028.Cut Your Loose<ハンバーガー番長>
Tokyoオフィス寿司の日。
「ルー、まだ生ものには慣れない?」
フウがデザインした作務衣姿のユウが、カウンターに座っているルーに尋ねる。
胸元には『金●寿司』という漢字が刺繍されていて、その服装の所為なのか寿司を握る姿も有名店の職人のような風格が感じられる。
ちなみにCongohは日本の最古参企業である金●組とは何の関係も無いので、使っている2文字の漢字はあくまでも当て字なのだが。
ユウの傍では小さいサイズの作務衣姿のエイミーが、慌ただしく不足しているネタの仕込み作業をしている。
最近はユウの一番弟子として寿司の日にも大活躍しているエイミーは、作務衣姿が可愛いと評判になっているようだ。
「うん、サーモンだけはマリネで慣れてるから美味しく食べられるんだけどね。
それ以外の生ものは、まだ抵抗があるかな」
「でも煮穴子とかエビとかは、美味しそうに食べてるよね」
「うん、酢飯のすっぱくてほんのり甘い味は好きだし、加熱してあるネタだと抵抗がないのかな。
食わず嫌いだってことは分かってるんだけど、長年の習慣は簡単には覆せないのかな」
「カルパッチョは食べれたっけ?」
「いや、やっぱり苦手なんだ。オイル漬けの魚なら、問題無く食べれるんだけどね」
「今度の寿司の日は、前日の仕入れや仕込みから見学してみる?
全部の工程を見るのも、なかなか面白いと思うよ」
☆
翌月某日の早朝。
「あれっ、周りの店は開いてないのにここだけもう営業してるんだ」
エイミーと共に仕入れに同行しているルーが、ユウに声を上げる。
ユウ自身はアリゾナ育ちなので、Tokyoでの魚介類の仕入れについては特別なコネクションを持っていない。
飛び込みでツキジの場内で仕入れを行うには仕入先の情報が足りないので、近場の商店街にあるこの有名店を利用することが殆どである。
「ここは当日仕入れた鮮魚だけで、商売しているからね。
大将、おはようございます!」
「おおっ、ユウちゃん久しぶり!」
「大将、週一回は来てるんですから、久しぶりは勘弁して下さいよ」
「ははは。それで今日の仕入れは?
こんな早朝に来るってえことは、江戸前の材料が欲しいんだろ?」
「ええ、最近青魚の注文が増えてるので、クーラーボックス満杯分ですかね」
「へえっ、食べるのは殆ど外人さんなのに、光り物の注文が多いなんて凄えな。
いつも通りコノシロとアジ、アナゴが中心で?」
マグロや海老はユウがジャンプを使って海外から直接仕入れてくる場合が多いので、この店で購入するのはTokyo近海でしか入手できない物が必然的に多くなるのである。
「ええ、色々と選ばせて貰って良いですか?」
「あんまり良いのだけ、持っていかないでよ」
「エイミー、手を貸してくれる?」
「はい。ユウさん」
ユウはエイミーに目利きの知識について手ほどきをしながら、クーラーボックスに詰める魚を選んでいく。
エイミーは真剣な表情でユウの解説を聞きながら、生魚を躊躇なく手づかみでボックスに詰めていく。
ユウはエイミーを同行するようになってから、仕入れで失敗をした事が一度も無い。
ユウの目利きの技術以外にも、エイミーには来歴が分かってしまう特殊な能力があるからである。
ユウが選んだ一品であっても、エイミーが躊躇する場合には何らかの問題がある事が確実なのである。
「エイミーって、こんな事まで教わってるんだ」
「はい。尊敬する師匠ですから、身になりそうな事は何でも吸収してます」
「体力的な問題が無ければ、仕入れはもうエイミーに完全に任せたい位なんだけどね」
苦笑まじりに話すユウの一言は、実はお世辞では無く彼女の本心から出た一言なのであった。
……
「エイミーって、包丁使いも上手なんだね」
サイズの小さなコノシロを、鮮やかな手並みに両開きにしていくエイミーを見てルーが感嘆の声を上げる。
ちなみにルーも普段着で厨房に出入りすると衛生上の問題があるので、今日はエイミーと同じタイプの作務衣を身に着けている。
「キャスパーは不器用で有名なのに、エイミーは凄く器用だからね。
同じ出身なのに、こんなに違うのはビックリだよね」
「へへへ。先生が良いですからね」
「寿司って、生魚をざっくり切ってごはんに乗せるだけかと思ってら、こんなに手間がかかるんだ……」
「皆が大好きな煮アナゴも、握りにするまでが大変なんだよ。
江戸前の技法は、切って握るだけという簡単なネタは少ないからね」
煮汁の濃度を味見で確認しながら、ユウが答える。
「仕入れた大量の生魚があるのに、なんか嫌な臭いが全然しないね」
「新鮮なものだけ仕入れているし、処理も丁寧にやってるからね。
この烏賊は捌く前までは元気に生きてたやつだけど、ちょっと食べてごらんよ」
捌いたイカを細いソウメン状に切りそろえたユウは、醤油をかけてルーの目の前にそっと置く。
「ええっあのニョロニョロを食べるの?……あれっ、甘いっ!烏賊ってこんな味がするんだ!」
習いはじめた箸を使って躊躇いがちにイカそうめんを口に運ぶと、ルーは初めて味わった美味しさに感嘆の声を上げる。
「新鮮な刺身は、命を分けて貰ってるって感じがするでしょ?
だから無駄なく使って、美味しくいただくのが大事なんだよ。
これがニホン独特の『いただきます』という言葉の意味でもあるからね」
☆
Tokyoオフィス昼食時。
「今日のお昼は、仕込みで余ったネタで作ったちらし寿司だよ。
火を通したものが多いから、ルーでも食べやすいでしょ?」
「美味しいっ!
調理の過程を見てるから、なんか安心して食べれるような気がするよ。
寿司ってもっと原始的な料理かと思ってたんだけど、いろんな技術を使った洗練された料理だったんだね」
「昔は温度管理の技術が無いころに、ネタに手を加えてなんとか食べれるように工夫したのが始まりだからね。
これで握りの生ものも、徐々に克服できると良いね」
「あれっ姐さん、その大皿に並んでいる包みは何?」
「ハンバーガー。作り方を習ったから、自分でもオリジナルバーガーが作れるようになった!
ちらし寿司の特盛りだけじゃ、足りないから」
「あれっ、姐さんって料理が出来るんだ?」
「ハンバーガーの作り方を教えたら、スパチュラを使う手際も良いしこっちが驚いたよ。
もしかして記憶を無くす前には、凄腕料理人だったのかもしれないね」
ちらし寿司を食べながら、ユウがルーの発言に応える。
ちなみに手際の良さに驚いたのは、お世辞では無くユウの本心である。
「明日の寿司の日に備えて、ご飯以外のものを食べておいた方が楽しめるから!
ユウの握る寿司をお腹一杯堪能できるのは、とっても幸せ!」
「ふふふ、ありがとう。
最近は優秀な助手がいるから、前よりも仕込みが楽になって助かってるよ」
ユウがエイミーに小さくウインクすると、彼女は満面の笑みを返してくれる。
「でもちらし寿司と、ハンバーガーの組み合わせって変じゃない?」
ルーがハンバーガーの包みに手を伸ばしながら呟く。
「元々江戸前の握り寿司は、当時の庶民向けのファーストフードだったんだよ。
今日はちらし寿司だから、ピラフとかパエリアと一緒に食べてると思えば違和感も無いでしょ」
「ユウもハンバーガーを味見してみて」
マリーの一言でユウもラッピングを広げて、ハンバーガーに噛り付く。
ユウが以前試作した時には、単純なケチャップとチェリーペッパーの組み合わせだったのだが、ソースの味がより複雑なものに変わっている。
挟まれている風味が強いエメンタール・チーズとのバランスも良い感じだ。
(色んな料理を食べてるだけあって、この具材とソースのバランスは凄いかも知れない。
マリーはやっぱり味覚が鋭いんだろうな)
「マリー、ソースがとっても美味しい!新しい組み合わせを考えたら、また食べさせてくれる?」
「了解!」
マリーは笑顔でユウに敬礼を返す。
この瞬間、Congohトーキョーには後に語り継がれる『ハンバーガー番長』が誕生したのであった。
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