027.Babylon Sisters<焼鳥>
今日の夕食は珍しくユウとマリーの二人だけである。
この場合はマリーの意思が最優先されるので、まず何か食べたいものが無いかどうかを尋ねてみる。
マリーの希望によっては外食になる場合もあるし、特に希望がなければユウが普段から作っている定番の夕食になる場合も多い。
今日の彼女の希望は『美味しい鶏肉料理』が食べたいというものだったので、Tokyoオフィスに来ていたルーを誘って三人で外食をすることにする。
キッチンには急いで処分しなければならない食材や仕込み済みの料理は無いし、以前からニホンの居酒屋に行ってみたいと言っていたルーのお願いを思い出したからである。
向かったのは頻繁に利用しているTokyoオフィス御用達の焼鳥店で、ここは焼き鳥以外にもマリーが大好きな丼物やツマミのメニューが充実した使い勝手の良い店である。
「大将、新しいご飯メニューが出来たって聞いたけど?」
東欧系の美少女2人とユウとの組み合わせを、この店の大将に限らず商店街の面々が邪険に扱うことは無い。
ニホン語が堪能で気前よく注文してくれる大使館のメンバーは商店街にとっても上客であるし、何より良く食べる美少女や美女が店に居ると雰囲気が華やぐからである。
「うん。マリーちゃんに食べてもらいたくて、来てくれるのを待ってたんだよ。
あれっ、そっくりな子が一人増えてるけど、妹さんなのかな?」
「うん。ルーは17才になってるから、ビールは飲酒可能だから宜しくね。
ウイスキーとか強い蒸留酒の注文が、もしこの子からあっても断って良いから」
「ユウさん、ニホン酒はダメなの?
味見程度しか飲んだ事がないから、試してみたいな」
「まぁ、Tokyoオフィスと一緒で私が居るから今日は飲んでも良いかな。
大将、とりあえず生3つで。
マリーはいつも通りにご飯メニューから、私たちはお任せで焼き鳥のコースでお願いします」
「はい喜んで!妹さんの方は何か好き嫌いはあるのかな?」
「この子は肉の脂が強い部位も大丈夫だし、ジビエにも慣れているから満遍なくいつも通りに出して欲しいな」
冷えたビールジョッキで喉を潤すと、早速ルーがユウに向き直って尋ねてくる。
「ねぇユウさん、ここって鶏肉料理の専門店なんだよね?」
小声でしかもスペイン語なのは、店の偉い人がカウンターに居るのでニホン語で質問してはあまりにも不躾な内容だと思ったのだろう。
「うん。普段他の国で出ないような鶏のいろんな部位を、美味しく調理して出してくれるんだよ」
細かい気配りも出来るようになったルーを好ましく思いながら、ユウは笑顔で返答する。
「うわぁ、何か楽しみだな。
ああっ、姐さんの食べてるご飯も美味しそう!」
「ははは。いきなり親子丼を食べちゃうと、他の楽しみが減っちゃうからね。
マリーはここのメニューは一通り試してるから、お腹を落ち着かせてから焼き鳥を注文するんだよ」
「ん。ルーはまず勉強してから」
……
「どう、口に合うかな?」
正肉から始まったコースは、ボリューム満点のつくねを挟んでセセリやハツ、ボンジリなどが万遍なく出てくる。
レバーや砂肝もジビエを食べなれたルーにとっては特別では無く、どの串も残さずにに綺麗に平らげている。
「ユウさん、鶏肉ってこんなに色んな味があるんだね。
餅粉チキンも好きだけど、ここの焼き鳥もすごく美味しい!」
「餅粉チキンは、基本的に腿肉だけだからね」
「味付けが、串ごとに違うのは何でなの?」
「たれと塩の味付けは、それぞれの部位にあった味付けになってるんだよ。
全部同じ味付けで頼む人も居るけど、店の人に任せた方が美味しく食べられると私は思うんだけどね」
「この串が特に美味しいね。脂が香ばしくてもっちりしていて好きだなぁ」
「それは地鶏の首の皮を重ねて焼いた鶏皮だね」
「えっ、こんな美味しいのが皮だけなの?」
「素材の鶏が良ければ、調理次第でどこを食べても美味しいって事なんだろうね。
この鶏皮は博多風で、仕込みにかなり手間が掛かってるみたいだし」
旺盛な食欲で串を平らげるルーとユウを見ながら、ここで大将が声を掛ける。
「一旦ここでご飯ものを出して良いですか?」
「ええ、お願いします」
すでに2杯の親子丼を食べ終えていたマリーにも、新しいご飯ものが一緒に出される。
そのメニューは丼ではなく、大き目なサイズのお重に入ってる。
「これが新しいメニューの、鳥重です」
「大振りの腿焼きとソボロの組み合わせは三食丼みたいですけど、真ん中に乗ってるのはネギと茄子の野菜焼きなんですね。
へえっ、下のごはんは茶飯なんですか?」
「ええ。海南鶏飯からヒントを得て、薄い醤油風味の鶏だしで炊いたご飯なんですよ」
「ああ、炊き込みご飯というよりは、具が無いからひつまぶしの感じに近いですね。
お重全体の一体感があって、とっても美味しいです」
「うん、美味しい!」
「大将、これお代わり!」
マリーは早くも鶏重の追加を注文している。
「ルー、胃袋も落ち着いたろうから、ちょっと日本酒を飲んでみる?」
「うん。銘柄はユウさんのお任せで!」
「大将、久●田の純米大吟醸ってありますか?」
「今日はラッキーな事に萬寿があるよ。でも日本酒初心者の子には、ちょっと贅沢なんじゃない?」
「この子は、バーボンをミルク代わりに飲んで育った飲兵衛なんで、酒の味がわかる子なんですよ」
「ユウさん、その言い方は傷つくよ!親父の晩酌に付き合うために、嫌々飲んでたのにさ」
「まぁ飲んでみなよ。飲み頃の温度に冷えてるから」
『もっきり』で出されたグラスは白木の枡に納まっているが、お約束通りこぼれた日本酒が枡の中に納まっている。
ユウの真似をしてルーはまずグラスに口をつけて、溢れそうなグラスの中身を口に運ぶ。
「うわぁ、何これ!すんなりと喉を通っていくよ!
ユウさん、もしかしてこれってすごい高級な日本酒なの?」
ユウは枡に溢れた分の中身を飲み干しながら、笑顔で大将に目線を向ける。
「まぁ市販の日本酒の中では、かなり上等な品ですかね。
でもヴィンテージワインとかとは違って、ちゃんと流通しているものだから」
「ルーは、ケイさんと話が合いそうだね。
ケイさんも日本酒が大好きだし」
「ああ、あの防衛隊の凄みがある姉さんでしょ?
あの人も実戦経験が豊富で、手ごわそうだよね」
……
ご飯メニューにとりあえず満足したマリーが、焼鳥の注文を開始する。
大将もマリーの食べる量を良くわかっているのか、表に下がっていた暖簾がいつの間にか仕舞われている。
店内のお客さんもいつの間にかユウ達3人だけになっているので、もはや貸切状態である。
「大将、とりあえず鶏皮20本と、つくね20本、腿の正肉10本と、軟骨も10本で!」
「はい喜んで!」
マリーの注文は、仕込み済みの串が尽きるまで終わらない。
普段はアルコールを口にしない彼女だが、焼き鳥を食べる時だけは大ジョッキを片時も離さずに飲み続けるのである。
マリーの注文した串を横から分けて貰いながら、ユウとルーも飲み続ける。
普段は口にすることが無い居酒屋メニューであるサラダや、焼きおにぎりもルーはしっかりと堪能している。
そして何より日本酒をすっかり気に入ってしまったルーは、大将の講釈を聞きながらさまざまな銘柄を味見させて貰っている。
仕込みの串がすべて無くなって、本日の3人の夕食はようやく終了したのであった。
「いやぁ堪能したなぁ!ニホンの居酒屋って、みんなあんなに美味しいのかな?」
「みんなでは無いが、ニホンの飲食店はレヴェルが高い。それが私が此処に居る大きな理由のひとつ」
マリーはルーと手をつないで歩きながら、素っ気ない口調で言う。
二人の後ろをついて行くユウは、二人の手を繋いで歩く姿を微笑みを浮かべながら眺めている。
姉妹のように並んで歩くその姿に、遥か昔にキャスパーと手を繋いで歩いた時のことを思い出したからであろう。
「あと勿論、Tokyoにはユウが居るから」
突如振り返ったマリーは、普段は見せない満面の笑顔でユウに呟いたのであった。
お読みいただきありがとうございます。




