第8話:〜梅雨〜 恋雨
確かにある、初めて感じる気持ち。
この気持ちは一体・・・
レンの想いが今やっと明らかに
久しぶりに夜空に月が昇った。
「やぁ、久しぶりだね。」
時刻は午前12時。トーヤはいつもどおりの時間に来た。
やっと、トーヤに会えた――
「えぇ、本当に。」私は言った。
「なかなか橋が現れなくてね、少し心配だったんだ。
何かあったのかい?」
「長雨続きだったのよ。梅雨っていう時季で、雨の日が
何日も続くの。」
「それで月が出なかったのか。」トーヤは言った。
不思議なことに、私の心臓は、いつもに比べどこか足早
だった。
ドクン――、ドクン――、・・・・
大きく波打っているのがとてもよくわかった。こんな静寂
だらけの場所では、すぐ目の前にいるトーヤに、この心臓の
音が聞こえてしまいそうで、すこし恥ずかしくなった。
レン、とトーヤは言った。
「雨が降っている間、君は何をしていた?」
――ずっと、あなたのことを考えていたわ――・・なんて
言えるはずがない。
「雨を凌ぐことで大変だったわ。」私は言った。
そうか――、とトーヤは言うと、ふふっと笑った。
「なんだか体がポカポカするなぁ。」
どうやら彼は暑いらしい。
「もうすぐ夏だから・・・」私は言った。
「そうか、地球にも夏はあるんだね。」トーヤが言った。
「えぇ。それに、あなた厚着しすぎなんじゃない?それじゃあ
見てるこっちまで暑くなってしまうわ。」
「そうかなぁ?僕の国ではこれで十分なんだけどなぁ。」
「あなたの国の夏は暑くないの?」
「夏は、というか、僕の国は暑いという気候がないんだ。
基本的に涼しい国みたい。」トーヤは言った。
「そうなの。」と私は言った。
「地球の夏は暑いのかい?」
えぇ――と言って私は話し始めた。
「地球の夏は本当に暑いわ。昼間なんて溶けてしまいそうなん
だから。私は夏は嫌いだわ。」
私達のような、常に毛皮を羽織っている動物には、夏は
地獄のようだ。
「なるほど。こんな綺麗な毛皮でも欠点はあるものなんだね。」
と言うと、トーヤはそっと私の毛を優しく撫でた。
心臓は、より一層足早になった。
「次に来る時は、もう少し薄着をしてきたら?」
あぁ、そうするよ―と言って、トーヤは帰って行った。
本当は、もっと前から気づいていたのかもしれない。
私はそれを認めたくなくて、気づかないふりをしていたのかも
しれない。
頭の中がトーヤでいっぱいだ。
とにかく、いつもいつもトーヤのことばかり考えている。
会えないと寂しい。会えると嬉しい。
こんな気持ちは、初めてだ。
――私、彼が、好き――
――トーヤが・・・好き――
薄汚い野良猫が恋に堕ちるなんて、馬鹿げているかもしれない。
しかも恋に堕ちた相手は、月の国の王子様。
夢物語もいいところだ。
だけど、好きで、好きで・・・それだけは唯一の真実。
思えば、初めて出逢ったときから、私は彼に惹かれていたのかも
しれない。
真っ暗な闇の中に現れた彼は、眩しいほどの光だった。
こんな私の傍にいて、声を聞いてくれた。
そんな存在は、生まれてから一度だってひとりもいなかった。
彼は、私にとって光だった。
梅雨ももう終わる――、もうじき、暑い夏が来る――