第4話:〜冬〜 初雪
トーヤと出逢ったのは夢じゃなかった。
出逢ってまだ間もない頃のふたりは・・・
「え?それじゃあ君は、ずっと夢だと思っていたのかい?」
トーヤと出逢って何度目かの月の夜のことだった。
季節は冬を迎えていた。
まだ雪は降っていなかったものの、風は冷たく、吐く息は白く染まった。
この時、トーヤは自分の着ている上着を私に掛けてくれた。
「あたり前じゃない。突然目の前が光って、中から人が現れたのよ。しかも
宇宙人だなんて。誰だって夢だったと思うわよ。」
「でも、あの夜の次に月が出た夜も、レンはこの場所で僕を待っていてくれた
じゃないか。」
あれは――、と言って私は答えた。
「あれは、夢かどうかを確かめるためよ。」
トーヤが月から来たというのは、夢などではなかった。彼はあれから、月が
出る度に地球へやってくるようになった。
これはもう、夢どころの話ではない。
「でも、レンはいつもここで僕を待っていてくれているよね。君はいつもここ
にいるのかい?」トーヤは聞いた。
「いいえ。月の出た夜だけよ。私以外に見られたら、大変だと思って・・・」
私は少し恥ずかしかったので、視線を軽く反らした。
何も知らない者がトーヤを見たら、きっとひどく驚くだろう。そして、もしも
大騒ぎなどになってしまったら、トーヤに悲しい想いをさせてしまうと思った。
それに、トーヤのことは私だけの秘密であってほしかった。
「そっか。ありがとう。」トーヤはにっこりと笑ってお礼を言った。
確か、この次の夜もトーヤは来た。
その日は、夜になるまでの間にうっすらと雪が積もり、トーヤが白く染まった
景色に驚いていたのを覚えている。
「レン、この白くて冷たいものは何?」
トーヤは雪を知らなかった。
「あなた、雪を知らないの?」
「ユキ?これはユキと言うのかい?」
「そうよ。空で冷やされた水蒸気が固まったものよ。わかる?」
トーヤは目をパチパチさせて、首を横に振った。”わからない”という意味だろう。
「わからないのも無理ないわ。雪の説明はけっこう難しいの。だから、これは
”雪”というものなんだっていうふうに考えてくれればいいわ。」
「わかった。」とトーヤは言った。
「あなたの国には雪はないの?」
「ユキはないね。雨ならあるけど、これは初めて見たよ。」
またひとつ、私は彼のことを知った。
「それじゃあ、冬はある?」私は聞いた。
「冬はあるよ。すごく寒い。ここは、僕の国に比べれば全然暖かい方だよ。」
「だからいつも、あなたは私にこうして上着を貸してくれるの?」
「あぁ。僕は別に上着が無くても平気だからね。でも、君は寒いんだろう。僕の
ことは気にせず使っていいよ。」トーヤは言った。
「えぇ。どうもありがとう。」
ありきたりのようなトーヤの優しさが、私はとても嬉しかった。
「でも、雪も降り始めたし、これから当分月もそれほど頻繁には出ないでしょうね。」
「そうなのかい?それは残念だな。地球に来てレンと話をすることを、僕はいつも楽しみに
しているのに・・・」
私も同じ気持ちだった。
トーヤは少し悲しそうな表情をした。
そんなトーヤの悲しみが伝わったのか、私もどこか切なかった。
その後の天気は予想通り、雪やら雨が続き、時には吹雪の日もあった。
月もなかなか出なかった。私は毎晩夜空を見上げた。この時期は、本来なら良い寝床
を確保するために結構忙しかったりする。それでもその時は、空を見上げることだけは
かかさなかった。
トーヤに話したいことはたくさんあった。それはひとつずつ挙げていっても、一晩だけ
ではおそらく語りきれないだろう程になっていたと思う。
私は、トーヤに会いたかった。
それから何日か過ぎ、やっと夜空に月が昇った。
空を見上げて、しっかりと月が高く輝いていることを確認すると、私は思いっきり
走った。
12時までは、まだかなりの余裕があった。だけど、この時の私は、とにかく居ても立っても
いられなかった。
――トーヤに会いたい――
抱いていた想いはそれだけ。ただそれだけを抱えて、私はあの空き地へ急いだ。
この時のことは、今でもとてもよく覚えている。
トーヤはいつも、私に話す時間をくれる。
話したいことは、数え切れないほどあったはずだった。
やっと月が出て、トーヤにも久しぶりに会うことができたのに、それらはひとつも
口に出すことができなかった。
私にそうしてくれるように、私もトーヤに話す時間を与える。
そんなふうにしたかったわけではない。トーヤの空気が私にそうさせるのだ。それは
とても心地が良かった。
トーヤと出逢って初めての冬の終わり頃のことだった・・・




