022.Feels Like The First Time<和洋折衷>
アリゾナにあるニホン料理店で長期間修行をしていたユウだが、あまり調理経験が無いばかりか殆ど食べた事が無い稀有な二ホン料理も存在する。
それは二ホンではごくありふれた料理で、現在ではコンビニですら気軽に買うことが出来る『おでん』である。
もちろん二ホンから遠く離れた米帝にある和食店であっても、練り物は煮物に使うし野菜も大根等のなじみ深いものばかりである。
だが、それらをまとめて『おでん』というメニューにして提供するのはほとんど不可能に近い事情がある。
たとえば煮物に使っている薩摩揚げ等の練り物は既製品では無く必要に迫られて作った自家製だし、『はんぺん』や『ちくわぶ』等の特殊な練り物やバリエーションが必要な『おでん種』の入手がまず難しい。
かと言っておでん種を空輸して入手しようとすると、今度はコストが折り合わず手頃な価格で提供するのが不可能になる。
おでん専門店として営業するなら兎も角、一品料理にそこまで手間とコストをかけるのは現実的にはとても難しいのである。
☆
航空防衛隊配属後にミサワ基地に配属になったユウは、飲み会の会場として『おでん屋』というものに生まれて初めて入店した。
おでんは地域によって味付けや食べ方が独自というのは知識としてはもちろん知っていたが、地味な色合いの味噌生姜味のおでんを初めて口にしたユウはとても驚いた。
見かけは似たような練り物も、実はそれぞれが素材を生かした丁寧な作り方がされているのに直ぐに気がついたからだ。
バリエーションが豊富なそれぞれの『おでんだね』を味わいながら、ユウは考えていた。
(やっぱりこの美味しさは、ニホンに来なければ分からなかったよね)
アリゾナに単身赴任で来ていた駐在員の人達が、冬になると故郷のおでんが食べたいと嘆いていたのが今ならば理解できる。
それ以来、ユウの脳内にある作りたい料理リストに『おでん』はしっかりと加わったのであった。
☆
数年前にユウの作りたいリストに加わったものの、おでんは外国人受けしない料理の筆頭とも呼べるものである。
忌避される地味な色合いの魚の練り物が大量に使われて、スープは魚の風味が強く癖もある。
出汁に関してはCongohトーキョーのメンバーならば問題は無いが、食欲をそそらない色合いの『練り物』については考慮の余地があるだろう。
かと言って『練り物』無しで作ったのでは、単なる煮物になってしまい料理として成立しない気がする。
『おでん種』が簡単に手に入る環境にある今、ユウ本人だけが美味しいと思うおでんを作っても単なる自己満足にしか成らないであろう。
あるオフの日。
キャスパーとニホンバシのおでん屋さんで晩酌していたユウは、会話もそこそこに壁に並んだメニューを見ながら考え込んでいた。
カウンターに並んで座ったキャスパーはユウの沈んだ表情には無頓着で、あくまでマイペースで注文し旺盛な食欲で食べ続けている。
「お兄さん、ネギマ4本追加で!」
「お兄さん、牛すじ4本追加で!」
「お兄さん、生ビールのおかわりとネギマ4本追加で!」
「お兄さん、牛すじ4本追加で!」
(好きなものに関しては、本当にゆるぎないなぁ。でも牛すじとネギマは確かに外せないかも……定番の大根と卵は別格として、後は何を入れたら良いんだろう)
出汁の染みた大根を頬張りながら、ユウはここでニホン食に精通したキャスパーの意見も聞いてみる事にする。
「ねぇキャスパー、ネギマと牛すじ以外に好きなおでん種は?」
「う~ん、他に好きなのは『さえずり』とか『ころ』とかかな。メニューにあれば絶対に頼むけどね」
政府関係者のキャスパーが食用としては賛否がある鯨肉好きというのも問題があると思うのだが、理由は何なのであろうか?
「ずいぶんと変わった珍味が好きみたいだけど、理由はあるの?」
「故郷の星のXXXXXXというのに似ていてる味なんだ」
「……じゃぁマグロが好きなのは同じ理由なの?」
「ううん、単純に美味しくて好きだから」
「……」
「あと沖縄で食べた『てびち』も美味しかったな」
「それって何?」
「豚足」
「へぇ~、豚足までおでんに入れちゃうんだ」
「おでんって、つまり和風ポトフみたいなものじゃない?肉類なら何を入れても、柔らかくなって美味しいんじゃない?」
「へっ、和風ポトフ……なるほどね!」
魚介系のおでんつゆに、動物性の出汁が出る肉類が入るというのはユウの経験から言って間違いとは思えない。
方向性が違う出汁が加算されると、より複雑な旨みが出てくるのは経験として知っているからである。
「お兄さん、〆にいつものやつ頂戴!」
キャスパーの手許に置かれたちいさな丼は、色の付いたご飯の上に良く出汁が染みている大きな豆腐が載せられている。
「キャスパー、それ何?」
「見ての通り、とう飯!」
「お兄さん、私にもそれ下さい。
ああ、白ご飯じゃなくて茶飯なんだ。ちょっと味は薄目だけど美味しいなぁ」
(そういえば、ニュースで見た牛めし屋さんで同じように豆腐が乗ったメニューもあったよね。これはちょっとアレンジすれば……)
こうしてユウの試行錯誤は、続くのであった。
☆
数日後のトーキョーオフィスの夕食。
リビングの食卓には『ちゃんこ』に使う大鍋が鎮座していた。
ただし多くの具材には串が打たれ整然と並んでいるので、いつもの『ちゃんこ』や鍋物と違うのが一目でわかる。
となりにやや小さめの湯気が立ち上っている鍋があるが、こちらは蓋がされたままなので中身については分からない。
取り皿の横には、練った和辛子以外にも粒マスタードやホースラディッシュ等の薬味も用意されている。
「これは……『おでん』ですの?なんか変わったおでん種もありますけど?」
ユウが手早く盛り付けて配膳した取り皿の中身を見ながら、アンが聞いてくる。
夕食でユウは過去に『おでん』を出したことはないが、研究のために通っている甘味処でアンは食べた事があるのだろう。
大鍋には定番の大根やゆで卵、薩摩揚げなどは勿論入っているが、あまりおでん種としては馴染みが無い野菜や、干瓢で蓋がされた巾着も沢山入っている。
「うん、ちょっとアレンジした洋風おでんかな」
「この出汁の味は、なんか食べやすいな。居酒屋で食べたおでんとはかなり違う」
ランダムに取り分けられた取り皿の中身を食べながら、フウが呟く。
居酒屋や二ホン料理店に行く機会が多いフウも、おでんについてはかなり知識があるようだ。
「湯剥きしたトマト……これが意外と美味しいですわね」
「最近はおでん屋さんでも、定番メニューになってるみたいだよ」
「この黄色いのは卵焼きじゃないか。出汁が染みてて旨いな」
「ああ、それはフウさん用に入れました。いつもの卵焼きに出汁を加えないで固めに焼いたものです」
「巾着の中身は、色々あるんだな」
フウはビールを口にしながら、旺盛な食欲で次々とおでん種を食べていく。
箸が止まることが無いので、味については気に入ってくれているのだろう。
「ええ、お餅を入れた定番のものから、チーズを入れたものまで出汁が濁らない程度に色々と入れてます」
「このミートボール、中にチーズが入ってる!」
どの具材も美味しそうに食べていたマリーが、つくねを口に入れた直後に驚きの声を上げる。
「鳥のつくねには、中にプロセスチーズが入ってるんだ」
「この出汁の味だと、薩摩揚げもバランスが良く食べられるな」
「ええ、ちょっとポトフ寄りですけど、食べやすいと思いますよ」
「アスパラやエリンギも美味しいですわね」
「魚介の出汁だけだと合わないけど、牛すじの出汁と入れてる具材からも味が出てるからね」
「ああマリーには、白いご飯じゃなくてこれをどうぞ」
白ご飯をお変わりしようとしたマリーに、ユウは小鍋からよそった具を掛けた別の大きな丼をレンゲと共に差し出す。
「ユウ、これ何?」
「とう飯っていう昔からあるメニューに、ちょっと手を加えてマリー向けにしてみたんだ」
「味は牛めしみたいだけど、もっとさっぱりしてる!やわらかい豆腐もしっかりと味が染みてて美味しい!」
「ユウ、私にも」
「私も白いご飯よりも、そちらを」
フウとアンからも早速リクエストが入る。
「この沢山入ってる細切れ肉は、牛すじか?」
「ええ、うちでいつも配送されてる和牛の牛すじです。おでん用の出汁が出た後の溶ける寸前という感じですけどね」
「美味しい牛肉は、スジも美味しいんですわね」
「このおでんから出た出汁も豆腐に染みてるから、こういう味になるのか……これは豆腐の新しい食べ方だな」
結局ちゃんこ鍋一杯にあったおでんは、とう飯用の豆腐も含めてあっというまに完食されてしまった。
ちょっと洋風の『金●風おでん』と『とう飯』は、こうして冬場の定番メニューの座を獲得したのであった。
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