スイーツハンドウェポン
私は笑顔が苦手だ。
幾度と無く鏡を前に練習したが不細工なってしまう。自分で見た私の笑顔は、さながら引き攣った魚のエイの裏側だ。自分でも余り長く見ていたいとは思わない。
だから私は人前で笑顔を見せないようにしている。感情を心の中だけで済ませてしまって、それを表に出さない癖が染み付いてしまった。その所為でか、学校では何を考えているか分からない、と友人から評され、親しくない人からも体の不調を心配されてしまう。
生来の仏頂面が笑顔を邪魔している。本当の表情を知っているのは家で飼っている猫のナゴだけ。彼女の前だけは遠慮無く見苦しい顔を晒している。
私は人間以外の動物が好き。植物が好き。
ただ一人を除いては。
「モカは、もっと笑ったほうがいいと思うんだ」
自分の名前を聞いた時には耳を疑った。その言葉は一番自分に縁遠いものだと思っていたのに。
ユウキは教科書を学校指定のカバンに入れながら言った。
「何故そんなに無表情なのさ」
無遠慮に立ち入る声だった。
人に見せられたものじゃないから――私も心の中で呟くが、これに対する返答はだいたい決まっている。
「面白くないものになんで笑わなきゃいけないの」
「駄目だよ、それじゃ」
私の冷たい顔に、ユウキが机越しに温かい手で触れる。
むにぃ。
頬を無理やり上に引っ張られた。
「何をしているの」
「やっぱり」
と言って、ユウキは一人得心したような顔をする。
「何よ」
「ん~ん」
ユウキは否定しながら笑った。話している時は勿論、普段も小さい事や些細な事で、何かにつけて太陽のように笑っている。
私はそれが羨ましい。
「そうだ、駅前の通りに新しいお店出来たでしょ」
「出来たっけ」
カフェテラスでやっているケーキが出るお店と聞いている。実際に行った事はないけれど。
「行ってみようよ」
「今から?」
「直ぐにでも。帰ったってナゴを可愛がってるだけなのは知っているんだから」
その通りだけど、あの子だって寂しがり屋なんだから。
でも一日くらい。
「ほら、決まったら早く」
私の気が緩んだ空気を察して催促してくる。
そんなに急がなくてもお店は逃げないよ。
高校の校則では買い食いは禁止されているのだが、形式的なものだ。意識して守っている生徒は居ないだろう。その証拠に、私達の他にも制服を着た女生徒がガラスケースに入れられた、色とりどりのケーキに目を奪われている。
その中にユウキが混じっていた。
「ねえ、どれがいいかな」
丹精込めたお菓子には相応の洒落た名前が付けられているが、関連付けが良く分からない。
マカロフとかベレッタとかスプリングフィールドとか。
「私はショートケーキとアイスココアがいい」
「もっと冒険しようよ。あ、これなんかいいんじゃない、モシン・ナガン。美味しそう」
モシン・ナガンと名札にあるが、クルクル巻きのシナモンロールっぽいものだった。実際、シナモンロールなのだろう。
「じゃ、マカロフにしようかな」
名札の向こうは赤青黄のシグナルカラーのマカロンである。
それらをトレイに乗せて、私達はテラスに移動した。ユウキは飲み物にレモンティーを頼んでいる。
「貰いっ!」
ユウキは掠め取るように皿の上の青に相当する抹茶マカロンを奪い、そのまま口にインさせた。
「おいしいねー、マカロフ」
幸せいっぱいに口をモグモグしているのにむかついたので、意地悪してみる。
「毒見役が死なないところをみると、毒は入っていないみたいね」
ユウキはむっとした顔をして、
「ほら、モカも毒見!」
モシン・ナガンと言う名のシナモンロールを差し出してきた。
「食べていいの?」
「余が良いと言っておるのにゃ」
ユウキはつーんと体を反らして尊大な態度をとった。
私には許可を求めなかったくせに、虫のいい。
「はい、あーん」
「あーん」
釣られて言ってしまう。
一口齧り付いて咀嚼。
おいしい。
「む」
思わず気が緩み、頬も緩んでしまったのを手で覆った。
ユウキは、にへらと笑っていた。
謀ったな。
「ふへへへ、余にその顔を見せるのにゃあ」
私の右手と左手が抑えられ、そのまま捻じ曲げられる。
「とぉうりゃ」
必死に抵抗するが、それも虚しく開城されてしまった。
嗚呼、見ないで。
私の笑顔は人に見せられるものじゃない。涙が出てきそうだ。悪足掻きの為に体を逸らそうとする。
ユウキだから見せたくなかったのに。
「いいじゃん」
ユウキの言葉。
「笑顔」
「……私の顔、変じゃない?」
恐る恐る聞いてみる。
一番自信が持てなかった表情を見せて嫌われるのが怖かった。
ユウキからの感想が怖かった。
それで気持ち悪いと言われるのが一番怖かった。
「何変な事言ってるのさ。次に変な事言ったらその口にマカロフ突っ込むぞ。これで何度も笑顔にしてやるから」
うん。
「今日は自分が奢っちゃう。モカの笑顔をもっと見てみたいから」
うん。うん。
「ほら、あーん」
「あーん」
マカロフを一口で口に詰め込む。
「おいしいだろ?」
「うん、おいしいよ」
私は力一杯の笑顔で頷いた。
後日、調子に乗って食べ過ぎたお菓子は、きちんと体重に上乗せされているのを確認した。
合掌。
百合っぽくなった。当初はそんな予定なんざなかったのに。
銃器の名前でもスイーツっぽくて違和感ない!フシギ!
マカロフ突っ込むってエロい!フシギじゃない!
もしかして:かわいい→モカ
短編企画 もしかして:かわいい
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ドラスティックによろしく