001.Anybody Seen My Girl<マリーの独り言>
私はニホンが好き。
だって食べ物がおいしいもの。
ニホン語は難しいけれど、もともとおしゃべりは嫌いだからあまり気にならない。
朝食はいつもアンかユウが作ってくれるけど、お昼を作ってくれるメンバーが誰も居ない場合は商店街の色んなお店に食べに行く。
商店街の人達はみんな親切で、美味しい食事をいつでも用意してくれる。
お昼時いつもの様に大使館を出た私は、真っ直ぐに須田食堂へ向かう。
昔住んでいた修道院のような古いテーブルや木の椅子は、懐かしい気持ちと同時にひもじくて辛かった日々を思い起こさせる。
この店のお婆ちゃんは空腹でシャッターの前に倒れてしまった私を助けてくれた事があって、それ以来この食堂は私の一番のお気に入り。
無言でテーブルにかけて待っていると、おまかせメニューをお婆ちゃんが数回に分けて運んできてくれる。
今日は大皿に載った鳥の唐揚げと生姜焼き、ラーメン丼に山盛りになったご飯、同じくラーメン丼に入ったシジミのお味噌汁、漬物の盛り合わせも沢山。
今日も元気だご飯が旨い……いただきます。
下味がしっかりと付いている出来立ての唐揚げは、堅めの香ばしい衣を噛み切るとあふれ出す肉汁とともに火傷しそうな湯気が立ち上る。
もも肉には鶏皮の脂が多い部分もしっかりと混ぜ込まれているので、パサついた部分が無く鶏肉の旨味をしっかりと味わえる。
お婆ちゃんは それほど上等な鶏じゃないと言っていたけど、この近所の唐揚げの中ではここが一番美味しい。
ユウが作ってくれる餅粉チキンと、比べられる程美味しいと言ったら伝わるかな?
いつも通りご飯を3回お代わりして食後のお茶を飲んでいると、沈んだ表情のお婆ちゃんが溜息をついているのが目に入る。
「お婆ちゃん、どこか具合悪いの?」
「ううん、大丈夫だよ……。
マリーちゃん、ちょっとだけ愚痴を聞いてくれる?」
「最近近くの会社が続けて潰れちゃってね、常連さんがかなり減ってるんだよ。
暇な時間が多いと張り合いが無くてねぇ。仕込みも無駄が多いし、嫌になっちゃうよねぇ」
食事を終えた帰り道、私は考えていた。
あそこの『山盛りから揚げ』や『山盛り生姜焼き』や『分厚いトンカツ』や『山盛りカルビ焼き』や『山盛りウインナー焼き』が食べれなくなったらどうしよう?
『しじみの味噌汁』はアンが作ってくれるのより美味しいし、『キュウリと白菜の浅漬け』も捨てがたい。そして何より、お婆ちゃんに会えなくなるとかなり寂しい。
いつも立ち寄るコンビニを通り過ぎても全く気がつかない私に、胸元のコミュニケーターからSIDの突っ込みが入る。
「マリー、無駄に考えると知恵熱が出ますよ」
「……ねぇSID、あそこの食堂ってつぶれちゃいそう?」
「ちょっとお待ち下さい。街頭カメラの映像から最近の客数を割り出してみます」
「…………客数が半減していますから、経営状態はかなり悪化しているでしょうね。
ネットの口コミサイトでの評価はとても高いのですが、古ぼけた感じの店構えで一見さんが入りにくいのが問題ですね」
「何とかならないかな?」
「私に良い策があります……マリー一口のりますか?」
☆
翌日、地味なスーツと伊達メガネ姿のユウが、SIDの依頼で須田食堂を訪問していた。
普段からマリーが利用しそうな近隣の飲食店に根回しに訪れているユウは店主夫妻と顔見知りであるし、何よりこの店はユウを含めたメンバー全員が利用するお気に入りでもあったからだ。
「という訳で、私どもの経営する学校の生徒と職員がこちらを利用できるようにして頂きたいのです」
「はぁ、うちはお客が増えるから大歓迎だけど。
その……電子マネーの決済?というのは私達に使えるものなのかねぇ?」
「ええ、今と同じ操作で使えるレジシステム一式と、店頭周りの改装はこちらが費用負担させていただきますのでご安心を。
あと食材の仕入れについても、こちらからお店にメリットのある提案を用意出来ると思います」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
数日後……
改装が済んだ店構えは、コンパクトな自動ドアとエアカーテンが付いただけで劇的な変化は無かった。
ただし今まで全く見えなかった店内の様子が外からも伺えるようになり、店頭のガラスと一体化したLCDにはカラーでメニュー見本がすっきりと表示されている。
「ねぇ、SID」
SIDから指定された窓際の客席に掛けて、巨大なから揚げを幸せそうに食べながらユウは胸元に問いかける。対面の席では、マリーがいつものおまかせ定食を優雅にしかも恐ろしいスピードで食べ続けている。
「なんで、このお店にそんなに肩入れするの?
マリーからお願いがあったにしても、貴方にしては珍しいじゃない?」
「『九十九神』という考え方をユウさんは知っていますか?」
「物に魂がやどるっていう?」
「ええ。ここのご主人は、とても物を大切にする方なんですよ。
このテーブルや椅子も開店以来何度も補修して使い続けているし、改装をする際にもこのまま使いたいとはっきり仰っていました」
「たとえば毎日使う包丁一つにしても、砥ぎを繰り返してサイズが変るほど使い続けて、最後は神社で供養までやるそうです。
あとこの食堂は、産廃業者との契約が必要ないほど生ゴミが出ないそうです。
食材はどの分も使いきり、あまった分は調理して近くの養護施設に無償提供しているらしいですよ」
「『物を粗末にしない』この理念をしっかりと守っているこの食堂は、Congohの委託食堂に相応しいと思いませんか?」
「ふーん、貴方らしい意見だね。でも私達は誰も貴方をモノだとは思っていないからね。
もしかしたら九十九神かも知れないとは、疑っているけどね」
☆
お店がいつの間にか綺麗になって、お婆ちゃんが少しだけ元気になった。
私はSIDから言われた通り、窓際のいつもの席で今日もおまかせ定食を食べている。
他の席に座ると『センデンソキュウコウカ』が損なわれるって、どういう意味なんだろう?
ニホン語はやっぱり難しいや。
私が山盛りの唐揚げを食べている日は、なぜか店に入ってくるお客さんが同じものを注文する。
私が山盛りのしょうが焼きを食べている日は、なぜか店に入ってくるお客さんが同じものを注文する。
私が分厚いトンカツを食べている日は、なぜか店に入ってくるお客さんが同じものを注文する。
私が山盛り牛カルビ焼きを食べている日は、なぜか店に入ってくるお客さんが同じものを注文する。
でも私が山盛りウインナー焼き食べている日だけは、なぜか店に入ってくるお客さんは同じものを注文しない。
……でもいつもより視線を強く感じるのが、不思議。
最近は知り合いの雫谷学園の先生や、生徒がたくさん店に来るようになって頻繁に挨拶される。
それに見たことが無いスーツ姿のお客さんも増えているので、忙しく働いているお婆ちゃんも嬉しそうだ。
☆
窓際の席で、町の食堂には似つかわしくない美少女が毎日のようにドンブリ飯を美味しそうに食べている光景。
食べ盛りの学生で賑わう客席と、店頭の恐ろしく美味しそうな見本の画像。
抜群な食材の良さと、シンプルで素材の良さを生かした調理についての多数の高評価。
客数が程よく回復したところで、SIDが介入していたネット経由でのキャンペーンは終了した。
介入と言っても誹謗中傷の投稿が迅速に消去されたり、正確でない評価のサイトがいつの間にか閉鎖されていたりという低レベルの内容なのであるが。
ユウの随分と早い撤退だねーという一言にSIDは
『本当に大事にしたい馴染みの店は、必要以上に人に教えないでしょ?』
AIであるSIDが妙に人間臭い口調で呟いたのは、ここだけの話である。
お読みいただきありがとうございます。