023.Pecan Pie<コミュ障の彼女>
独立した短編として書いていたものなので、ちょっと長めです。
ユウが航空防衛隊在籍時の数年前のお話。
ユウが米帝で暮らしていた頃、彼女は街角のスナック・スタンドで買い食いをするのが好きだった。
昼食はバイト先で店主夫婦とまかないを食べるのが習慣だったが、自転車で移動を繰り返して運動量が多いユウはとにかく小腹が空く事が多かった。
そんな時ホットドック・スタンドは彼女の胃袋のオアシスだったし、スタンドで交わす少しの会話は彼女の人見知りの矯正にほんの少しだが役に立っていたのであろう。
ニホンで生活するようになってからは辺鄙な基地に配属された事もあってホットドック・スタンドに巡り合う事はなかったが、米帝と共同使用している基地に関してはささやかな役得があった。規模は小さいが有名ファーストフードの支店が入ったフードコートが、米帝基地の敷地内に設けられているからである。
本来ならば米帝基地の福利厚生施設を二ホンの航空防衛隊隊員が利用する事は出来ないが、ユウは米帝生まれで現在でも複雑な事情で米帝国籍から離脱していない。
ウイングマークを所持している基地司令官とパイロット仲間を通して親しくなったユウは、制服のまま利用しないのを条件にフードコートや米帝施設の利用許可を特別に貰っているのである。
ニホン語については殆どネイティブであるユウだが、米帝で生まれ育った彼女がホームシックに全く成らないという訳では無い。
ユウ本人は自覚が無かったが、故郷の街並みを思わせる居住エリアや馴染みのあるジャンクフードが食べられるフードコートは、スクランブルや煩わしい人間関係で疲弊したユウの精神を無意識の内に癒してくれるのである。
☆
ユウが非番の休日。
昼食を食べにいつものようにフードコートを訪ねると、珍しくテナントの一つの前に人だかりが出来ている。
どうやら新規開店したオールドスタイルのダイナーらしいが、有名チェーン店では無く個人経営の店舗のように見える。
「ねぇ、何であんなに人だかりになってるの?」
ユウは顔見知りの輸送機パイロットに尋ねる。
「なんか米帝海軍のコックだったOBがやってる店で、スパゲティが評判なんだってさ」
「げっ、ネイビーの空母ってメシマズで有名なんじゃないの?」
「おいおい、それは俺たち米帝軍に失礼だろ?」
「だってあんたらエアフォースでしょ」
「なんか空軍の偉い人が考案したメニューが、名物なんだってさ」
「えっ、空母の食堂に空軍の偉い人って……どういう繋がりなんだろうね」
「さぁ、ヴェトナムの頃の話だしうちの司令位の年齢じゃないと知ってる人も居ないだろうな」
その肝心の基地司令は、フードコートの奥の席で来客らしき男性?と談笑している。ユウと同じくジーンズ姿なので、今日は非番なのだろう。
厨房からは、食欲を刺激する香ばしいトマトソースの香りが漂ってくる。
簡単にサンドイッチでも食べるつもりだったユウだが、匂いに釣られてついついカウンターの方へ足を向けてしまう。
「レイズスペシャル?」
メニューの先頭に載っている米帝風ミートボール・スパゲティの見本写真が、ユウの目に入ってくる。
「はい、当店の一番人気メニューです」
カウンターの愛想の良い東洋系の女の子が、ニッコリとメニューを解説してくれる。
この辺りの接客は、米帝本国の不愛想なファーストフードの店員にも見習って欲しいものである。
「じゃぁこれをアイスティーとのセットで一つお願いします」
ユウは会計を済ませると、フードコート共通のBEEPERを受け取り空いている席に腰掛ける。
「お待たせしました」
喧しいブザー音で立ち上がったユウは、カウンターで出来上がった料理を受け取る。
「これは……」
カウンターでトレイを受け取って席に着いたユウは、平皿に大きく盛られたボリューム満点のパスタを見て驚愕する。
日本のフードコートで良く提供されているミニサイズのインスタントとは全く違う、ボリュームと手の込んだ本格的なソース。
ユウの母親が良く作ってくれたボロネーゼと違ってパンチェッタが入っていない代わりに、こんがりと焼き目が付いた牛挽肉の塊がゴロゴロと大きい。
またトマトとソフリットで凝縮された野菜の旨み成分が、牛肉の風味と交じり合い食欲をそそる香りを作り出している。
空腹だったユウは、トレイに一緒にサーブされたクラフトの大きな粉チーズを大量にふりかけると凄い勢いで食べ始める。
「どこかで食べた事がある味……そう!子供のころレイさんが作ってくれたスパゲティだ!」
レイはユウのアリゾナの自宅を頻繁に訪れていたが、食事を作って貰った記憶は殆ど無い。
数少ない例外はユウがまだ二ホン料理店での修行をしていない幼い頃に、母親が不在でレイと一緒に留守番をしていた時である。
慣れた手つきで厨房でパスタを作る姿は実に様になっていて、ユウは憧れの目で厨房に立つレイを見ていたのであった。
(防衛隊大学校に入る前に会ったきりだからなぁ……どうしてるかなぁ)
挽肉一粒まで残さずに懐かしい味を堪能したユウは、南部風のすごく甘いアイスティーで喉を潤す。
「どう?美味しかったでしょ?」
奥で司令官と談笑していたサングラス姿の男性が、ユウのテーブルに声を掛けてくる。
知り合いのパイロットが挨拶に来てくれたと思ったユウは、ゆっくりと目線を上げるがそこには彼女が見知った顔があった。
「レ、レイさん!!」
「フードコートに知り合いが店を出すと聞いたんで、ちょっと顔を出してみたんだ。
ここの司令官とも顔見知りだし」
思いがけない数年ぶりの再会にユウは自分の涙腺が緩んで来たのを感じるが、瞬きを繰り返し必死に堪えている。ここで泣き出してしまうと、周りの知り合いと何よりレイにみっともない姿を見せてしまう事になるからだ。
「いつ二ホンに?」
近くの席に腰かけたレイを潤んだ瞳で見つめながら、ユウが尋ねる。
「ああ、拠点をこっちに移すつもりでね。ちょっと下見かな」
米帝空軍予備役のIDカードを胸元に付けているレイは、周囲から注目されているのを気にせずに話を続ける。
米帝の施設に出入りしているユウであるが、飛び入り参加したCQC訓練で海兵隊のインストラクターを瞬殺したおかげでナンパ目的で声を掛けられる事は皆無である。
よって陰で男嫌いと囁かれているユウが瞳を潤ませて話をしている男性に、周囲の注目が集まるのは当然の事なのである。
「じゃぁ、これって本当にレイさんが作ったレシピなんですか?」
「うん、正確には昔母親から受け継いだレシピを自分風にアレンジしたものだけどね。
空母に分遣された時に、仲良くなったコックさん達に教えたのがいつの間にか広まってね」
レイと交わす僅かな雑談の間にも、ユウの険しかった表情が解けて少女の様に柔らかくなっていく。
防衛隊の知り合いが見ていたなら、普段のクールな彼女とは別人かと思えるほどの変わり方だろう。
「航空防衛隊の敷地には勝手に入れないから、顔を見れて良かったよ。
正式に面会を申し込むのも説明が大変だしね」
潤んだユウの目に映るレイの姿は6年程前に会った時と全く同じ……いやベットサイドで子守唄を弾いてくれた20年前と全く変わっていない。
「ヒッカムの司令官から合同演習で活躍した話は聞いてるよ。
ミッションは頑張ってるみたいだけど、二ホンの生活はどう?」
ユウはレイが口にした最後の言葉を、忸怩たる思いで聴いていた。
帰国子女として未だに様々なギャップを感じている現状を、レイに見抜かれているような気がしたからである。
「なまじ言葉や食事で苦労しない分、それ以外のすれ違いを大きく感じてしまうのは仕方がないかな。
肩の力を抜いて気楽にやっていけば、周りももっとユウ君のことを分かってくれると思うよ」
「あと、これアイから預かってたから」
渡されたショッピングバックには、平たく大きな白い箱が入っている。
「これからはしばらく二ホンに居るから、落ち着いたら連絡するよ」
レイは自然な動作で手を伸ばしユウの頭をひと撫ですると、お馴染みのくだけた感じの手首を回す敬礼をして食堂から出ていった。
その後ろ姿をじっと見つめながら、ユウは久々にリラックスした自分自身を感じていた。
(ああ、自分でもわからないうちに溜め込んでいたんだなぁ)
だらしなく緩んでしまった表情を隠すようにパイロットグラスを掛けて、ユウは周囲の目線を気にするように足早にフードコートを後にしたのであった。
☆
基地のメインゲートから数分の距離にある自室に戻ったユウは、コーヒーメーカーに水を補充して電源を入れる。
個人用としては珍しいハンドル付のエスプレッソマシンは、私物が少ないユウの部屋の中では異彩を放っている。
レイから受け取ったケーキ箱はユウにとっては馴染み深いもので、母親が昔から手作りケーキを保管するのに使っている特注品だ。
箱をあけると、透明なビニールに密封包装された地味な色合いのパイが姿を表す。
「そうだ、量があるからお隣さんにおすそ分けをしてみようかな」
先ほどレイに言われたからでは無いが、すべてにおいて余裕が無かったユウは基地の女子隊員とお茶会はおろか雑談ですら殆どしたことが無い。
同僚の女子隊員にとってユウは尉官であると同時に恐怖の対象になっていて、自分から話しかけてくる者は今でも殆ど居ないからである。
幸いにも基地から紹介されたこの賃貸マンションの隣には、良く顔を合わせる事務官の同僚が住んでいる。
それほど親しくはないが、偶にはこちらから声を掛けるのも悪くはないだろう。
隣のドアのチャイムを押すと、数分後にドアがそっと開く。
「は、はいっ。三尉、何か御用でしょうか?」
緊張した表情のショートカットの女性が、ドアの隙間から顔を出す。
勤務中は事務官らしくきりっとしている彼女だが、寝ぐせの付いた頭のままだらしなくスウェットを羽織っている。
「ハヤカワさん、非番の時に階級で呼ぶのは止めようよ。
ピーカンパイがワンホールあるんだけど、一緒に食べない?」
「ペカンパイですか!食べます!!」
表情が一変し、目を輝かせて彼女は答える。
米帝に留学経験があるらしい彼女は極度の甘党で、米帝のチョコレートバーが大好物なのである。
ユウがカミサリーで入手したニホンでは入手が難しいチョコレートバーを食べていると、いつも涎を流さんばかりに凝視してくるので何度かおすそ分けしてあげた事があるのだ。
「ミャオ」
小さな啼き声が耳に入ってきたので足元を見ると、玄関のたたきから小さな子猫がユウを見上げている。
「あれっ、真っ白で綺麗な仔だね」
このマンションは大家さんが猫好きなので基本的にペットの飼育も禁止されていないが、隣室なのにユウは気が付いていなかった。
もちろん長年黒猫を飼ってきたユウが、ネコの匂いに鈍感になっていることもあるだろう。
「ええ、まだ引き取ってから一月位なんですけどね。今奥に戻してきますね」
「いや、折角だから連れてきてよ。ネコは大好きだから、ぜひ挨拶させて欲しいな」
「飲み物は、カプチーノで良い?」
コーヒーメーカーから出るスチームでミルクを温めながら、ユウが尋ねる。
「はいっ、お任せします。
ああ、私の部屋とは、ぜんぜん違いますね」
ローソファーに猫を抱きながら腰かけている彼女は、興味深げに部屋の中を見回している。
胸元の白猫は、知らない場所におびえた様子も無くリラックスしているようだ。
「あはは、モノが少ないでしょ」
ユウの私物の殆どを占めている、大量CDコレクションはすでに音声データを吸い上げて温度管理がしっかりとしたトランクルームに預けてある。
それ以外にはほとんど私物が無いユウの部屋は、少数の家具といくつかの調理器具しかない殺風景な部屋である。
「おおっ、このナッツが香ばしくてたまらないですね!」
すごい勢いで食べていく彼女に、パイを追加でカットしながらユウは微笑んでいる。
母親もこんなに美味しそうに食べてもらえれば、きっと嬉しいに違いない。
「こんなに美味しいペカンパイ、米帝でも食べたことがありません!
ほんのりとコーヒーリキュールの香りがして、複雑な甘みが最高ですね。
どこで購入したんですか?」
「これはね……母さんが作ってくれたものなんだ」
いつの間にかユウの膝の上に移動した白猫は、リラックスした様子でうたた寝している。
ユウが慣れた手つきで柔らかい首元をマッサージしているが、白猫は嫌がる様子も無く喉を鳴らしている。
「すごいお母様ですね。こんな美味しいパイを作れるなんて」
「あはは、料理研究家だからある意味本職だからね」
「ユウさん、ずいぶんと猫を扱いなれてますよね。うちの仔は人見知りが激しいのに」
「子供の頃から飼ってたからね」
パイを食べ終えた後も雑談は続き、結局夕飯もユウがあり合わせで作った釜飯を一緒に食べることになった。
炊飯ジャーを使わずに、ガスの炊飯釜で作った釜飯を頬張りながらおしゃべりは続く。
「美味しい……ユウさんって、ほんと何でもできるんですね」
作り置きしてあった出汁と余りものの食材ながら、インスタントでは無い絶妙な味付けの釜飯を頬張りながら彼女は言った。
白猫はユウが作った鶏のささみ入りの手作り御飯を、一心不乱にがっついている。
「いやいや、特技と言えるのは唯一料理位かな。
私はいわゆる『コミュ障』だからね。初めて集団生活をしたのも防衛隊大学校が初めてだし、ニホン人としては当たり前だろう距離感が掴めないんだ」
「飛行隊では上手くやってるじゃないですか?」
「うちの隊長に関してはOBの父さんのお陰で、ずいぶんと贔屓してもらってるかも知れない。
他のメンバーについては、怖がられてるっていう感じかな」
「ハイスクール時代はどうだったんですか?」
「ああ、入学するときには既に大学に入れるレヴェルの学力があったから、通ったのは2日位で通学を免除されてね。
大学の聴講生で好きな科目を取りながら、二ホンに来るまで日々料理を修業しながら過ごしていたよ」
「でもエアベースには、知り合いが沢山居ますよね?」
「ちょっとニホン人とは距離感が違うからね……付き合いが上辺だけだからあっちの方が楽なのは確かかも」
「ユウさん、うちの基地には女性隊員有志の料理研究会があるんですけど参加して貰えませんか?」
「ええっ、別に嫌じゃないけど……私なんかが参加して大丈夫かな?」
「ユウさんの隠れファンも多いですから、メンバーは大喜びだと思いますよ」
「か、隠れファンって……冗談でしょ?」
この同僚の事務官との雑談をきっかけに、基地の女性隊員を巻き込んでユウの基地での生活は劇的に変わっていくのだがそれはまた別の話なのであった。
お読みいただきありがとうございます。




