第9話:〜夏〜 蝉しぐれ
私は、トーヤが好き――
自分の本当の気持ちに気づいたレン。
ここから本当の恋物語が始まる。
暑い――
鳴り止むことを知らないかのように、蝉の声が響き渡る。
気温は毎日、三十度を余裕で上回っているらしい。
夏が来た――
昼間はほとんど、民家の床下に身を隠していた。この季節は、
そういう場所の方がかえって過ごしやすい。
日中はとても、動きまわるなんてできなかった。
その間、私はトーヤのことばかり考えていた。
今何しているだろうかとか、何を考えているだろうかとか、
恥ずかしい話だけど・・・
それと比例するかのように、恋人はいるんだろうかとか、
どんな人が好きなんだろうか・・・などということも考えた。
だけど、結局どんなに問いかけても、一向に答えが出ないこと
に、少々腹が立った。
これが、誰かを愛する――、ということなのかもしれない。
私はトーヤが好き。でも、トーヤが自分のことをどう思って
いるかなんて、当然かもしれないが、どんなに考えてもわからなかった。
それに、正直、どう思われているかなんて、私にはそれほど重要
なことではなかった。
”好きになってほしい”だとか、”恋人になりたい”だとか、
全く望んでいないと言えば嘘になるけれど、それこそ正に夢物語で、
私のような嫌われ者で薄汚い野良猫が、月の国の王子様に
つりあうはずがないと思った。
私には、トーヤに愛されることよりも、大事なことがあった。
ずっとずっとこのままでいたかった。
トーヤといろんな話をして、そんな関係を続けていきたかった。
私は、ただトーヤの傍にいられればそれで良かった。
「今日は君のいうとおり、涼しい服にしてみたよ。」
彼の上半身は、ワイシャツ一枚だけだった。いつも着ている
黒のジャケットと、青色のネクタイが無くても、それだけで十分
トーヤは輝いて見えた。
「そうね。それで袖が短ければ、きっともっと涼しいでしょうね。」
私は言った。
「そうなのかい?でも、残念ながら僕は、袖の短いシャツは一枚も
持っていないんだ。僕の国の夏は、これで十分過ごせるから。」
そう言うと、トーヤは片方の袖を、肘のあたりまで捲くりあげた。
両方の袖を同じくらいの長さにすると、彼は言った。
「ほら、これで少しはいいんじゃないかな?」
私はフフッと笑って言った。
「そうね。ご苦労様。」
「地球の夏は大変だね。いつも、こんなに暑いんだろう?」トーヤは聞いた。
「地球は、それぞれの国によって気候が違うの。こんな暑い日が一年中
続くところもあったり、夏でもあまり暑くないところもあるわ。」
「まったく、不思議な所だなぁ、地球って。」
「あら、私から見ればあなたも十分不思議だわ。」
それもそうか――とトーヤが言うと、私達は同時に笑い出した。
なんとも心地の良い瞬間だった。
「ねぇ、トーヤ?」ふと、私は言いかけた。
「なんだい、レン?」トーヤが聞く。
「私、あなたに聞きたいことがあるの。」
心臓が、いつもより早く脈打っていた。
「あなたには――・・」
”あなたには、恋人はいるの?”
言いたいことは決まっているのに、上手く言葉にできない。
「あなたの、家族のことを教えてほしいの!!」
結局、これが精一杯だった。自分にこんなに勇気が
無かったとは思わなかった・・・
「僕の家族?僕には父と母がいるよ。
父は、前にも話したように国王を務めている。父は国をとても愛していて、
例えば、国民が困っていれば、僕らの生活を削ってでも援助をしようと
するし、父が言うには、国は国民がいなくて成り立たないらしい。
そんなことを言える父を、こう見えて僕は結構尊敬しているんだ。」
トーヤは続けた。
「母はとても優しい人だよ。それに、どんなに歳をとっても美しいと
僕は思う。年齢を感じさせない人なのかもしれないな。
植物を育てるのが好きで、母が育てた花はとびきり綺麗に咲くんだよ。
人々が言うには、”女王様の心が表れている”んだってさ。でも、おかげで
家中植物だらけだよ。」トーヤは言った。
本当に聞きたかったことではなかったけど、自分の家族のことを
話すトーヤは、とても嬉しそうに微笑んでいた。
私はそんなトーヤを下から見上げて、私まで嬉しくなった。