが出してくれた羊羹で小豆の味に目覚めちゃいましたけど、和菓子ってほんとに奥が深いんですね」
ハナが頬張っているどら焼きはパンケーキのような皮で餡を包んでいるので、和菓子に慣れていないハナにも馴染みやすい味である。
それにエスプレッソとの組み合わせでも、全く違和感が無いのが素晴らしい。
「そうそう。小豆を克服できたフウさんも和菓子好きになりましたから、最近のTokyoオフィスでは3時のおやつは殆ど和菓子になりましたわ」
近くのテーブルに腰かけているマリーは、大判サイズのどら焼きがびっしりと入った菓子箱二つを空にすると、立ち上がってキッチンへ向かう。
まだ物足りないので、キッチンでハンバーガーを作るつもりなのだろう。
「定期配送便で手に入れた銘店のどら焼きですけど、マリーには二箱じゃ足りないみたいですわね。
ところで羊羹が気に入ったなら、水羊羹とか他の和菓子は食べてみましたの?」
「興味はあるんですけど、どこで手に入れた方が良いのか分からなくて
定期配送便のリストも、たくさんあり過ぎてどれを注文して良いのか迷いますよね」
「Tokyoオフィスでは、朝生菓子はこうやって購入してますのよ」
テーブルの上の団重ねの綺麗なお重の中には、色とりどりの和菓子が規則正しく並べられている。
これはお重を持ち込んで、近所の馴染みの和菓子屋にお任せで詰めてもらったものである。
店頭で注文すると偏りが出てしまうが、お店に任せると季節商品が入っていたりとバリエーションが楽しめるのである。
アンはお重から水羊羹を取り分けて、ハナに味見するように勧める。
「柔らかくてプルンってしていて、後味もすっきりしてますね。
これは羊羹と同じで、癖になりそうな味です!」
「和菓子の一つの醍醐味は、寒天とか葛を使った食感のバリエーションだと思いますわ。
ここのお店は有名店ではありませんけど、商店街で50年も続いていて地元の人達に愛されていますのよ。
朝生菓子は日持ちしないお菓子ですから、こういう地元のお店で手に入れるのが真っ当な食べ方なんでしょうね」
「なんかTokyoオフィスの方々ってすごい美食家で、近所のお店の和菓子なんて食べないのかと思ってました」
「それは全くの誤解ですわ。皆コンビニスイーツの新作も大好きですし、ただし添加物があまりに多いのは遠慮しますけど」
「コンビニで売ってるお団子とかにも、添加物が入ってるんですか?」
「本来は日持ちしないものですから、品質をキープするために必要なんでしょうね。
やっぱり本物の朝生菓子は、地元の和菓子屋さんで買うのが本流かと私は思いますわ」
その日以来アンを見習ったハナは、イケブクロの街角を地図片手に探索する事になる。
だがそこで目的以外の飲食店を偶然知ることで、彼女のニホン食に対する経験が大幅に増える事になるのであるがそれはまた別の話である。
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