019.Tangled Up<ねばねば>
「ユウ、あれって美味しいの?」
先日の牛丼の件があってから、マリーの発言内容が少し変わった。
いきなり食べてみたいという一言は鳴りを潜め、まずユウに美味しいかどうかの確認が入るようになったのである。
ワイドショーの画面ではセンダイの老舗店で、グルメリポーターが牛タンと麦とろの定食を食べている様子が映っている。
以前ならばリポーターの美味しいという発言に少しの疑いも持つことが無かったマリーだが、今ではテレビの過剰な演出についても少しは理解しているようである。
「マリーは、納豆も好きだから麦とろは大丈夫かな。今度牛タンを焼いたのと一緒に夕飯で食べてみる?」
牛タンに関してユウにも調理経験があるし、すり下ろしたとろろ芋も小鉢で出せばメンバーの夕食メニューとしても違和感は無い。
また牛タンはフランスの田舎ではごくありふれた食材だと聞いた記憶があるので、ジビエを食べ慣れたメンバーにとっては食材としても問題は無いであろう。
「うん、楽しみ!」
ユウの作る食事には、絶対の信頼を置いているマリーが嬉しそうに笑った。
☆
ミサワ基地では近隣の農家に頼めば簡単に入手できたが、さすがにCongohの定期配送便で自然薯を手配するのは難しい。
先に簡単に手に入るチルド状態の和牛タンを手配しておいたユウは、定期配送で牛タンが届くタイミングに合わせて近所へ大和芋を買いに出かける。
鮮度が高い大和芋を近所の大型スーパーで大量に買い込んでからトーキョーオフィスに戻ると、届いている牛タンの下処理に取り掛かる。
当たり前の事だが、牛タンは牛から取り出したそのままのグロテスクな外見をしている。
ユウは幼少の頃から様々な動物の解体を繰り返し経験しているので見慣れているが、一般家庭で調理するのはまず有り得ない食材だ。
念入りに研いだ刃先の短いペティナイフを使って表面の厚い皮を剥いでいくが、柔らかい根元の部分を取り出すまでにかなりの手間が掛かる。
傷み難い硬い部分は今回は使わずにまとめて冷凍しておくが、これもシチューの材料にすると美味しく食べれるので全ての材料が決して無駄にはならない。
芯タンと呼ばれる根本の柔らかい部分を小さめのステーキサイズに厚めにカットして、タンの仕込みはようやく終了したのであった。
夕食時。
納豆好きなメンバーが揃っているだけあって、予想通り小鉢のとろろに違和感を覚えるメンバーは誰も居なかった。
とろろと定番の組み合わせは押し麦を入れたご飯だが、今回その組み合わせを知っているメンバーはユウだけなのであえて普通の白飯にしている。
食べやすいようにユウが昆布出汁と醤油で味付けしたとろろを、炊き立てご飯にかけて皆美味しそうにメンバーは頬張っている。
前触れなく突然やって来たキャスパーは、ユウにおねだりして本マグロの赤身を入れて貰い山かけ丼にアレンジしている。
ニホン料理に妙に詳しいキャスパーは、山かけ丼はもちろん焼肉屋の牛タンも大好物だそうだ。
マリーの分のとろろは大鉢に用意したので、お変わりを繰り返しマリーはご機嫌にとろろ飯を掻き込んでいる。
同じ粘り気のある納豆よりも、味付けが軽くて食べやすいのでマリーはとろろご飯を気に入ったようだ。
「ユウ、このとろろご飯はとても美味しいが、この歯ごたえが変わったステーキとの組み合わせは何か意味があるのか?」
「ああ、チェーン店の牛タン屋さんが始めて、それが全国に広がったらしいですよ。
お店で出しているのは押し麦が入ったご飯なんですが、ちょっと癖があるので今日はいつものお米を使ってますが」
「牛タン……これって『Ox Tongue』なのか?」
「ええ、芯という根本の真ん中の部分ですね」
「フランスでピカント・ソース煮っていうのを食べたときは固くて不味かったのに……これは全然違うな」
「固い部分は今度シチューにして出しますけど、この根本の部分は適度の歯ごたえで美味しいですよね」
マリーは牛タンについては何の疑問を浮かべずに、とろろご飯の箸休めにばくばくと食べている。
とろろご飯が余程気に入ったのか、マリー専用の巨大おひつも殆ど空になりそうな勢いだ。
「ユウ、このとろろ、今度から朝ごはんで出してくれる?」
「ああ、すり鉢で下して味付けするだけだから大丈夫だよ」
「納豆も良いけど、とろろも美味しい!」
とろろご飯の食べやすさから、マリーの朝食で消費するご飯の量が劇的に増えて業務用炊飯ジャーを一台買い足したのはここだけの話である。
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