第七話 傲慢子爵と魅力的な令嬢
「現実時間でもう朝の6時か。VRで夜明かしすると徹夜って気分にはならないんだがな」
ちなみにこのゲーム内では、現実の24時間で14日の時間が進んでいるらしいのだ。6時から9時、12時から13時、19時から24時の間は実に24倍――ゲームでの1日が現実の1時間――という加速をしている。サーバーはSVRネット上に設けられているとのことで、これらの時間帯でのゲーム自体の加速倍率は8倍ということになる。他の時間帯はSVRネットでの加速分も含めて8倍、ゲーム自体は約2.7倍か。
小さい声だったが、傍で眠っていた子犬――もはやそんなサイズではないのだが――を起こしてしまったようで、耳を軽く動かしこちらを片目だけ開けて見上げてくる。軽く撫でてやりながらゲーム内時間も確認すると、そろそろ朝の7時になろうかというくらいだ。錬金術用に並べていた簡素な道具を片付け始める。リルーのために宿の一階で食事を済ませようか。
寝る必要がないので時間の有効活用のために夜のうちにポーションなどを作っていたのだが、そこまでたいしたものは作れていない。工房でもあればともかく簡易道具で、さらに熟成や成分の安定化などは時間を置かなければならない。せいぜいが低級の傷薬や属性耐性付与ポーション、あとは状態異常に対応した解毒薬の類だ。MPポーションが作れればいいのだが、どうにもうまくいっていない。母巨犬の素材を使えばできそうな予感はするのだが、この素材には別の使い方があるという妙な確信があるため保留中だ。この“予感”や“確信”だが、おそらく生産系スキルの恩恵だと思われる。鍛冶の際にも同様の感覚があったし、シンプルなものとはいえ銃を作れたのはこの恩恵があったゆえだ。
「早くからすみません、ドレルさん。ここにカイシの街から来られた探索者の方が泊まっておられますよね? 取り次いでいただきたいのですが」
リルーがテーブルの下でパンと干し肉、それだけでは飽き足らず魔物の肉を一心不乱に食べ、私もパンとチーズ、キャベツやニンジンの酢漬けやベーコンが申し訳程度に入ったスープを食べていると――なんとこの体でも上手く影や魔力を操作すれば食事が可能なのだ――カウンターからそんな言葉が聞こえてきた。おっとりしている、ふわふわとした声。男にしては随分高く、女性にしては低いような。一言でいえば妖しい声だ。気配察知が魔力の波動を伝えてくる。抑えきれずに漏れたという様子ではなく、むしろあえて声に乗せている感じがする。手練れ。脳があるはずの位置が警鐘を鳴らしている……。
「お食事中申し訳ございません。わたくし、当街代官ガディオン=ナイト・サカイ・サウスボーダー子爵より遣わされました、クラウディア・サカイと申します。子爵が面会を希望しておりますので、ご同行願います」
食事をする手を止め、近くまでやってきたサカイ女史を見やる。後ろにいる従士と思しき若い男のうちの一人が、得体の知れぬ輩に敬語など、とか言っているのが聞こえるが無視だ。影人などというレア種族、確かに得体が知れない。とはいえ、“願えますか”ではなく“願います”だ、貴族のお約束である民草を人と思わぬ輩なのだろうか? 一瞬拒否したらどうかという思いが頭をもたげる。だが要件も聞かないうちから敵対するような選択肢は選びづらい。ここは受けておこう。
「わかりました。準備をして参りますので外でお待ちいただけますか」
座ったままでは失礼だろう、立ち上がり女史を正面から見据えてそう応じた。彼女はお急ぎくださいと言い残し、去っていった。
ドアが閉まり彼女たちが離れたことを確認すると、私は宿の主人に尋ねた。
「貴族様ってのはああいうものなんでしょうか?」
「いや……クラウディア様は普段あんな言い方をされない方なんだがな。子爵様がどうにも」
宿の主人――ドレルとか呼ばれていたか――は同情するような表情で言葉を濁した。禿頭の、しかし筋骨隆々な男がする表情にはどこか可愛げがあるのだが、それが生贄の羊を見るような雰囲気を醸し出している以上見過ごせない。
「どういうことです? まだ死にたくないので、いっそ裏口から逃げたいのですが」
「そ、それは困る! それじゃ俺が逃がしたみたいじゃねえかッ。……昔は、奥様が亡くなった5年前からだよ、子爵様がおかしくなっちまったのは。部屋に籠られて1年、ようやくお出になられたと思えば街で目立った者を呼び出してはご無体をなさるように」
「待ってくれ、なにか、ナニなのか? 私は今貞操の危機に晒されているってことか!?」
「違う違う! だが、珍しいアイテムでも持ってたら召し上げられるかもしれんよ。あとは嫌味やお小言を1時間ほど賜って終わりさ」
思わずため息が漏れた。安堵ではない、決して違うはずだ。
準備という名の情報収集を終え外に出ると、クラウディア女史は何も言わずにそのまま歩き出した。ついてこい、ということなのだろう。従士たちからとげとげしい視線を向けられることもなかったことから、宿内での会話は聞かれていない可能性が高い。彼らがもし聞き耳系のスキルを持っていたらまずいところだった。気をつけねば。リルーに街の外で遊んでいるように声をかけ、大人しくついていく。
そんなわけで私は今、街の広場から見たやけに立派な建物の中にいる。要所要所にしっかりとした石材が使われ、木材も間違っても安物だと思えないような気配を発している。庭はほとんどなかったが。家の建材を見なければ、ちょっと上等な平民の家と外から見る限りは思うかもしれない。もっともそれは見かけだけだ。屋敷の内部は外見からは想像もつかないほどの広さがある。思わずクラウディア女史に確認してみたが、どうやら空属性魔法をエンチャントしているのだとか。空属性魔法には空間を拡張する魔法があるらしく、王族や上級貴族のお抱え職人の中でも特に腕のいい職人を目指すならば必須らしい。言葉を濁していたが、どうも基本六属性を鍛えることでようやく習得可能になる類のものらしい。その分強力なものが多いと期待できる。
広い屋敷内を歩いてしばし、私は一つの部屋に通された。会見前の控室的な部屋らしい。嫌味にならない程度に華美な調度品で整えられており、家具一つをとっても平民の稼ぎ一生分を上回りそうだ。鑑定で価値まで見抜けないのがもどかしい。そうであるからして、いつまでもそれらに目を奪われてはいなかった。待ち時間がどれくらいになるか分からないそうなので、このタイミングでプレイヤー掲示板を見ることにした。ゲーム内からだとアクセスしている間はSVRネット標準の3倍速に思考が強制的にアジャストされるため、客観的に見ると八分の一から八分の三の速度に鈍化していることになる。よほどの見切りができるものでないと、戦闘中に見たりするのは自殺行為だろう。
そんな掲示板から得られた情報だが、まずカイシ東ルートの攻略に成功したらしい。次の街までの地図が、探索者ギルドの地図共有サービスで取得されたことで判明したらしい。攻略したプレイヤー達が一切情報を出していないようで、現在掲示板は大荒れ中だったりする。次に、レア種族がいることが判明したらしい。私は誰にも見られていないので別の種族についてだ。全年齢サーバーとR18サーバーでそれぞれ一種類ずつが確認されたとのこと。R18のほうは夜魔族というらしい。魅了系のスキルを持っているようで、PC・NPCを問わず男性キャラを配下に加え、早くもギルドを設立したらしい。ギルド名は【女王と愉しい下僕たち】。……つっこむまい。一方全年齢サーバーのほうだが、戦乙女なんだとか。かなりの美形で瞬く間にファンが生まれたが、本人は極めつけのバトルジャンキーという残念美人。スキルもかなり強力なようだ。魔法耐性や武器系の適正、なにより特筆すべきは属性剣とかいうスキルだ。詳しい効果は秘匿されているが、名前からして私の天敵だと推測できる。どうにかして魔法耐性のスキルを得られないものか? そんな戦乙女様だが、今まさに南ルートのエリアボス討伐中らしい。亜人系のモンスターで、AIがなかなか厄介だという話だ。読み込んでいると、コンコンとドアを叩く音。時計を確認すると1時間近く経っている。いよいよ貴族様との会見か。
「カイシの街から来たらしいな。意地汚い探索者のことだ、なんぞアイテムを蓄えていることだろう。全て差し出せ。そうすれば命までは取らないでおいてやる」
開口一番がこれだ。笑いすら出てこない。だから答えはこれで十分だろう。
「お断りします」
目の前の男、刈り込んだ赤い短髪に青い眼をした、鍛え上げた筋肉の鎧が上品な服では隠し切れないほど自己主張している大男。そいつの目を見据えて言ってやった。男は怒りで顔色が変わり、叫んだ。
「なんだと! 汚らわしい魔族風情が、俺の命令に背くか! よほど死にたいらしいな!」
「……ご用件は以上ですか? それでは私は失礼させていただきますよ」
「なっ……!?」
壁に飾ってある大剣に手をかけようとしていた中年男は、絶句してこちらを睨んでくる。脅せば従うとでも思っていたのか? 私はそんな貴族を一顧だにせず部屋を出た。背後から、街から追放する、などと喚いているのが聞こえてきたが……。廊下を進みようやく屋敷の出口が見えてきたころ、脇からクラウディア女史が声をかけてきた。
「父が粗相をしたようで、ごめんなさいね? 母様が殺されてしまってからあんなになってしまって……。王都の覚えもよくないのよ。気にしないでも、あの人の力ではあなたをどうこうすることはできないから安心なさって?」
「力……腕力は衰えていなさそうでしたが」
「ほほほほほ、そうね! 父は元とはいえ近衛騎士、剣の腕は王国でも屈指。だからこそ官位の取り上げをされていないようなものなのです。ここはカイシの街ができるまでは王国の南端でしたし、今であっても実質的な国境の街ですから、腕っぷしが重視されてしまいますの。それに母様は……いえ、何でもありません。そうそう、あなたの身に宿る魔力を見れば、ただ剣の力が強いだけでどうにかできる人ではないことくらいこの“鋭才の魔女”にはお見通しです」
言いよどんだことの続きも気になるが、それ以上に聞き捨てならない言葉があった。お見通し……影人の物理耐性がバレているのか?
「ほほほ、そんなに警戒なさらないで? あなたには個人的に興味があるというだけですから」
艶然とした笑みを一瞬浮かべ、こちらに流し目を寄越してきた。翠眼に豊かな金髪、肢体はスラリと伸び不健康に見えないギリギリの細さ。それなのに出るところは出ているという見事な体型。普通なら勘違いだとしても踊らされたくなるほどに魅力がありすぎる女だ。それゆえに、私の警戒感はかえって高まる。
「期待などされても困りますよ。私はこの街にいられないようですし……もう会うこともないでしょう。貴重なお時間を賜りありがとうございました」
そう言って軽く頭を下げ、私は屋敷から出ていく。すれ違うように息も絶え絶えな兵士が屋敷に駆け込んでいく。
「緊急報告! 西のタルク山脈よりゴブリンの群れが接近中! その数五百を上回ると思われます!」
【Name】シェイド
【Race】影人
【称号】<筋肉ハンター>,<巨犬殺し>,<無慈悲な探究者>,<先駆者>
【Fame】 0
【Karma】0
【Status】
Lv.23(残振り分けpt:0)
HP : 8/8
MP :390/390
STR :3
VIT :3
DEX :35 +16
AGI :34 +22
INT :57 +25
MIN :35 + 3
LUC :38
【スキル】
(メイン)
《銃Lv.26》《視力強化Lv.62》《水属性魔法Lv.25→28》
《風属性魔法Lv.48→49》《念力Lv.37→39》《付与術Lv.45→57》
《気配遮断Lv.54》《火属性魔法Lv.69→73》《罠Lv.4》
《歩法Lv.27》《気配察知Lv.39→46》
(サブ)
《細工Lv.11→15》《鑑定Lv.33→38》《鍛冶Lv.55》《錬金術Lv.36→54》
《光属性魔法Lv.13→15》《解体Lv.18》《遮音Lv.31→41》
《地属性魔法Lv.32→34》《採取Lv.33》《方向感覚Lv.8》
(控え)
《採掘Lv.42》《罠外しLv.14》《銃作成Lv.25》《矢玉作成Lv.25》
【加護】
【状態】正常
【所持SP】42
・闇属性適正ⅩLv.53→56
・魔の才能Lv.64→72
・影操作Lv.75→81




