024.Lost And A Long Way From Home<醤油味のオムライス>
ユウがエイミーと初めて出会ったのは、数か月前のイケブクロの街角だった。
たった一人で見知らぬ惑星に放り出された彼女はパニックを起こす事もなく、強い意志が感じられる眼差しでシンをじっと見つめていた。
その光景は今も忘れることなく、ユウの脳裏にしっかりと焼きついている。
それ以来ユウは、エイミーのことがとても気になっていた。
Tokyoオフィスで見かけるたびにニホン語が上達していく彼女は幼いころのキャスパーそっくりな容姿で、傍で見ているだけでもユウの心は不思議な懐かしさで一杯になる。
過去を懐かしむという経験が全く無い彼女にとって、それは非常に珍しい感情なのである。
ある日、シン個人に防衛隊から指名が入り、丸一日トーキョーを離れることになった。
当然その間のエイミーの世話は、シンに次いで彼女と接点が多かったユウに任されることになる。
ユウは詰まった予定を全てキャンセルして、久し振りの余裕がある一日をエイミーと一緒に過ごそうと決めたのであった。
☆
「ねぇエイミー、ひさびさのオフだし二人でデートしてみようか?」
「ええ、喜んで。でもキャスパーさんには内緒ですよ」
「ははは。
ところで、ヘリコプターで移動中のシン君は心配じゃないの?」
「あっ、飛行機嫌いについてはもう問題無いと思います」
「???」
「私が出来ることはまだまだ少ないですが、軽いトラウマを癒すのは得意ですから」
☆
「何か食べたいものはある?ここの魚介類のフライは、とっても美味しいんだよ」
この洋食店はキャスパーから教わった評判が高い老舗で、ユウもたびたび訪れて味の勉強をさせて貰っているお気に入りである。
「私、オムライスが好きなんです。フライパンが重くて自分ではまだ作れませんけど、料理を勉強中なのでここのも食べてみたいです」
エイミーはメニュー表を見ていた顔を上げて、ユウに微笑みかける。
出会って数ヶ月だが、彼女は身長が伸びただけでは無く纏っている雰囲気が大人びて来たような気がする。
「えっ、料理を勉強中なの?」
ユウは会話をしながら、背後に立っていたウエイトレスさんに手早く注文を済ませる。
「はい。シンに少しずつ習っていますが、ユウさんも機会があったらぜひお寿司とか教えてください」
「うん、了解。握りずしは簡単には習得出来ないけど、魚の捌き方から教えてあげるよ」
暫く料理談義が続いた後、ようやく注文していたメニューが運ばれてくる。
ユウがいつも注文するカキフライやエビフライと一緒に、オムライスがテーブルの上に2つ置かれる。
外見は固めに焼き上げられた卵に包まれた、トマトソースが中央にかけられたオーソドックスなオムライスである。
「へぇっ、ここのオムライスは中身がチキンライスじゃないんだ」
ユウは何度か訪れているが、初めて注文したオムライスの繊細な味のバランスに驚いていた。
中身のライスが古典的な焼き飯のような醤油味で、薄味ながらも香ばしい感じがとても食べ易いのである。
「えっ、これが普通じゃないんですか?」
エイミーは違和感が全く無いようで、美味しそうにオムライスを口に運んでいる。
「いや、ほとんどのオムライスの中身はトマトソースやケチャップで炒めてるのが多いと思うよ。
シン君って、意外と洋食も研究してるのかな……」
☆
後日、シンと昼食前のキッチンで会ったユウは、調理をしながらオムライスの中身についてシンに尋ねてみる。
「えっとですね……実は亡くなった母さんが、いつもそうやって作ってたんですよ。
卵を入れないチャーハンみたいな中身で、醤油の風味を付けて。
あれっ、でもトーコはともかくエイミーは僕が作ったオムライスは食べた事が無い筈ですよ。
エイミーが来てから作る量が増えたから、仕上げに一手間掛かるオムライスは暫く作ってないと思いますけど……」
「でも彼女は、オムライスが好きってはっきり言ってたよ?」
「あれぇ?イケブクロで外食した時にどこかで食べたかな……。
エイミーって時々予想外のものが好きだったりするんで、驚かされる事も多いんですよね」
「予想外って?」
「僕の妹もそうだったんですけど、なぜか納豆とか塩辛とか好きだし。箸も初対面の頃から上手に使ってたでしょ?
母星にもしかして、同じような食文化があるのかななんて思っちゃいますよね」
エイミーと初対面の翌朝、そういえば誰に教えられるまでも無しに朝食を箸を上手に使って食べていた光景をユウは思い出していた。
「いや、キャスパーは納豆はぎりぎり食べれるみたいだけど、魚介類が好きな割には塩辛は苦手みたいだよ。
それに彼女は箸使いが今でもあんまり得意じゃないし」
「へぇっ、それは不思議ですね……。
あっ、お櫃に余りご飯があるからエイミーの分のオムライスも作ってみましょうか?」
巨大なアルミフライパンでマリーの分のパスタを仕上げたシンは、朝食で残ったご飯を、油が馴染んだ鉄のフライパンに入れて少量のバターで炒め始める。
冷蔵庫から作り置きのチャーシューと長ネギを素早く刻んで投入し、味付けに鍋肌から醤油を少しづつ加えて味を見ていく。
同時に火を入れたフライパンでは、半熟状態になったまとめる前のオムレツが出来上がり、炒めたご飯を投入しフライパンの柄を叩いて卵でオムレツを包んでいく。
「包む手際が素晴らしいね」
ユウが感嘆の声を上げる。似たようなものを彼女は作ることは出来るが、ここまでフライパンを上手には扱えない。
「亡くなった母がオムレツに煩くて、毎朝作ってましたから卵料理は得意なんですよ」
半分以上残ったライスを使って、ちょっと大きめのオムライスをもう一つ作ったシンは、それぞれのオムライスの中央にケチャップをハート型に描いて完成させる(さすがに文字は書かないが)。
二つめを作ったのは、言うまでもなくマリー用である。
マリーの取り分け用大皿に盛ったパスタと、それぞれ普通サイズのパスタ皿が食卓に並べられるが、マリーとエイミーにはオムライスの皿が追加される。
「これは?」
エイミーが不思議な顔でシンに尋ねるが、マリーはメニューが増えたのが嬉しいのか、オムライスが好きなのか満面の笑顔を浮かべている。
「朝食のあまりご飯があったから、おまけだよ。
エイミーも最近は食欲旺盛だからね」
エイミーは食欲旺盛という言葉に顔を少し赤らめながらオムライス用の大きなスプーンを手に取ると、ケチャップがかかった中央にざっくりと切り目を入れてから食べ始める。
「ん、美味しい……」
エイミーは輝くばかりの笑顔をシンに向けてくる。
シンはエイミーに笑顔を返しながら、エイミーのオムライスの食べ方に不思議なデジャブを感じていた。
中央に切り目を入れてから、真ん中から食べていくこの光景はどこかで見たことがあるような……。
(う~ん、思い出せない。学校のカフェテリア?……まぁエイミーが美味しそうに食べてくれてるから良いかな)
シンの鍛えられた観察眼であっても、先入観無しに物事を見るのはなかなか難しいのであった。




