第一話 闇に生まれ落ちた異形(違)
準備を終え再びヘッドギアをかぶる。そして呟いた。
「ログインスタート」
さぁ、ゲームの始まりだ。
一瞬の浮遊感の後、体に重みを感じた。小鳥のさえずり、風に揺れる梢の音……自然の音に相違ない。体の感覚からすると、私は今跪いて頭を垂れているような体勢のようだ。立ち上がりつつ頭を上げながら目を開けると、刺すような光が飛び込んでくる。
「うっ、眩しい!」
思わず小さく叫んでしまった。目を庇うように手をかざし数瞬、ようやく目が慣れてきたのか周囲をうかがう余裕ができた。一歩下がり、改めて周りを見渡す。古ぼけた教会といった風情の、石造りの建物のようだ。さっきまで立っていた場所には、往時にはステンドグラスがはめ込まれていただろう窓から一条の光が差し込んでいる。まるでスポットライトのようだ。その後ろに苔が生しだいぶ摩耗した教壇が、そして左右には椅子があったのだろうとうかがえる窪みがある。
(最初のスポーンポイントは街の中央広場と相場は決まっているが)
不審に思いながらも、そういうものかと無理やり納得してまずは、ステータス、と念じる。すると目の前に薄青い半透明のウィンドウが表示された。
【Name】シェイド
【Race】影人
【称号】
【Fame】 0
【Karma】0
【Status】
Lv.1
HP : 4/4
MP :100/100
STR :1
VIT :1
DEX :6
AGI :4
INT :10
MIN :10
LUC :12
【スキル】
(メイン)
《銃Lv.1》《視力強化Lv.1》《鍛冶Lv.1》《気配遮断Lv.1》《風属性魔法Lv.1》
《念力Lv.1》《付与術Lv.1》《錬金術Lv.1》
(サブ)
【加護】
【状態】正常
【所持SP】0
色々突っ込みどころがある。まず、HPだ。4って。一撃で死ぬんじゃないか?
次にSTRとVIT。1ってどういうことだ。虚弱にもほどがある。他は……レベル1ならこんなものだろうか。
スキルが3つほど増えているが、これはヘルプによればキャラ作成時にランダムにプレゼントされるものだそうだ。意識をフォーカスすると、それぞれ以下のような説明が表示された。
《念力》
対象にサイキックによる力を加えて動かすことができる。加えられる力の強さや規模、範囲はスキルレベルに依存する。
《付与術》
対象に魔力を付与できる。エンチャント。
《錬金術》
素材からの成分抽出、合成ができる。複数の素材を消費して新たなアイテムを生成することも可能。
念力は説明通り、サイキック的な超能力なのだろう。錬金術は、某アトリエゲームを思い浮かべれば大きく違うことはあるまい。付与術というのは、おそらくバフやデバフもできるのではないだろうか。
おもむろにメニューを呼び出し、使用可能魔法一覧を表示する。
【使用可能魔法】
・初級闇属性魔法…ダークネス、ダークタッチ
・初級風属性魔法…ウィンド、ウィンドタッチ
・初級付与術…エンチャントフィジカル
初級の中でも初歩なのだろう、属性を冠した現象を起こせるらしい魔法、そしてタッチ系魔法。タッチというからには射程はかなり短いことが推測できる。そして付与術、やはりバフ効果のある魔法体系のようだ。今の私にはあまり意味はないだろうが(なにせ肉体は虚弱極まりないのだから、使用しても効果は薄い)。
……いや、分かってる、分かっているんだ。少し現実逃避してしまった。
どうして闇属性が使えるんだ!?
もう一つ目をそらしていたものに向き合おう。きっとそれが原因だ。
種族、影人。意識をフォーカスし、説明を表示させる。
【影人】
エクストラ種族。およそ百万分の一の確率で誕生する種族。闇の申し子とも、いっそ闇そのものであるとも言われる魔族の一種。魔力を持たぬものは触れることすら叶わない。
【種族固有スキル】
・完全物理耐性(透)…物理属性のダメージを0にする。
・闇属性適正ⅩLv.1…闇属性魔法への適正及び闇属性耐性。
(ローマ数字の数×10)%の与闇属性ダメージ上昇
及び被闇属性ダメージ軽減。
レベルは闇属性魔法としてのもの。
・エーテル変換 …HPダメージ及びコストをMPで支払う。
・魔の才能Lv.1 …スキルレベル%魔法属性ダメージ上昇。
・影操作Lv.1 …影の明度や彩度、形を操作可能。
武器として扱うことで闇属性魔法ダメージを与えられる。
影に潜り込むこともできるが、潜航中はMPを消費する。
眩暈がしたのはしょうがないと思う。しかし、HPが低いのは納得だ。魔法への対策さえできれば無敵なのではないだろうか。さすがは百万分の一。序盤は無双できるんじゃないだろうか。とはいえ、こんなチートじみた性能では人前には出られないな。元々ソロでやるつもりだったのだから好都合と思おう。
気持ちを切り替えると、早速所持アイテムを確認する。
・初心者の拳銃
・初心者の弾丸×∞
・初心者の布の服
・初心者の靴
・初期HPポーション×5
・初期MPポーション×5
・初級鍛冶キット
・初級錬金キット
この8つだ。鑑定系のスキルを持っていないので詳しい効果などは分からないが、これだけは分かる。装備品は装備しないと効果がないぞ! そんなわけで早速装備だ。
メニューから装備を選び、それぞれのアイテムを対応する部位にドラッグする。まずは銃を右手に。胸のあたりに広げておいた右手に収まるように銃が具現化される。ごく普通のリボルバー式拳銃だ。掴む。すり抜ける。銃は石の床にカツンと軽い音とともに落下した。
「ははは、いや、恥ずかしいね」
誰にともなく、言い訳するように私は呟いた。そうしてから取り落とした銃を拾おうとするが、その手は何にも触れることはなかった。いや、床には触れたのだが、目的の銃には引っかかりすらしなかった。
(物理耐性の後の“透”ってのはそういうことかよ!)
つまりだ、影人は、私は魔力を帯びた物でなければ触ることすらできないのだ。床や、もしかしたら壁なんかは触れるだろうが。待てよ、それはつまり、私は今全裸なんじゃないか!?
慌てて自分の体を見る。裸ではなかった。なかったのだが……、黒い全身タイツのような感じなのだ。これはまずい。他のプレイヤーに見られようものなら変態認定一直線だ! どうすればいい、どうすれば。いや、解決するためのスキルが影人には与えられていたじゃないか。影操作だ、それで影に色や形をつけて服を着ているように見せかければいい。ついでにやけに暗い肌色を人間のようにしよう。
「シャドウコントロール」
その声とともに、形にしたいイメージを強く思い浮かべる。肌色は自分本来の色、服は先ほどアイテム欄にあった初心者の布の服、足元には初心者の靴を。目を開くと無事イメージ通りの見た目になっていた。左上を見るように意識すると、HPバーとMPバーが見えた。MPバーが僅かずつだが減少しているのが分かる。それに僅かに及ばないペースで自然回復しているようだが……。
「ミニマップ表示」
影の状態を維持しつつ表示されたミニマップを眺める。縮尺を下げていくと、南にやや離れた場所に町があるのが分かる。“カイシ町の街”というらしい。そのまんまだ。
人間の嫉妬は恐ろしいものだ。レア種族だとバレればどんなやっかみを受けるか分かったものじゃない。幸い初期位置は町から離れた場所だし、このまま次の町に進んでしまえばしばらくプレイヤーと会わなくて済むはずだ。
そう考えた私は、最初の町には寄らずに北に進むことに決めた。町までの距離と同じくらい北に進んだところに山があるようで、山の向こうにならきっと次の町があるはずだ。東は草原、西は森のようだから人がすぐに溢れるだろうし……やはり北の山越えだ。そうと決まれば移動しよう。離れているとはいえ、いつ人が来るかも分からないのだ。
おっと、銃を忘れてはいけないな。拾おうとして、拾えないことを思い出しながら思いついたことがあった。念力で持てないものだろうか。早速試してみた。結果からいえば、成功した。だがそれは触れるくらいに手を近づけた上でようやく念力が作用したのだ。MPバーもどんどん減っていく。すぐに銃をアイテムボックスに収納して念力を解除した。《気配遮断》をしつつ、私はついに教会から外に出た。
圧倒された。生き生きとした緑の風景に感動すら覚えた。過去にVRゲームの経験はあるが、それとは次元が違うと確信を持って言える。光を受け輝く緑色、土や草の匂い、葉の擦れ合う音、草をなびかせる風の感触……そしてところどころから感じる動物の気配。そこには正真正銘の生命があった。目を凝らすほどに粗が見つからない風景だ。
この瞬間、私はここがゲームの中だということを忘れた。しかしいつまでも呆けてはいられない。NPCは全員独自のAIを設定されているという公式の情報を思い出しつつ、私は期待に急かされるように北に向けて駆け出した。