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My Dear MOON  作者: 黒蝶
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第5話:〜春〜 桜散り・・・

 おそらく、トーヤはもう一度桜を見たかっただろう。

 

 あの後すぐ台風が上陸したようで、あれほど美しく

咲き誇っていた桜はほとんど散ってしまい、今となっては

葉だけになってしまったのだ。

 もう一度トーヤに桜を見せたかった。そして微笑んで

ほしかった。

 私は、そんなトーヤが見たかった。


 「そうか、サクラはもう散ってしまったのか・・・」

 「ごめんなさい、もう一度くらい、あなたに見せたかった

んだけど。」

 「君が謝ることはないよ。サクラは次の季節も咲くんだろう?」

トーヤは聞いた。

 えぇ、もちろん――と私が言うと、トーヤは「そうか」と言って

笑った。

 「それならまた見れるじゃないか。次の春、また一緒にサクラを

見よう、レン。」

 「そうね。次の春も、あなたと桜を見ることを楽しみにしているわ」

 ”一緒に”というトーヤの言葉が、妙に耳に響いた。


 「レン、君はいつも、何をして過ごしているんだい?」トーヤは聞いた。

 「どういうこと?」

 「いや、僕と会っている時以外は、どんなことをしているのかな

って思って・・・」

 「あぁ、特に何かをしている、というのはないわね。寝ているか

歩いているか・・・それくらいかしら。」私は答えた。

 私の普段の生活なんてそんなものだ。

 「誰かと?」トーヤが聞いた。

 「いいえ。ひとりよ。」私は何のためらいもなく答えた。

 「寂しくはないのかい?」

 「私は、”寂しい”というものがどういうことがわからないの。

物心がついたときにはもうひとりだったから。」

 そうか――、と言うと、トーヤは私の頭を優しく撫でた。トーヤの

手は、私を包み込めそうなくらい大きかった。


 「あなたはいつも何をしているの?」今度は私が聞いた。

 僕かい?――と言って、トーヤは話し始めた。

 「僕はほとんど外で過ごしているかな。街の人たちの農作業や

機織りの手伝いさ。」

 「王子様なのにそんなことをするの?」

 「え?しないのかい?」

 「だって、王子様って言ったら偉い人だから、いつもお城に

いたりするんじゃない?」私は聞いた。

 「そんなの退屈だよ。父と母はそうだけど、僕は王宮に

いてもそれほどすることはないんだ。ほとんど両親の仕事に

なるからね。だから、どちらかと言ったら僕は外に居る方が

心地がいいんだ。」

 「割と自由なのね。」私は言った。

 「そうさ。いずれは、王になるための勉強期間みたいなのを与え

られて、そうなってしまうと、そんな風に自由にはできなくなる

んだ。だから、それまでの間に僕はいろんなことをしたいんだ。」

 「それは素敵ね。」

 桜は散ってしまったけれど、ふたりの会話は今日も咲き誇っていた。


 「ねぇ、ずっと聞きたかったんだけど、月の出る夜、あなたはいつも

必ずここへ来るわよね。あなたの言うその橋とやらは、同じ場所に

何度も訪れることは可能なの?」

 「それは大丈夫だよ。僕も、最初は二度と同じ場所へは降り立てない

と思っていたんだ。」トーヤは続けた。

 「だけど、橋は実は何本も存在していて、それぞれ形も違うし

色だって違う。つまり、前にレンが言ったように、地球にはたくさん

国が存在しているんだろう。それぞれの国に橋があるんだと僕は

思うんだ。」

 「なるほど、じゃあ、ここへ何度も訪れるためには・・・」

 「うん。その橋の形と色を覚えておけば、何度もここへ来られる

ってことさ。」トーヤは言った。

 「そういうことだったのね。」

 まったく、その”橋”とやらは謎だらけだ・・・

 「それじゃあ、最初にその橋を渡った時、どんな気分だった?」

 うーん・・と言ってトーヤは話し始めた。

 「結構ドキドキしていたよ。橋の存在は知っていたけど、実際に

渡るのは初めてだったから。」

 「でも、あなたと初めて逢ったとき、あなたはそんな様子じゃない

ように見えたけど?」

 「あぁ、僕はここへ来る前も、いくつかの国へ降りているからね。」

 「そうだったの!?」

 これには本当に驚いた。

 「だけど、どこへ行ってもただ驚かれるだけだった。僕と口を

きいてくれる人なんてひとりとしていなかったんだ。」トーヤは言った。

 「そんなことがあったの・・・」

 「僕は、この国も同じだと思っていたんだ。」


 「だけど、ここには君がいた。」トーヤは言った。

 「僕を見て、こうして言葉を交わしてくれる。あたり前のようなことが、

ものすごいことのように思えたんだ。」

 「そんな、私はそんな大それたことはしていないわ。」私は言った。

 「いいや、レン、君は知らないだろうけど、僕が初めてここへ来た

時、僕を怖がらずに受け入れてくれたこと、僕にとっては救いだったんだよ。」

 そう、トーヤは言った。

 救われているのは、私の方だ。

 こんな、嫌われ者で薄汚い私の傍にいてくれる。それがどれほど

私の心に衝撃を与えているか、きっと彼は知らないのだろう。


 なんだろう、何かが胸の奥深くに突き刺さったような気がした・・・

 

 

 

 

 


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