第6話:〜初夏〜 衝動
春も終わり、快適な睡眠を与えてくれていた昼の気温は、
少しずつ上昇していった。
もうじき、梅雨の季節がやってくる。
「私達が会えたのは、あなたが偶然ここへつながる橋を
選んでくれたからなのね。」私はトーヤを見ながら言った。
「どうしてそう思うの?」
「だって、生きていく中で起こりうる物事なんて、みんな
偶然の出来事じゃない。」
そうかなぁ・・・と言って、トーヤは口を開いた。
「確かに、偶然はたくさんあるかもしれないけど、僕が
この場所への橋を選んで、ここへ来たことまでも僕は偶然
とは思えないかな。」
「なぜ?」私は聞いた。
「僕は、君と出逢えたことを偶然とは思えないよ。」
トーヤは続けた。
「レン、君という存在は、この世界に君しかいないんだよ。猫は
当然たくさんいるだろうし、その中に黒色をしたものもきっと
たくさんいるはず。だけど、僕が『レン』と呼ぶ黒い猫は君以外
にはいないじゃないか。」
「でも、『レン』って名前の黒猫は、もしかしたら他にも
いるかもしれないわよ。」私は言った。
「うん。だけど、それは僕の知らない黒猫だ。それに、必ず
君とどこかしら違うところがあるだろう。人と同じように、この世に
全く同じ猫は一匹として存在しないんだよ。」
「わかったわ。」
「だから、そんな、数え切れない中のたった一匹の君に出逢えたことを、
僕は”偶然”なんて簡単な言葉で片付けてしまうのは、あまりにも
もったいなさすぎるよ。」トーヤは強い口調で言った。
「偶然じゃなかったら、あなたは何だと思うの?」私は聞いた。
それは――とトーヤは言った。
「誰かと誰かが出会うことは、一体何が根源となって起こるのか
僕にもよくわからないんだけど、どの出会いも、無駄なものなんて
ひとつもないと僕は思うんだ。」とトーヤは言った。
「あなたの考えることは素敵なことばかりね。」私は言った。
「だからレン、僕は君と出逢えた事も、とても嬉しく思っているよ。」
その瞬間、涙が溢れそうになったのを、私は必死でこらえた。
トーヤが語る言葉のひとつひとつが、今まで聞いた事の無い言葉の
ように思えた。そんなことは決してなくて、どれもありふれたものなのは
確かなのに、トーヤが言えば違うものに感じた。
トーヤの存在が、私の中で日に日に大きくなっていっていることに、
私は気づかぬふりをした・・・