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002.Like My Mother Does <味の記憶>

 Tokyoオフィスのティータイム。


「フウさん、近所の商店街にビストロが出来たらしいですよ」

 ユウはポルタフィルタに極細挽きのコーヒー豆をタンパーで詰め込みながら、フウに話しかける。


「ふ~ん。ビストロって名乗ってても、ニホンにある店はなんであんなにバカ高いんだ?

 それにやたらと格式ばってて量も少なくて、どうも好きになれないな」

 フウは自分でドリップしたエスプレッソに、きび砂糖を大量に入れてかき混ぜている。


 先ほどからソファでリラックスしながらココアを飲んでいたマリーが、アイコンタクトでユウに『おやつ』が食べたいと訴えかけてくる。

 テーブルに置いてあったお茶請けの煎餅が入った籠にユウが目を向けると、それはいつの間にかカラになっていた。


「それがですね、その店は満足度が高いってケチで有名なフランス大使館の書記官連中が言ってますよ」


 ユウはマリーのリクエストでキッチンの冷蔵庫から取り出した、カステラの包装をテーブルの上に広げる。

 箱などの過剰包装は省略してシュリンクパックに入っているそれは、工場で出た製造アウトレットを定期配送便用に一括で仕入れているものである。

 フウと自分の分はあらかじめ小皿に確保しているが、マリー用には大皿に数本のカステラをそのまま載せて包丁でカットを入れたりはしない。

 鮮やかな黄色い(かたまり)がカットされずに大皿に乗っている光景は、まるで別の食べ物に見えてしまうのが不思議である。

 

「じゃぁ、マリーを連れて様子を見てこいよ。フランスの郷土料理については食べ慣れてる筈だから、味はわかるだろうし」


 焼き上がり後にもザラメが底に残っているこのカステラは、マリーの大好物である。

 マリーは自分の名前を呼ばれたのも聞こえないようで、手づかみで甘みが強いカステラをハムハムと頬張っている。

 頬に詰め込んで食べるその様子は、まるで食事中のハムスターの様である。



                 ☆


 

 数日後。


 平日の早い時間帯のランチは予約しなくても問題無く入れるというその店に、ユウはマリーを連れて訪れていた。

 マリーはいつもの迷彩柄のTシャツでは無く、フウがコーディネートしたカジュアルではあるが普通の落ち着いた服装をしている。

 雑居ビルのテナントに入っているその店は特に内装に凝っているわけでも無いが、シンプルで落ち着いた感じでとても居心地が良さそうである。


「じゃぁ、このランチを二人分お願いしたいんですが……

 それで、連れの彼女はとても健啖家なので、追加料金はもちろんお支払いしますので前菜・主菜・デザートいずれも彼女の分は2人前ずつ出していただきたいのですが」


「かしこまりました」

 オーダーを取りに来た上品な感じの女性は、普通ならば顔を(しか)めそうなユウの無理な注文に対して丁寧な口調で頷いた。


 前菜は盛り合わせのバラエティで、大き目の平皿にはさまざまな料理が並んでいる。


 分厚い鶏レバーのパテ、血液を混ぜ込んだ粗びきの真っ黒なソーセージ。

 臭みも無く綺麗に処理されたトリッパの煮込み、付け合わせの野菜は大振りのカットしていないピクルスやプチトマトで全体的に見るととても素朴な盛り付けである。


 すべて前菜なのにどれも量が多くボリューム感があるので、これならフランス大使館の書記官連中も納得するだろう。

 また特別注文であるマリーの皿は更にサイズが大きく、ユウのものに比べるとボリュームは倍どころか4~5人分は楽にありそうだ。

 驚くべき事に普段ならば皿が置かれると同時に食べ始めるマリーが、何故か皿の上の料理をしげしげと見つめて考え込むような仕草を見せている。


 普段は使わないナイフをきちんと使って、味わうようなマリーの様子にもユウは驚きの表情を隠せない。

 また静かに食べているマリーの目許が、気のせいかユウには潤んでいるようにも見える。


 メインの料理はブッフ・ブルギニョン、牛肉の赤ワイン煮だ。

 ユウの通常の皿でもかなりのボリュームがあるが、マリーの前に置かれたのは大きめのボウルと見紛うばかりの深皿だ。

 追加で置かれたパンも、同じような洗面器サイズの籠にこれでもかと焼きたての気泡が多いバケットが詰められている。


 牛の硬い部位やすじ肉を時間を掛けてワインで煮込んだ料理は、Congohトーキョーの厨房では簡単には用意できない種類の料理だ。

 ユウは美味しいフランスパンでソースを一滴も残さずに完食したし、マリーにいたっては厨房におかわりを言い出しそうな勢いで綺麗に食べ終えたのであった。



                 ☆



 デザートの重量感があるガトーショコラとコーヒーを飲み終えて、二人は満足気に席を立った。


「ご馳走さまでした。私にとっては昔母親が作ってくれた料理と同じ味付けで美味しかったです」


「とっても満足。デザートを含めてみんな美味しかった」


「実は商店街の他の飲食店の方にマリーさんの事は聞いていまして……お見えになるのを楽しみにしてたんですよ」


「飲食店の中では、マリーさんが来られる店はかならず繁盛するというジンクスがあるみたいで。

 それにマリーさんに馴染みのある味を、食べていただけるかなという期待もありまして」

 店主はニホン生まれだが、フランスでの修行期間が長かったので商店街で目立っているマリーの事はとても気になっていたようである。


「私は数年前に記憶を無くしているので、子供の頃に食べた料理は何も覚えていない。

 でも、ここの料理は……きっと私が昔食べたことがある味。本当にそう思えた。

 もっと色んな料理を食べさせてほしいから、また来るね」


 決して広くは無いこのビストロだがそれ以来、店の奥のこじんまりとした二人がけのテーブルには必ず『Reserved』の札が置かれているのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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